羽根の異端
「来たようじゃの、二人とも」
石造りの部屋に、老人の声が静かに響いた。
「さっそくじゃが“レクシティ”へ向かってもらいたい」
ルシェルは一歩前に出る。
「アルカノスですか?」
「うむ。“羽根付き”が狙われておる」
隣に立つゼイドが、肩をすくめた。
「またそれかよ……。なあ爺さん、なんでそこまで執着してんだ?」
「三百年前の戦いで、奴らの計画を阻んだのが“天使化能力者”だったからじゃろう」
老人の視線が、ゆっくりとルシェルに向けられる。
「同じ“羽根”を持つ者を守れ」
ルシェルは短く息を吐いた。
「……任せてください」
「では、行くぞ」
次の瞬間、空間が裂けた。
眩い光があふれ、ゲートが開く。
「レクシティへ直通じゃ。しっかり頼むぞい」
「了解っと」
ゼイドが軽く手を振る。
「行くぞ、ゼイド」
「ああ」
二人は迷いなく光の中へ踏み込んだ。
セラフィムコード。
それは、アルカノスに対抗するために設立された組織。
彼らは“羽根付き”を守るため、世界の各地で戦い続けている。
転送の衝撃が収まった直後、ルシェルは顔をしかめた。
「……相変わらず雑な転送だな」
「池に落ちなかっただけマシだろ」
ゼイドが周囲を見渡す。
「で、どうする?」
「対象を探す。相手も同じはずだ」
ルシェルは視線を巡らせる。
「ゼイド、感じるか?」
「……少し待て」
ゼイドは目を閉じた。
空気が、わずかに震える。
やがて彼は目を開いた。
「いる。かなり近い」
「……お兄ちゃんたち、誰?」
か細い声に振り向くと、壁の影から少女が顔を覗かせていた。
ルシェルは穏やかに微笑む。
「セラフィムコードだ。君を助けに来た」
「アルカノスじゃ……ない?」
「違う」
ゼイドが即答する。
少女は胸をなで下ろした。
「……よかった。私、ノエル」
「ルシェルだ。こっちはゼイド」
「よろしくな」
ノエルは小さく頭を下げた。
「君“天使化能力者”だね?」
ノエルはうなずき、そっと目を閉じた。
次の瞬間、背中に淡い光が灯る。
やがてそれは形を成し、小さな羽となって現れた。
「やっぱりか……」
ルシェルが呟く。
そのときだった。
空気が、歪んだ。
「いやなお客さんだぜ」
低く濁った声とともに現れたのは、歪な人型の怪物だった。
ノエルが息を呑む。
「なに……あれ……」
「ネクロイド。魔工術で作られた兵器だ」
ルシェルが前に出る。
「数で押してくるタイプだ」
ゼイドが軽く拳を鳴らした。
「でもな――」
一瞬で距離を詰める。
「一体一体は、大したことねえ!」
拳が叩き込まれ、ネクロイドが砕け散った。
「ルシェル、その子を連れて離れろ!」
「任せた!」
ノエルの手を引き、ルシェルは駆け出す。
しばらくして、ようやく静寂が戻った。
「……振り切ったか」
ノエルが不安そうに振り返る。
「ゼイドさん、大丈夫かな……」
「問題ない」
ルシェルは即答した。
「あいつは強い」
「その通りだ」
背後から声がした。
振り返ると、ゼイドが立っていた。
ノエルの目が見開かれる。
「すごい……」
「守るために戦ってる。それだけだ」
ルシェルが静かに言う。
「今回戦ったのは俺だけどな」
ゼイドが笑った、その瞬間。
「ノエル、後ろ――!」
影が落ちた。
一瞬で、少女の姿が消える。
「ノエル!!」
ルシェルが叫ぶ。
「くそ、連れ去られた!」
ゼイドが歯を食いしばる。
「追うぞ!」
「ああ!」
荒れ果てた施設の奥で、少女は拘束されていた。
「やっと捕まえたぜ“羽根付き”」
男が嘲笑う。
「その力、俺たちの理想のために使わせてもらう」
ノエルは必死に力を振り絞った。
空間が歪む。
一歩、二歩――わずかに移動する。
だが、それだけだった。
すぐに捕まる。
「飛べもしねえ羽なんか生やしてよォ……」
耳元で笑い声が響く。
「――待て」
静かな声が割り込んだ。
振り向いた男の視界に、ゼイドの姿が映る。
「セラフィムコードだ」
「……ゼイド!」
ノエルの声が震える。
戦闘が始まる。
ゼイドの拳が敵を貫く――はずだった。
だが、通らない。
「無駄だ。魔工術製だぞ?」
男が笑う。
その瞬間。
音もなく、首が落ちた。
「遅くなったな」
低い声。
そこに立っていたのは、ルシェルだった。
その背には――巨大な光の羽。
男が息を呑む。
「……なんだ、その羽は」
本来、羽はただのエネルギーの集合体。
飛行能力など持たないはずだった。
だが、ルシェルは――空に浮いていた。
「封印の天使術――縛封閃」
光が影を縫い止める。
敵は動けない。
「大丈夫か、ノエル」
「うん……」
「終わりだ。観念しろ」
ゼイドが言い放つ。
戦いは、終わった。
ノエルはその場に座り込んだ。
「……ありがとう」
「また何かあれば呼んでくれ」
「すぐ来る」
(第1話 終)




