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1.白い少女

 住宅街にある小さな道。昼間ではあるが、優奈ゆうなのほかに人影は見あたらなかった。元々人通りが多いとは言えない道だ。それに加え、今日は昨日までに比べ、ぐっと気温が落ちている。心地いい室内からできるだけ出たくないと思うのは、当然だろう。


 暖房の効いているはずの我が家を求めて、彼女は足早に歩いていた。


 口元までマフラーで覆い、手は手袋をしてコートのポケットに。顔の三分の二ほどと、足――本当はタイツをはきたいのだが、残念なことに、学校が校章のロゴ入りのハイソックスを指定している――しか露出がないようにしていた。ちなみにストレートの黒髪は結ばずにおろし、首と一緒にマフラーで巻かれている。


 十二月二十四日、クリスマス・イヴ。明日でようやく学校が終わる。一応明日は友人と約束をしてはいるが、今日は家で怠惰に過ごすことしか予定になかった。


 家に帰ったら何をしようか。読みかけの本がある。お菓子作りもいいかもしれない。でも作りかけのビーズのストラップもあるし……。


 空を見上げると、空は重たそうな雲で覆われていた。この季節、晴れた日は鮮やかな青色を見せてくれるのだが、残念ながら今日は違うらしい。今日外出するのは、あまり好ましくない。


 空は重たく、空気も重たい。そんなところにいても気分まで重くなるだけだ。


 考えながら角を曲がる。早く帰ろう。そう思っていたのだが、目に入ったものに驚き、足を止めてしまった。


 蹲る、白いもの。猫や犬のように、小さくない。人だ。真っ白な髪を持った、人。


 ……人?


 はたと我に返った。この寒い冬空の下、蹲る、白髪の、人。


 それはつまり、もしかすると、危ない、事態。


「だっ、だっ、だっ!」


 大丈夫ですか!?


 そう言おうとして、どもり、それから口を開けたままに固まった。白髪の人が優奈を振り返ったからだ。


 少女だった。


 寒さのためか白い肌を赤く染めている、翠色の瞳をした少女。小学生か、中学生か。優奈よりも三つか四つ、幼いようだ。


人であること以上に、『白』の印象を受けたのは、後ろから見ると彼女は白以外の色も持たないからだろう。髪は白。肌も非常に白く、彼女が着ているダッフルコートも白。


 もっとも、前から見てもその印象は大して変わらなかった。結局、ブーツは白。手袋も白。斜めがけのバッグも白で、肌の白さもよく目立っている。ひたすらに白い。


 外国の子か。色素が薄いという病気を持った子か。


何にせよ、彼女の持つ色彩にかかわらず、とても愛らしい。触れたら壊れてしまいそうな繊細さをその身に抱いており、優しく守ってあげたくなってくる。


優奈はその、どこか浮き世離れした雰囲気に呑まれていた。


「……だ?」


 少女は小首を傾げて言った。不思議な響きをした声に、意識が戻される。


「ぁ、だ、大丈夫? そんな何もないところでしゃがんで、寒いでしょう? 具合が悪くても、こんなところじゃ、もっと悪くなっちゃうよ」


 優奈の言葉に、少女は大きな目を瞬かせた。そしてにっこりと笑って立ち上がる。


 花が綻んだような笑顔、というのはこういうことを言うのだろう。寒さも忘れ、季節を春と勘違いてしまいそうだ。


「大丈夫です。具合が悪いからしゃがみ込んでいたのではないのです」


 淀みなく話される日本語。少なくとも、育ってきたのは日本なのだろう。けれど、先に話が通じておくかどうか考えるべきだったのかもしれない。今更ながら、優奈は会話のできる相手であったことに安堵した。


「えぇと、じゃあ、なんで座っていたの?」


「座りたくなったからなのです」


「はぁ…」


 よくわからない。なぜ座りたくなったのかを、聞いていたのだけれど。


 まぁ、具合が悪くないのなら大丈夫だろう。本人はにこにこしているのだから、何か悪い理由があるわけではないんだ。優奈は一人納得した。


「お姉さんも参加しますですか?」


「何に?」


「冬空風陽感測の会、です」


「ふゆぞら……何?」


冬空ふゆぞら風陽ふうよう感測かんそく、の会です」


 冬の空の下、この季節特有の冷たさを持つ風と、強くはなくとも確かな温もりをくれるお日様の光を感じる会なのです、と自然な調子で言う彼女に、優奈はつい、頷いてしまった。


「あ、ちなみに、感測の『測』は、語呂がよくなるのでつけましたなのです」


 おかしなことを、当然のように言う。こういう、『天然』な子はあまり好きじゃない。しかし彼女に限っては、構わないような気がした。雰囲気が、似合っていたから。


「私は、うん、遠慮しておくよ」


「そうですか……?」


 優奈は頷いた。少女にはそういう行為が違和感なくとも、自分がやると違和感の塊でしかない。少し残念そうに眉尻を下げた少女の様子には胸が痛むが、その「冬空風陽感測の会」に入ったところで、いたたまれない気分になるのは目に見えている。


 そもそも、この曇り空の下で日の光を感じるというのは、少し…そう、大変そうだ。


「わかりましたなのです。私もやめるのです」


「え? いやいや、私に付き合う必要ないよ。」


 慌てて答えると、少女はまた、にっこり笑う。


「私、お姉さんと一緒にいたいのです。冬空風陽感測の会は冬の間ならいつでもできますですが、お姉さんと会えるとは今日のこのときだけで、一緒に過ごせるのはほんの短いときしかないかもしれないのです」


 不思議な子。漫画や本や、劇の中でだけ言われるような言葉を、とても自然に伝える。それが心に、すとんと落ちる。


「そう、だね。今日は予定もなかったの。だから、一緒に遊びに行こうか」


「はいっ!」


 白い少女は、輝かんばかりの笑顔を見せた。

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