使えそうなやつ②
「よし、揃ったな野郎ども!」
コップロフト駐屯基地の兵舎。陸軍の奴らは現地で野営中のため、今はサルナフロント基地の空中騎兵団のみがここを使用している。そして俺たちは、オーク隊に宛がわれた大部屋にアンバー隊の全員を集め、顔ぶれが揃ったところでノイズが前に出て声を荒らげた。
「せっかくの休みを邪魔して悪いな、アンバー隊諸君」
「別にいいが、明日も早いんだから要件だけにしてよね」
アンバー隊の隊長オフキーが先ず最初に口を開く。その口ぶりと表情から窺えるのは、今日1日の戦闘の激しさと、彼女の疲労加減だった。否、彼女だけでなく、他のメンバーについても、今にも気を失いそうなほど虚ろな目をしていた。
「ノイズさんよお、こっちは今日、あんたらの欠けた人員分の仕事もしたんだぜ? くだらない話だったらいくら隊長でもぶっ飛ばしてやる、なあアイシクル」
足を組み、ひじ掛けに頬杖をつきながら悪態を吐いたのは、ノイズと同じくイーグル種の大男であった。コールサインはクラムジー。そして彼の隣にもう一人、アンバー隊の隊騎が座っており、彼女はクラムジーとは反対に、整然とした姿勢を崩すことなくただ目を瞑っていた。おそらく寝ている。
「アイシクル?」
クラムジーが肘でアイシクルを突けば、彼女はすっと目を開けて「なに」と、まるでずっと起きて話を聞いていたかのように振る舞った。“なに”と言ってる時点で、それはもう通用しないだろうが。なお彼女は獣人ではなく魔族であり、種は淫魔。頭に生えた巻き角が特徴的で覚えやすい。ちなみにアンバー隊の三番騎は初日の戦闘で戦死しているため、現在は以上の3人のみである。
「おいおいー、お前まさか寝てたのか?」
「寝てないが?」
「だっはっは、まあいいさ! 今からする話を聞けば目も覚めるだろう、なあドラグーン」
ただ同意を求めてきたのか否かは分かりづらいが、どうやら話を振られたようなので、俺は席を立って全員の前に立つ。一応分隊長という地位には就いているが、人前に立つというのは今回が初めてなので、緊張を隠すことに務めながら話を始めることにした、が。
「っよ、ドラグーン!」
「茶化すんじゃないよクラムジー」
「分かってないな隊長、これは愛のある茶々なんだぜ?」
「悪いなヒラガナ、うちの隊員たちが五月蠅くして」
「なんでお前が大人の対応してんだいアイシクル」
一向に静かにならないアンバー隊に、俺の口からは自然と嘆息が漏れる。オーク隊の“うるさいの”はノイズしかいないが、アンバー隊はこの有様なのだ。賑やかなのはいいことだが、もう少し分別を持ってほしいものだ。
「おいうるせーぞアンバー隊、これからウチのかわいい三番騎が話をするところだろうが」
「ありがとうノイズ」
彼の一喝によって、ようやくアンバー隊が口をつぐんだ。無言のまま表情のみで責任の押し付け合いをしていたが、どうやら俺の話を聞く気になったようなので、斯くして俺は奴らに説明を始めた。
内容はノイズたちに話したものと同じだった。何者かによって助けられたこと、そこでワイバーンと遭遇し、追った先で謎の女に出会ったこと、能力を貰ったこと、ワイバーン討伐を依頼されたこと。途中何度か質問もあったが、俺とユリーカが答えれば、アンバー隊は納得してくれた。そしてそろそろと話は本題に入る。
「という訳なんだが、このワイバーン討伐、アンバー隊の力も借りたいと思ってる」
「……なあ、出先で食ったっていうキノコ、大丈夫なヤツだったのか?」
「冗談で言ったんじゃない、俺は本気で頼んでるんだ」
「んなこと言われてもなあ」
クラムジーは溶けたように背もたれにもたれかかると、小指で頭を掻きながらオフキーの顔色を窺う仕草を見せた。対するオフキーは片目を細めて爪を噛む始末。もう一人は、恐らく寝落ちしたのか一向にまぶたを上げる様子を見せなかった。自分でも突拍子のない話であることは自覚しているが、まさかここまで取り合ってもらえないとは何ともショックである。
「どうなんだオフキー、返事のほどは」
「言っとくが、私の一存で決められる話じゃない。トップ、つまりマクドナルド司令の許可がいる」
「まあそれは明日、俺から直接掛け合ってみるが、奴のことだ、待たずとも返事はOKだと思うぞ」
「テキトーだからなァ」
それに関しては、俺も自信があった。マクドナルド司令なら九割九分GOを出すだろうと。クラムジーが言った通りテキトーな人と言うこともあるが、なにより現場の判断を大切にする人となりであるが故、たとえアンダーソン副司令が強く反対したとしてもだ。だから俺は、彼女に対し強く出ることを決める。「許可が下りる前提で、返事を聞きたい」そういえばオフキーは、一つため息を吐いて、俺の眼を見据える。
「その謎の女ってのは、信じられるのかい?」
「つまり?」
「一日でこの戦いを終わらせられるほどの力が、その女にあるのかって話だ」
それについて、この場の全員を一瞬のうちに信じさせることのできる手段。それは今、ここで見せてやること。俺は彼女からもらった能力を使用し、ここまでずっと微睡んでいたアイシクルの体温を操作した。さながら氷点下の湖に浸かっているほどの低体温にまで。
「寒!」
「どうした?」
自らを抱くように腕を回し、ガタガタと奥歯を鳴らすアイシクル。彼女の吐く息は温い室内だと言うのに白く散り、色白だった肌は今では不健康な青白さへと変貌していた。それを見たアンバー隊は、それまでだらけきっていた態度を改め、闘争の中に身を置いているかのような緊張感を走らせた。そして感付いたクラムジーが、「おい、まさかこれ」と、目を大きく開いたまま俺を見る。
「ああ、俺がその女にもらった能力だ」
「嘘つけ、アイシクルの血を操作したんだろ?」
「忘れたのか? 竜人は他人の血液を操れない」
俺が能力を解除すれば、アイシクルは水面から顔を出したかのように息を荒らげ、続いてそれを落ち着かせようと一定のリズムで呼吸を整え始めた。
「借り物でこの威力だ。女の魔術は恐らく、俺以上の速度で、もっと広範囲にわたって影響を与えるだろう」
「なるほど、確かに強力な魔術だね。隊の中でも堅牢なアイシクルの対状態異常防壁を破るなんて」
「っはっは、大丈夫かグレース?」
「うるさい、今すぐ暖かいココアを持ってこい」
「自分で持ってこい」
アイシクルには悪いが、アンバー隊でも――――もしかしたら第八空中騎兵団の中でも――――トップクラスのACEを誇る彼女をターゲットにしたのは、功を奏したようだ。おかげで彼女の眠気は醒めたし、クラムジーの表情からも確信めいたものが伺える。オフキーに関しては、言わずもがなだろう。
「オーケーオーケー、分かったよ。ノイズに貸しも作れることだしね」
「おお? まだまだ俺に借りはあったと思うがなぁ」
「っは、忘れたね」
決まりだ、これでワイバーン討伐の編隊が組める。俺はユリーカの方へ視線を向け、“やりましたね”といった声が聞こえてきそうな彼女に、1回だけ強く頷いて見せた。
そうして翌朝、基地司令官から許可が下りたことをノイズから知らされ、俺たちオーク隊とアンバー隊は、作戦を練るという意味でも、先ずはターゲットであるワイバーンの情報を集めるべく、謎の女の元へ向かうことにした。
『ドラグーン、お前が生きてて俺はがっかりだぜぇ。お前の姉さんを養う口実が無くなったんでな』
「きっと姉さんの祈りが届いたから、俺は生かされたんだろうな」
『へっへ、皮肉のつもりか? 相変わらずへたくそだな』
「うるせー、さっさと離陸許可をくれ」
コップロフト駐屯基地にて離陸の順番を待っている際、俺は自らの管制官であるクインと、どこか懐かしいやり取りを繰り広げていた。俺が生きていたことを知ったクインは、最初どこか潤んだ声色をしていた。しかし直ぐにいつもの調子を取り戻し、先の冗談を言ってきたのだ。湿っぽいのが苦手な俺は、信頼するクインの人柄にやはり安心感を憶えた。
『オーク2が飛んだぞ、ホラ行ってこいドラグーン』
「おう」
そうしてコップロフトを発ち、俺たちは上空へと舞上がる。空を駆け抜ける風が耳元を鳴らし、太陽が空高く輝く中、ワイバーンが住む地域へ向けて、編隊を組んだ飛行隊は、まるで渡り鳥のように一定のリズムを保ち飛行を開始した。壮大な景色が広がり、超えるべき山が遠くに見える。岩肌から緑へ、平原から渓谷を流れる大川までと、周囲の景色も徐々に変わってゆく。
「はっはぁっ、風が心地いいな、まさに遠征日和だ!」早速口を開いたのは、お喋り大好きのノイズ。そしてミュートが冷静な口調で答える。「オーク1、山の形が変わってきた。ここから先は慎重に行動することを推奨する。」そうすればそれに便乗するかのように、オフキーが馬鹿にしたように言う。
「ミュートの方がよっぽど隊長らしいじゃないか、ええ? ノイズ」
「皆さん、お気を付けくださいませ。ワイバーンの生息地は予測不能なことが多いですから。」
と、古強者らのあまりの緊張感の無さに我慢できなくなったのか、ワイバーンの恐怖を一足先に経験しているシェイキーが注意を促した。当然ながら俺も、音速で奔るワイバーンがいつどこから襲ってくるか分からないため、常に周囲の景色に目を光らせていた。だがそれをぶち壊すかのように――――。
「そーんなにカリカリしないで、気楽に行こうやー、俺たちの手にかかれば、ワイバーンなんてひと捻りだろ?」とアンバー2のクラムジーが声の調子を良くして言う。
「楽観視は危険だ。敵を侮ってはいけない。」俺がそう指摘すれば、クラムジーは「ちぇ、冗談だよ、冗談。」と、少し気まずそうに肩をすくめた。そしてアンバー4、氷の女アイシクルが「お前の冗談は、つまらない。」と不愛想に言い放つ。そうすればクラムジーは軽く肩をすくめながら反論した。「まったく、お前らには笑いのセンスがないな。」
「はッ、確かにアンバー4は真面目すぎだ。どれ、ここは俺が少し手ほどきをしてやろう」
「結構」
ここまで、まるでピクニックのような空気感ではあったが、空の色が次第に変わりはじめ、山の影が長くなると、この飛行隊の緊張感も増していった。そしてそろそろ目的地も近くなってきたとき、「皆さん、あの山を越えた先が、ワイバーンの縄張りです、気を引き締めてください。」とユリーカが報告をした。
「ウィルコ」
「やあっとか、くたびれたぜえ」
「うるさいよ」
そうして俺たちは、謎の女が暮らす巨大な洞穴へと到着した。
「いかにもって感じだなぁ」今しがたクラムジーが言ったように、相も変わらず辛気臭い森の外れに、それはぽっかりと大口を開けていた。張り詰めた空気感のなか、巨人のいびきの様な風音が、深淵の奥から俺たちの間を吹き抜ける。
「やあ、待ってたよ」
背後からの突然の声に、「おわぁ!」とクラムジーが肩をすくみ上らせた。そして続けざまに腰のロングソード抜いて、「吃驚させやがって、なんだてめえは!」とその切先を声の主に向けるが、それは俺とユリーカを除く、他の隊員たちも同様であった。
「待て待て、コイツは敵じゃない!」
俺はとっさに彼らの前に出て、彼女こそが該当の人物であると場の空気を繕う。
「おいおい、まさか、このガキがそうだってのか?」
「見たところエルフっぽいね、それなら歳は相当なもんだろうさ」
「オフキーが正しい、見た目で判断しちゃいけねえぜクラムジー?」
「つってもなあ」
一見すれば20代の様にしか見えないため、確かに見てくれだけで言えば子供にも見えるだろうが、けれど俺とユリーカは既に知っていた。彼女の奥底に眠る、到底計り知れない脅威というものを。静かな水ほど深いと言うが、彼女が秘めるそれは、そんな言葉では収まらない程であると。
「まさか君、仲間を連れてくるとは思わなかったよ」
「悪いな。だが、奴らは信用していい」
「ならいいけど」
そう言って女は、依然として身構え続ける隊員たちを意に介していないかのように、まるで見えていないかのように、その間をさながら薫風の様にすり抜け、洞窟の影に身を消していった。殺意に鈍いのか、あるいは取るに足らないとでも思っているのか、しかし彼女の振る舞いは、漏れなく隊員たちの不信感を払拭したことに違いはないだろう。
「皆さん、洞窟の中は安全です、行きましょう」
そう言って隊の先頭を切るユリーカを見て、他の隊員たちもそろそろと足を前に踏み出した。
「ふゅー、まるで気配を感じなかったぜぇ。」その場に立ちすくむクラムジーがそう言って額の汗を拭うと、「漏らさなかったことは認めてやる。」視線を洞窟の方へ据えたまま、アイシクルがそう吐き捨ててユリーカに続いた。そうすれば「んだとアイシクル!」とクラムジーが彼女に牙を剥く。
「ちょっとは成長したかい坊や」
「だっはっは、いい驚きっぷりだったぞ!」
オフキーとノイズも彼をからからい、それぞれその肩を叩いて中へ入っていったので、置いてきぼりを食らったクラムジーは「ちょっと待ってくれよ!」と、慌てた様子で彼らの後を追っていった。そうして残ったのは俺とミュートだが、しかしミュートは地に根を張ったかのように、その場から動こうとはしなかった。
「どうしたミュート、行かないのか?」
「見張りが必要だろ?」
「それなら俺が…………」
「いい、立案者のお前がいないと、締まらんだろ」
ここはワイバーンの縄張りのため、彼の言う通り見張る者が必要だった。だから俺は最後まで残ったのだが、けれど未熟なことにミュートに言いくるめられてしまった。
「悪いな、面倒な役回りばかりさせて」
「気にするな、さっさといけ」
かくして俺はミュートを外に残し、半日ぶりの洞窟へ舞い戻った。明朝であっても背の高い木々が日差しを遮るので、中は足元しか見えないほど薄暗いのだが、しかし女の居住スペースの方は既に明かりが点けられており、藁が敷き詰められたスペースには、隊員たちが座って寛いでいる姿が目に入った。呆れを含んだため息が自然と漏れる。奴らはもっと、ミュートを見習った方がいいと。
「ミュートはどうしたんだい?」
「外で見張るってよ」
オフキーにそう返し、俺も薪の傍に腰を下ろす。
「流石は俺の相棒、気が利くぜ」
「アタシの僚騎にも見習ってほしいね」
「おー、なんか言ったかァ?」
クラムジーはアンバー隊の2番騎、つまりオフキーの僚騎である。アンバー3は初日の戦闘で戦死したため、アイシクル(アンバー4)の長騎はいないのだが、しかし氷の女という通り名は伊達ではなく、盛り上がる二人の会話について、彼女は欠伸をしながら聞き流し、全く意に介していない様子だった。
「さて、それじゃあそろそろ作戦を詰めたいんだが、ドラグーン?」
「分かってる。けどその前に、ワイバーンについての話を聞きたい」
ノイズの言葉にはおおよそ賛成なのだが、作戦を立てる前に、先ずは敵を知らなければならない。ここへ寄った目的もそのため。だから俺は女に視線を送り、アイコンタクトだけで説明を促すが、しかし女は何やら鍋をかき混ぜており、俺の眼差しに全く気付いていない風であった。仕方なしに「なあ」と女に声を掛けると、女は緋色の瞳をこちらに向け、ヤレヤレと言わんばかりに首筋を掻く。
「そうだなぁ、あの亜竜は、一口に言えば、超が付くほど強い」
「そもそもよぉ、何でドラゴンがまだ生きてるんだ? 俺の知ってる歴史では、種族間大戦で絶滅したって話だが」
「まあそうだろうね。しかし実際、何体かのドラゴンは存命していて、今も社会に溶け込んで生活しているんだよ」
「そりゃつまり、ドラゴンは人に化けることが出来るってのかい?」
「ドラゴンに出来ないことは無いよ。あのワイバーン、つまり亜竜は別だけど」
クラムジーとオフキーの質問に対し、女は淡々と、逃げずに真っ向から答えていることから――――なぜ知っているのかは置いておいて――――どうやら俺の予想は当たったようだと安堵する。さて、そうと分かったら、あとは質問しまくるだけ。
「ワイバーンの弱点は?」
「君たちと同じだよ、特に脳や心臓への攻撃は致命的だ」
「有効な属性はあるのかい?」
「個体の性質によってまちまちだが、君たちに狩ってもらう亜竜は炎に弱い」
「炎だぁ? ドラゴンのくせに?」
「基本的には炎の属性だが、コップロフトで生まれたあの子は、吐く息も凍てついてるの」
「性に対する欲求はあるのか? ドラゴンは単為生殖と聞くが」
「サキュバスらしい質問だね。答えはイェスだよ。そもそもドラゴンとワイバーンでは身体の構造から違う」
「あの、貴女は強力な魔術を使うようですが、なぜワイバーン討伐の依頼を私たちに?」
ユリーカがその質問を投げるまでは、滞ることなく答えを出し続けていた女だったが、けれどここで流れが止まり、彼女はその視線を、ゆらゆらと揺れる焚き木の影へと落とした。当初、彼女はワイバーン討伐を俺たちに依頼した訳について、“力がないから”と理由づけていたが、しかし俺に能力の一部を渡したことで、その言い訳がもはや通用しないことも悟っているようだった。そうして女は、伏せた視線を再び前に据え、こう答える。
「あの亜竜は、私の力を盗んだの。だから素寒貧の私に、あのワイバーンは殺せない」
「魔力の流れを操作する能力を?」
「そ」
「なら、能力の一部を俺に渡したのは、どう説明するつもりだ」
「残念だけど、君に渡した力が私に残された全て」
「じゃあ力を貸してくれるっていう約束は…………」
「安心して、ワイバーンを殺すことができれば、私は力を取り戻せる」
凄まじい特異ではあるが、力が欠けたままでは一人で倒せないから、軍に所属している俺に残りを託したって訳か。それなら辻褄も合うなと、そうやって一人で納得していると、ノイズが女にこんな質問をする。
「つまりワイバーンは、ドラグーンと同じ能力を有するって訳か」
「そういうこと」
「てことはよぉ、ヒラガナがグレースにしてみせたように、ワイバーンも俺たちの体温を操作することができるって訳か?」
「そうなるね。詳しく言えば、エネルギーとエントロピーの操作だけど」
彼女が何を言っているのかは理解できないが、その能力を使って何が出来るのかは理解している。周囲のエネルギーを集めて収束させたり、対象を体内から瓦解させたり、自身の身体能力を向上させたり、とにかくこの特異能力は多用途であるが、その分、リスクや制約も多く存在する。たとえば、かなりの集中力が必要なため、精神的な負担がデカいこと、大量のエネルギーを消費するため、長時間の使用や連続使用は難しいこと、エネルギーを過剰吸収すれば、自身に反動が生じることなど。だがこれは、これから狩るワイバーンも同じってことだ。
「何だかよく分かんねえけどよぉ、とにかく強敵ってことは分かったぜ」
「馬鹿は黙ってろ」
「そういうてめえは理解したのかよ」
「あたりまえだ」
「じゃあ言ってみな」
「馬鹿に説明するだけ無駄だろう?」
「こんのクソアマぁ…………」
仲のよろしいクラムジーとアイシクルは放っておいて、「作戦を詰めよう。」と、俺は皆に提案した。そうして、全員の特異能力や、獣人族および魔族の特性を活かしたそれぞれの役割を決め、そのあと俺たちは小一時間ほど話合い、ようやく作戦の基礎が出来上がった。
先ずはステップ1、偵察と準備だ。オーク2(ミュート)が透明化能力を使って、ワイバーンの居場所や周囲の状況を偵察、その情報を基に、部隊全体が準備を整える。
続いてステップ2の初期攻撃と撹乱。まずは俺が音速飛行でワイバーンに接近して注意を引き、アンバー4(アイシクル)が魅了の特異でドラゴンを撹乱、注意を散らす。そしてオーク1(ノイズ)とアンバー2(クラムジー)のイーグル種2人が、その怪力を利用してワイバーンを地へ叩き落す。
その次のステップ3は、敵の反撃を想定したもので、主にアタッカーの防御と支援になる。オーク4(シェイキー)が防御魔法を展開し、部隊全体を保護。アンバー1(オフキー)が眠りの魔法を使ってドラゴンの動きをさらに封じる。
最後に大詰めのステップ4、総攻撃だ。俺が熱エネルギー操作の特異を使い、動きを封じたワイバーンを体内から攻撃。だがあの巨体を内から崩すのには時間が掛かるため、オーク1が分身の特異を使用して、同時に強力な近接攻撃を仕掛ける。最後に、アンバー2の特異能力でドラゴンにとどめを刺す、という算段である。
はてさて、言うだけなら簡単そうにも思えるが、しかし敵は未知の存在だ。おそらく作戦通りにはいかないだろう。死人が出るかもしれないし、最悪全滅も考えられる。正直、誰一人欠けて欲しくは無いが、しかし謎の女を味方に付ければ、コップロフト防衛戦を明日にでも終わらせることが出来るかもしれないというジレンマ。俺は、もんもんとした気分をため息と共に呟いた。
「どうしてこんなことになったのやら」
「今さら後悔してるのかい、君?」
作戦が決まり、隊員がそれぞれ準備を進める中、俺の独り言を聞き洩らさなかった謎の女が、にこやかな笑みを浮かべながら、俺の隣で耳をくすぐるように囁いた。そしてそのトーンのまま、彼女はこんなことを言ってくる。
「討伐が成功した暁には、君にだけ特別、我が秘密を教えてあげよう」
「そりゃどうも」
それよりも、コップロフトの戦いを1日で終わらせることができるという確証を得たいと、俺は彼女に言ってしまいそうになったが、彼女に対する敬意と、彼女と隊員たちの間にできた有耶無耶な信頼関係が揺らいでしまうことを恐れ、その言葉を喉までに留め置いた。俺の失言で彼女の気が変わっては面目が立たない。
「よーし、それじゃあそろそろ出発だ、ブタ野郎ども」
「アイアイ、ぶっ潰してやろうぜ」
隊をまとめる能力はあるが能天気なノイズと、お調子者のクラムジーだけがこの作戦について前向きな姿勢を見せる中、他の隊員たちは――――あまり表情を作らないアイシクルは別として――――俺と同様に浮かない顔をしていた。しかし作戦開始の時間は迫り、ついにクインからの知らせが入る。
『これよりブレイズアンドフロスティ作戦を開始、コールサインはオーク3だ…………この作戦名、誰が考えたんだ?』
「内緒だ」
『まあとにかく、健闘を祈る。こちとらお前の死体捜索には飽き飽きしてんだ、生きて帰れよ』
「ああ、心配すんな」
先ずは手筈通り、ミュートが透明化の特異能力を使用し、先に空へ発った。だがミュートの他にも、各空騎の管制官がストームイーグルを使役し、その鷹の眼を介して、高高度から監視を続けている。その監視網にワイバーンが引っかかるまで、俺たちは鷹から身を隠す小動物のように森の中で待機するわけだが、当然その中で目標と接敵することも考えられるので、気は抜けない。