第87話 ギルド
広場の奥。
二つの石造りの建物に挟まれた通りが中心部へ延びている。
管理機構の端末が示す進路も同じ方向だ。
道幅は進むほど狭くなり、崩れかけた建物が増えていく。
遠くで剣戟と魔法の破裂音が響く。
「開けた場所だから様々な戦闘音が聞こえてきますね……」
別の街区でも攻略が進んでいるらしい。
その時……。
右手の横道から同じ紋章をつけた探索者たちが現れた。
向こうも俺たちに気づき、交差点の中央で足を止める。
「あれは……有名クランの《グランデ》です。参加者一覧に載っていました」
《フライ》がコメント欄を映していく。
『お、グランデ』
『結構好戦的だぞ』
『これヤバいか』
『装備やば』
好戦的……戦い慣れしているクランなら、共に進むのも助かるが……。
「日野枝連理だな。この先へ進むつもりか?」
「そのために来たからね」
男の表情は動かない。
「配信で注目されているのは知っている。だが、ここは公式特例任務だ。木箱から何かを引いた。珍しいアノマリーを持っている。話題性がある。それだけで攻略できる場所じゃない」
後ろの探索者たちも武器に手をかけ、こちらを警戒している。
「私たちは、話題性だけで参加しているわけではありません」
真正面から返す乃々さん。
「なら、実力を見せてもらおう」
「何故……。確かに公式特例任務でも探索者同士の戦闘は禁止されていませんが」
「その通り。別に止められているわけではないだろう? それに……公式ダンジョンから出たら商売敵になるわけだからな」
「それで、戦って確かめる……そういうことかな」
「前衛と障壁を抜け、俺のところまで届けば認める。届かなければ、この先へ進む判断は考え直せ」
《グランデ》の前衛が間を詰める。
「連理さん、受ける必要はありません。私たちも正式に選ばれた参加者です」
「……確かにそうね。でも……ここで引いたら」とリィン。
「名折れって感じ」とニーナ。
ニーナが膨大な魔力を集めている……付近一帯が消し飛ぶレベルで。
俺は手で彼女を制した。
「そこまで行けたら、道を空けてもらうよ」
「来い」
リーダーらしき男が一歩下がり、二人の剣士が歩道側に広がった。
後ろでは魔法使いが杖を握り、こちらをにらんだ。
乃々さんは壁際へ寄り、リィンとニーナがその前へ並んだ。
地面を蹴る《グランデ》の剣士。
「来ました! 速いです!」
「火種ちゃん、前へ!」
「ひー!」
火種ちゃんが、突撃してくる剣士へ飛んだ。
「その火は厄介だ! そこから離れろ!」
剣士が跳躍する……それより早く、火種ちゃんが回り込んだ。
橙色の光が身体を斜めから照らし、反対側の建物へと影が長くのびる。
「火種ちゃんの光で、影が建物までのびています!」
「《刻の縫い針》……」
《刻の縫い針》を投げる。
針は長くのびた影を抑えるように地面へ突き刺さった。
「《火影縫い》」
動きを止めた剣士。
持ち上げかけた剣も、それ以上は動かない。
「なっ!」
「よそ見は危険だよ」
言いながら、もう一人の剣を逆袈裟に切り上げる。
シミターのような剣は回転してどこかへと消えた。
「くそっ! 魔法を放て!」
地面を白い線が走る。
だんだんと大きくなる魔力の流れがこちらに迫ってきた。
「……その魔法の流れ、少しだけ乱すわ」
リィンが儀仗杖をトン、と地面に落とした。
金色の魔力のようなものが広がる。
「これは……リィンさんの祈跡ですか!?」
「……少し思い出したの。使い方をね」
魔力がかき乱され、弱々しく動きを止めた。
「魔法が何かで消された!?」
「ありがとう、リィン! ニーナ、いけるかな」
ニーナの周囲へ魔力が流れを作っていく。
「結晶の光の名の下に。答えよ。其は波動。其は凪。其は放たれる」
「魔法が来る! 魔法障壁を展開しろ」
短い詠唱……《グランデ》の魔法使いが再び魔力を解放する。
集め直された魔力が半透明の障壁となった。
「ちょっと弱く……《閃光》」
正面から障壁へ激突する白い光。
バシュウウウウ!
魔法使いの顔がゆがんだ。
「クソっ! 威力が強すぎる!」
ガラスが割れるように亀裂が広がっていく魔法障壁。
「割れます!」
障壁が砕けた。
ニーナが指先を下げると、白い光は魔法使いに届く前に消える。
口を開けた魔法使いが膝を落として、へなへなとしゃがみ込む。
俺は《燻り火の剣》を握りなおし、影を縫われた剣士の横を駆け抜けた。
「連理さん、抜けました!」
姿勢を低くした。
俺と《グランデ》のリーダーをさえぎるものは、もう何もない。
喉元に剣の切先を突き立てた。
「これで、道を空けてもらえる?」
「やるな」
男も魔銃を取り出していたが、ため息をついてホルスターに仕舞う。
「運だけではない、ということは分かった。確実にⅣ級ライセンスレベルの力はある」
それでも、男の目から警戒は消えていない。
「だが、危ういことに変わりはない」
「だから、使える条件と失敗する条件を一つずつ確かめてる。危ないまま振り回すつもりはない」
男はすぐには答えなかった。
振り返って魔法使いに手をのばす。
「今の言葉が口先だけではないことを祈る。それと……」
《グランデ》が左右へ分かれ、《旧市街》の奥へ続く道が開いた。
「お前らは楽しみだ。《オブリージュ》とかいう奴らよりも、お前らの方がよっぽど面白い」
「比べられた。悔しい」
「……褒められてるのよ、たぶん」
剣を鞘へ戻す。
それなりに本気だったのだろう……他のダンジョンだったらお互い無事では済まなかったかもしれない。
「良いことを教えてやろう連理。クラン同士の戦いは激化している。ギルドも増えてきたしな」
「ギルド?」
「探索者チームであるクランが複数集まった集団だ。ローリスクローリターンなわけだな」
「ギルドか……」
「お前らもギルドを考えたほうが良いかもしれんな。Ⅳ級からはクラン戦はより……厳しくなる」
「ありがとう。覚えておくよ」
ひと呼吸ついて火種ちゃんを見た。
「ひー!」
「ありがとう火種ちゃん」
コメントも盛り上がっているようだ。
『すげーよ《グランデ》とやり合った』
『ギルドかー。そんなとこまで』
『深いところになってきたな』
『おつおつ』
歩き出そうとしたところで、リィンに呼び止められた。
「……レンリ」
「どうしたの?」
「……さっきより、街が静かすぎるわ」
耳を澄ませる。
さっきまで遠くから届いていた剣戟も、魔法の破裂音も消えていた。
「戦っていた音だけじゃありません。奥から聞こえていた音も、全部消えています」
「レンリ。風はある。でも、何も揺れてない」
確かに、冷たい風が頬をなでている。
しかし、道の端に積もった砂は一粒すら転がらなかった。
「中心部は、この先だよね」
「はい。この道で間違いありません」
《グランデ》のリーダーも、開いた道の奥を見ていた。
「俺たちは別のルートを探索する。ここは……不吉すぎる」




