2.趣味
少女の名前は雪羽というらしい。優奈の三つ年下である十三歳、つまり中学生だ。
「ほぁ〜、高校生のお友達さんは初めてなのです」
愛くるしく笑う少女と優奈がまず向かう先は、優奈の自宅だ。
遊びに行く予定はなかったので、所持金が心許ない。雪羽はお金を持っているのか聞いたところ、大丈夫だと断言されたので、問題ないだろう。
母親への挨拶もそこそこに、雪羽を優奈の自室へあげた。ちなみに、母親は雪羽を大絶賛。やれ可愛いまぁ可愛い、あんたもこれくらい可愛げのある子になんなさい。というのが母の少女へ対する感想兼優奈へのお小言だった。
「ごめん、お母さんうるさい人で」
「いいえ、とても素敵なのです」
雪羽は騒がしい母を不快に思わなかったことに、少し安心した。しかし、彼女が不快に思うことがあるのだろうか。
優奈の部屋を見回し、素敵なものが一杯です! と騒ぎ立てる彼女を見る限り、なさそうだった。
二階建ての一軒家。一階にはリビング・ダイニングなど家族で過ごすためのスペースがあり、二階に個人の部屋がある。
優奈の部屋も二階にあった。五畳半の部屋はベッドにその三分の一というスペースを明け渡している。洋服ダンスに、勉強机、椅子、本棚。必要な家具を詰め込んだだけで、あっという間に人の入れるスペースは限られた。
「ベッドの上、座っていいよ」
机の上に置いてある貯金箱に手を伸ばしながら、雪羽を促す。ぽすっと彼女が腰を押しつける音がした。
「綺麗に整理してありますですね」
「あぁ、うん。掃除とか嫌いじゃないし、整理しておかないとビーズとか、なくしちゃうもの」
千円札を三枚ほど取り出し、財布に入れる。大金を持ち歩くのは好きではないし、これだけあれば、まぁ、多少買い物をしても大丈夫だろう。雪羽に何かを買ってあげたとしても、だ。
「ビーズ、ですか? 何に使うですか?」
きょとりとして首を傾げる彼女に、優奈は微笑んだ。三つ、いや、それよりももっと年の離れた妹を持ったら、こんな気持ちになるのだろうか。
「ビーズを使って指輪とか、携帯ストラップとか、そういうものを作るの。例えば――」
机に付属している棚の上から、一つ摘んだ。
「このペンダント。ヘッドのロザリオの形は、ビーズで作ってるの」
「ほぇ〜、凄いです凄いです! これ自分で作るですか? 他にも作れるですか?」
素直に興味を示し、褒めてくれる雪羽に、優奈は頬がゆるむのを感じた。うれしくて、つい色々と説明したくなってしまう。
「そう。ペンダントとか、アクセサリーだけじゃなくてね……ほら、子猫ちゃん」
蒼い双眸の黒猫を見せる。これはなかなかの自信作だ。
「はわわわわわわ、可愛いです、可愛いです可愛いです!」
瞳を輝かせ、頬を上気させる。雪羽ほどに反応を示してくれる子は早々いないだろう。雪羽の手にビーズ製の黒猫を乗せると、彼女はへにゃりと表情を崩した。
「凄いです……。こんなに可愛いもの、作れるんですね……。優奈さん、凄いです! 凄すぎです!」
「そ、そんなに褒めるほどじゃないよ」
さすがに、彼女の真っ直ぐな言葉に、照れが生じた。しかし、雪羽はぷるぷると首を横に振る。
「素敵なことです! 自慢するべきことです! 私にはこんなに可愛らしいもの、作れませんです!」
「あ、じゃあ、作ってみる?」
「ほへ?」
意気込んで話す雪羽に言った言葉。彼女の恥ずかしいセリフから逃れるためでもあるのと同時に、彼女と一緒に作ったら楽しそうだと思ったからだった。
「少しなら、教えられるから。まずは簡単なものから、やってみない?」
雪羽は手のひらの猫と優奈を見比べる。やがて、優奈の言葉を理解したかのように、顔を輝かせた。
言葉も出ないといった様子で、ひたすら頷く。そんな雪羽に優奈は笑いかけた。
「初めてでも、糸にビーズ通すだけ、みたいなのはあんまりおもしろくないよね。んー、花モチーフのストラップ、とかかな」
「楽しみです〜」
雪羽から黒猫を返してもらい、棚に戻す。材料があるかどうかを探すため、ビーズ収納に使っているチェストを開けた。
「あ……」
「ほぁ? どうかしましたですか?」
コートを片手に、雪羽が優奈に近づいた。部屋に長居をすることになるから、脱いだのだろう。
「ううん、大したことじゃないの」
「でも、何かあったですよね?」
不安げに瞳を揺らす少女に、苦笑が漏れた。
「今、作りかけのモチーフの材料が足りなかったんだよね」
昨日気がついて、明日買いに行こうと考えていたのだけど。あぁ、鳥頭。すっかり忘れて今を迎えている。
つい胸をついて出そうになるため息を、雪羽の前だからと抑えた。
「買いに行くです」
「え?」
「今から買いに行きましょうです」
彼女はすでに真っ白のダッフルコートを着始めていた。
「え、でも、そうしたらビーズアクセ、作る時間がなくなっちゃうよ?」
「いいのです。ただ、」
しっかりとコートのボタンまで留めて、雪羽は笑う。
「ビーズの初心者用のご本、紹介して下さいです」
少しずつ、練習していきますです、と続けて、彼女は扉に手をかけた。
優しい子。不思議に温かくて、一緒にいるだけで笑顔が出てくるような雰囲気を持っている。
あぁ、良い子だと、そう思った。




