表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2.趣味

 少女の名前は雪羽ゆきはというらしい。優奈の三つ年下である十三歳、つまり中学生だ。


「ほぁ〜、高校生のお友達さんは初めてなのです」


 愛くるしく笑う少女と優奈がまず向かう先は、優奈の自宅だ。


 遊びに行く予定はなかったので、所持金が心許ない。雪羽はお金を持っているのか聞いたところ、大丈夫だと断言されたので、問題ないだろう。


 母親への挨拶もそこそこに、雪羽を優奈の自室へあげた。ちなみに、母親は雪羽を大絶賛。やれ可愛いまぁ可愛い、あんたもこれくらい可愛げのある子になんなさい。というのが母の少女へ対する感想兼優奈へのお小言だった。


「ごめん、お母さんうるさい人で」


「いいえ、とても素敵なのです」


 雪羽は騒がしい母を不快に思わなかったことに、少し安心した。しかし、彼女が不快に思うことがあるのだろうか。


 優奈の部屋を見回し、素敵なものが一杯です! と騒ぎ立てる彼女を見る限り、なさそうだった。

 二階建ての一軒家。一階にはリビング・ダイニングなど家族で過ごすためのスペースがあり、二階に個人の部屋がある。


 優奈の部屋も二階にあった。五畳半の部屋はベッドにその三分の一というスペースを明け渡している。洋服ダンスに、勉強机、椅子、本棚。必要な家具を詰め込んだだけで、あっという間に人の入れるスペースは限られた。


「ベッドの上、座っていいよ」


 机の上に置いてある貯金箱に手を伸ばしながら、雪羽を促す。ぽすっと彼女が腰を押しつける音がした。


「綺麗に整理してありますですね」


「あぁ、うん。掃除とか嫌いじゃないし、整理しておかないとビーズとか、なくしちゃうもの」


 千円札を三枚ほど取り出し、財布に入れる。大金を持ち歩くのは好きではないし、これだけあれば、まぁ、多少買い物をしても大丈夫だろう。雪羽に何かを買ってあげたとしても、だ。


「ビーズ、ですか? 何に使うですか?」


 きょとりとして首を傾げる彼女に、優奈は微笑んだ。三つ、いや、それよりももっと年の離れた妹を持ったら、こんな気持ちになるのだろうか。


「ビーズを使って指輪とか、携帯ストラップとか、そういうものを作るの。例えば――」


 机に付属している棚の上から、一つ摘んだ。


「このペンダント。ヘッドのロザリオの形は、ビーズで作ってるの」


「ほぇ〜、凄いです凄いです! これ自分で作るですか? 他にも作れるですか?」


 素直に興味を示し、褒めてくれる雪羽に、優奈は頬がゆるむのを感じた。うれしくて、つい色々と説明したくなってしまう。


「そう。ペンダントとか、アクセサリーだけじゃなくてね……ほら、子猫ちゃん」


 蒼い双眸の黒猫を見せる。これはなかなかの自信作だ。


「はわわわわわわ、可愛いです、可愛いです可愛いです!」


 瞳を輝かせ、頬を上気させる。雪羽ほどに反応を示してくれる子は早々いないだろう。雪羽の手にビーズ製の黒猫を乗せると、彼女はへにゃりと表情を崩した。


「凄いです……。こんなに可愛いもの、作れるんですね……。優奈さん、凄いです! 凄すぎです!」


「そ、そんなに褒めるほどじゃないよ」


 さすがに、彼女の真っ直ぐな言葉に、照れが生じた。しかし、雪羽はぷるぷると首を横に振る。


「素敵なことです! 自慢するべきことです! 私にはこんなに可愛らしいもの、作れませんです!」


「あ、じゃあ、作ってみる?」


「ほへ?」


 意気込んで話す雪羽に言った言葉。彼女の恥ずかしいセリフから逃れるためでもあるのと同時に、彼女と一緒に作ったら楽しそうだと思ったからだった。


「少しなら、教えられるから。まずは簡単なものから、やってみない?」


 雪羽は手のひらの猫と優奈を見比べる。やがて、優奈の言葉を理解したかのように、顔を輝かせた。


 言葉も出ないといった様子で、ひたすら頷く。そんな雪羽に優奈は笑いかけた。


「初めてでも、糸にビーズ通すだけ、みたいなのはあんまりおもしろくないよね。んー、花モチーフのストラップ、とかかな」


「楽しみです〜」


 雪羽から黒猫を返してもらい、棚に戻す。材料があるかどうかを探すため、ビーズ収納に使っているチェストを開けた。


「あ……」


「ほぁ? どうかしましたですか?」


 コートを片手に、雪羽が優奈に近づいた。部屋に長居をすることになるから、脱いだのだろう。


「ううん、大したことじゃないの」


「でも、何かあったですよね?」


 不安げに瞳を揺らす少女に、苦笑が漏れた。


「今、作りかけのモチーフの材料が足りなかったんだよね」


 昨日気がついて、明日買いに行こうと考えていたのだけど。あぁ、鳥頭。すっかり忘れて今を迎えている。


 つい胸をついて出そうになるため息を、雪羽の前だからと抑えた。


「買いに行くです」


「え?」


「今から買いに行きましょうです」


 彼女はすでに真っ白のダッフルコートを着始めていた。


「え、でも、そうしたらビーズアクセ、作る時間がなくなっちゃうよ?」


「いいのです。ただ、」


 しっかりとコートのボタンまで留めて、雪羽は笑う。


「ビーズの初心者用のご本、紹介して下さいです」


 少しずつ、練習していきますです、と続けて、彼女は扉に手をかけた。


 優しい子。不思議に温かくて、一緒にいるだけで笑顔が出てくるような雰囲気を持っている。


 あぁ、良い子だと、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ