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第96話 儀式の獣


 俺たちは壁に現れた扉の前で休んでいた。


 火種ちゃんが乃々さんの足元から扉を照らしている。


「高城たちは、もうこのダンジョンを出たね。ニーナ、リィン、少し休んだけど歩けそう?」


「ニーナは大丈夫。扉の奥から感じる反応、気になる」


「……わたしも行けるわ」


 ニーナとリィンが立ち上がり、扉まで歩く。


「配信は続いています。祭司長を倒して終わりだと思っていたのに、まだ奥があるんですね」


「《エニグマ》がなければ、俺たちも気づかなかったと思う」


「レンリ、近づいたらとっても赤くなった。あの扉の向こうに、何かがある」


 閉じた扉へ手を伸ばす。


「じゃあ、開けるよ」


 扉に触れる……その時、金色の光があふれ、地下の祭祀場に輝きが走った。


「……待って!」


 隣のリィンが背後を見ている。


「……祭司長に残っていた祈力の流れが動いてるわ!」


 爪が床を引っ掛く音。


 白い屍者が、両腕で立ちあがろうとしている。


「あそこ! 倒れていた祭司長が、立ちあがろうとしてます!」


 立ち上がり、祈る姿勢をとった祭司長。


 あれは……!


「何か様子が変」


 ニーナが呟く。


 突然。


「ギャァァァァァァァァ!!!!」


 耳をつんざくような叫び。


 それは屍者の、祭司長から響いた。


 広い地下すべてを震わせるような、怖気の走る轟音。


「生き返った!?」

 

 思わず驚いた俺に、リィンが応える。


「……だけじゃないわ。見て!」


「うわ! うわわ! 腕が長くなって、指先が爪に変わって……大きくなりました!」


 屍者の身体がふくらみ、脚の爪が床をつかむ。


 白く長い毛が束となり、身体を覆っていく。


 すでに、祭司長は巨大な怪物と化していた。


 白い獣。


 破れた衣服が身体にまとわりつき、さながら、ミイラのようだった。


 目は布に覆われていて、その感情は読めない。


「姿が変わっても、あれは祭司長。感じる力は、倒れる前と同じ」


「……《祈跡》に呑まれている。人であることを失っても、全身が祈力に包まれているわ」


「なんというか、鹿というか、狼というか……人だった頃の姿は、もうほとんど残っていません!」


「乃々さん、扉はいったん後にしよう。あれは許してくれなさそうだ」


 体勢を低くした白い獣。


 長い爪の先は、こちらへ向いている。


「……跳ぶわ。止めようとしないで、全員で避けるのよ」


 白い巨体が視界から消える。


「速い……! 一度跳んだだけで、もう扉の前に!」


「乃々さん、ニーナと一緒に。リィンはこっち!」


「のの、ニーナの手を離さないで」


 俺たちもその場から動いた。


 乃々さんはニーナの手をつかみ、駆ける。


「ひー!」


 火種ちゃんもふわりと動く。


 俺とリィンは別方向へ逃れ、二組に分かれた。


 おおよそ爪が壁にあたったとは思えない音。


 見えたのは巨大な爪あと。


「壁に爪の形が……。あれが誰かに当たっていたら……!」


 爪の周りから壁が崩れる。


「……また動くわ!」


 壁を軽々と割いて、さらに跳躍し……白い獣は祭壇に戻った。


 そして。


 白い獣は手を合わせ、頭を垂れていた。


 破れた布の下から、途切れた声が漏れる。


 まさか。


「浄化……撃ち払う光……流れる一線は……衝撃を生じよ……眩む……貫く……」


「あの速さで動いて、あの威力、……さらに《祈跡》まで使う……まずいね」


 獣の背で白い毛が逆立ち、天井へ光が集まる。


 詠唱が響き、祈力が渦巻いた。


「《アクティナシア》……」


 しゃがれた声が残った。


 この祈跡は……!


「……同じ術よ! でも!」


「一本ずつが太すぎて、光の間に隙間がありません!」


 天井を埋める巨大な塊の群。


 威力が上がっているのか。


 ひとつひとつの塊が大きくなっている。


 走って避け続けられる隙間はない。


「今度はニーナが全部止める。それしかない。ののもリィンも、そばにいて」


 魔力が渦巻く。


 青色の魔力と金色の祈力がせめぎ合い、反発し合うのが見えた。


「《結晶盾》!」


 ニーナが掲げた掌……その上で結晶が重なる。


 乃々さんと火種ちゃん、リィンが内側に。


 すると、展開した祈跡の塊……氷柱状になった塊が落ちはじめた。


 ギィン! ギィン!


 鋼鉄が落下したような、一方でガラスが割れるような、不協和音めいた響きが辺りに轟いた。


「くっ……」


「衝撃が伝わってきます……! あわわわわわ」


 祈跡が盾の表面で弾け、辺りに衝撃が届く。


 見ると、重なった結晶にはヒビが入っていた。


「ピシリと音がしました! ヒビが……」


 俺は剣を握りなおし、敵を見据えた。


 腕を開いて、咆哮する白い獣。


「ギャァァァァァァァ!!!!」


 視線は布に隠れていたが、その目は確実にこちらに向けられている……そんな気がした。

 

「……祭司長が来るわ!」


 ニーナが守る範囲から、怪物へと足を進めた。


 このままじゃ、全員が犠牲になる。


「俺が受けるしかない」


 背後に乃々さんの声が聞こえた。


「連理さん!!」


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