第27話 誹謗中傷
君枝さんがあんなに落ち込むとは。
ああ、また大きなため息をついてるよ。
僕は学食で昼食を終えてから中庭を歩いていたところ偶然その姿を見かけた。
彼女がベンチに一人座っていたので、話しかけようと近づいたもののためらってしまう。
いつもは読書をしているときでさえ凜とした雰囲気を醸し出すのに、今はうなだれてオーラがない。
しばし観察していると、どうやらスマホを見ながら何かを悩んでいるらしい。
やはりこのままでは心配だ。
「立花寺先輩、ここ座っていいですか」
「オダブンか、いいわよ」
彼女はそう答えてくれたのだが、相変わらず元気はない。僕の相手をする気力もないのだろう。ため息ばかりついている。
僕は羅門洲高校1年A組の小田文吾。立花寺先輩からは「オダブン」と呼ばれている。
立花寺先輩のクラスメイト・朱雀坂先輩がこの中庭の池に飛び込んで鯉を食べようとしたところに遭遇。僕が朱雀坂先輩を止めたことが縁で覚えてもらえた。
そうでもなければ才色兼備で知られるラモ高のマドンナ“立花寺君枝”と話すきっかけなど一度もないままだっただろう。
先日は朱雀坂先輩とその父親と4人で高良山に野鳥観察にも行った。僕は立花寺先輩から言われるままに餌付け用の魚や虫を準備して着いていった感じだが、それでも思い出に残る一日だった。その立花寺先輩が悩んでいるのだからなんとか力になりたい。
「立花寺先輩、何かあったんですか」
「ああ、オダブンか、久しぶり」
思い切って話しかけてもそんな調子だ。
「あの、何かお困りならば、僕でよければ聞かせてもらえませんか」
めげずに話しかけてみた。
「オンライン署名の件は知ってるわよね」
ようやくまともに話してくれた。
「はい。もちろん僕も署名しました。もしかして、ゴイサギ大明神を守る会の“夏と君”が朱雀坂七津姫先輩と立花寺君枝先輩だと皆にバレちゃったから……」
「バカねっ、違うわよ。オダブンはさ、SNSとかよく使う?」
「そうですね、XはTwitterの青い鳥時代から使ってますし、インスタグラムはあまり使わないけどアカウントを開設してますよ」
「私ってさあ、SNSをほとんど使わないのよね。それがゴイサギ大明神の件で必要に迫られて毎日のように見ているんだけど、酷いこという人がいるのよ」
「誹謗中傷ってやつですね」
僕は彼女の悩みの種がなんとなくわかってそう答えた。
「応援してくれる声には元気づけられるし嬉しいわ。だけど事情も知らずに批判や反論する人がいて頭にきちゃう。ちょっと見てよ、これ」
君枝さんが僕の方に向けたスマホにはさまざまなつぶやきが並んでいた。
「高校生が自主的に署名活動をやるなんてすごい。同じ女子高生として応援します!」
「私も高良山の自然を守ることに賛成。動物の気持ちを思うと森林伐採なんて侵略よね」
「オンライン署名しましたよー!私も拡散して協力者を増やしまーす」
ざっと目を通すと8割方はこのような好意的なつぶやきだった。
しかし……。
「ゴイサギ大明神って一夜にして建っていたとかいうやつよね。なんか怪しい」
「署名発信者のゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)って実在するの?」
「ゴイサギ大明神がある山の地主のじいさんが首謀者とみた」
というような批判的な声がちらほら見受けられた。
君枝さんはSNSで誹謗中傷を送りつけられた経験がないだけに、よほどショックだったのだろう。
再び自分でスマホを見ながらぼやいた。
「私だって世間の人がゴイサギ大明神を怪しむ気持ちを否定はしないわ。でも署名の主旨は山を荒らさないでほしいということでしょ。論点がずれてるのよ」
「お気持ちはわかります。でも大部分はゴイサギ大明神も込みで応援してくれてるようだし、それほど気にされずとも」
僕は彼女をなんとか元気づけようとしたが、不満は収まらなかった。
「一番頭にきたのが、識者ぶって意見してくる手合いよ。論理的なようでまったく見当外れなんだから」
君枝さんによると、次のような趣旨で署名に反論してくるケースがいくつかあったという。
「森林伐採により山を荒らすなということですが、日本における現状をご存じないのでは。国土の約3分の2は森林で、世界的にも有数の森林大国ですよ。逆に森林を伐採して森を手入れしないと環境破壊や災害につながるといわれてます。なのに森林伐採に反対するとは納得できません」
僕はSNSの誹謗中傷が問題視されるなか、そうした批判に対して返信するほどヒートアップして大炎上するため、相手にせずスルーした方がよいと聞いたことがある。それを伝えてみた。
「そうした手合いはいちいち相手にしない方がいいみたいですよ」
「わかってる!私だってそれぐらいわかってるわよ!でも悔しいじゃん!どうしたらいいのこのモヤモヤを!」
僕は心が乱れる君枝さんを目の前にして為す術がなかった。そういう意味で自分の非力さを悔やんだ。
「君枝とオダブンじゃない。どうしたの」
2人で落ち込んでいたところ、聞き覚えのある声がして救われた気持ちになった。
声の主は朱雀坂七津姫先輩である。
「え、君枝もしかして泣いてるの? ちょっとオダブン。何をしたのよ!」
「ち、違いますよ。誤解しないでください、僕は立花寺先輩を元気づけようと思っただけなんです」
なつき先輩に言われて慌てて言い訳した。
「冗談よ。君枝のことだからSNSの誹謗中傷を見つけて怒ってるんでしょ」
さすがは“高2女子・夏と君”をはるだけはある、以心伝心というのはこのことか。
「なつき。無駄口はもういいから、何とかしてよ。私は誹謗中傷をこのままにしたくないの」
君枝さんの言葉に力が戻ってきた気がする。
「うん。もしかしたらいいタイミングかもしれない。さっきアマゾネスに呼ばれたんだ」
僕としては君枝さんのお役に立てなかったが、なつき先輩のおかげで好転の兆しが見えてきた。




