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第一話 無能

「『無能犯』?」


 パトカーの助手席でドーナツ(オールドファッションだ)を頬張りながら、荻草若葉は小首を傾げた。

「何ですか? それ」

「嗚呼。元々は『無能力の犯罪者』全般を指す言葉だったが……」


 新米巡査の質問に、運転席で欠伸を噛み殺しながら、若葉より十歳くらい歳の離れた先輩が答えた。パトカーはゆっくりと、閑静な住宅街を徐行していた。


「最近この辺りで『能力者』が襲われる事件が相次いで発生していてな」

 平日の昼間とあってか、周囲に人影はなかった。

 もっとも、最近は『災怪警報』の第一級が頻繁に流れているから、前もってシェルターに避難しているのかもしれない。


「一番古い記録では、半年前。ヒーロー志望のアマチュア学生が、繁華街の裏通りで蜘蛛型怪人を倒した後に襲われた」

「あぁ……良くいますもんね」

 若葉はもぐもぐと頷いた。卒業間近の学生は良く街にモンスターを狩りに出かける。思い出作りや度胸試しもあるだろうが、その多くはヒーロー……つまり『怪物退治』の専門家(プロ)になるために、自分の実力を企業にアピールする、作品集(ポートフォリオ)やPV撮影、就職活動の一種だ。


「青年は何か『バールのようなもの』で殴打された後、金銭を奪われて路上に放置されていた。彼の『能力』が『石頭』じゃ無ければ、きっと死んでいただろうな」

「『バールのようなもの』……?」

「犯人の顔はサングラスやマスクで隠していたので割れていない。そして奇妙なことに、襲撃者は一度も『能力』らしきものを発動しなかった」


 先輩がハンドルを切りながら唸った。こないだの『災怪』で半壊になった家が目に飛び込んでくる。


「そういう事件が度々起きてな。この間も三バカ……いやアマチュアトリオがこの付近で襲われた。共通しているのは、①金銭を奪われていること、②被害者は全員ヒーローあるいはヒーロー見習いの『能力者』、そして③肝心の犯人は自分の『能力』を披露していない、ってことだ」

「…………」

「それで……警察も一応捜査はしていたんだが、ホラ、怪物退治の事後処理に忙しくってな。分かるだろ?」

「分かります分かります。めんどくさいですよねアレ!」

 若葉が足元にポロポロドーナツの欠片を溢しながら、食い気味に前のめりになった。先輩が少し嫌そうに顔をしかめた。


「血とか内臓とかこびり着いて中々取れないし……もう! って感じ。ヒーローって、カッコつけるだけカッコつけて、後片付けとか汚れ仕事とか全っ然手伝ってくれないですよね。あの人たち、自分が殺した怪獣の死体を片付けたことあるのかしら?」

「……逮捕に手間取ってるうちに、妙な噂が流れ始めた。もしかしたら犯人は『無能』なんじゃないか? ってな」

「『無能』? まさか」

 若葉は思わず吹き出した。先輩が冗談を言っているのだと思ったのだ。


「ありえないでしょ。『無能』が『能力者』を倒すなんて」

「俺もそう思う」

 しかし先輩は、至極真面目な顔で首を振った。

「だが、奴らの言い分はこうだ。もし犯人が『能力者』なら、警察がここまでてこずっているのはおかしい。『能力者』は番号登録するのが決まりだからな。そうじゃなくて、正規の番号すら登録していないな(・)ら(・)ず(・)者(・)……つまり『無能』なんじゃないかって」

「なるほど。それで『無能犯』」

 若葉は頷いた。何ともマヌケなネーミングである。

 まぁ、犯罪者の呼び名なんて、それくらい格好悪い方が啓蒙には良いのかもしれない。


「写真か映像は無いんですか?」

「嗚呼。あるよ」


 そう言って先輩は若葉にPフォンを差し出した。保存されていた画像や映像を確認すると、なるほど黒いサングラスにマスク、それに黄色い工事現場用のヘルメットを被った男の姿がそこにあった。身長は180cmほど、年齢は二十代くらいだろうか? ある意味どこにでもいる一般人とも言える。これだけでは人物の特定までは難しそうだ。


「現場に指紋や毛髪などは……」

「残っていた。もちろん番号と照合したが、どの個人情報とも合致しなかった。だから余計『犯人は無能』説が、考察や陰謀論が盛り上がってんのさ。まぁ、実際に犯人が何者なのかは別にして、『能力者』が襲われているのは事実だ。ネットの掲示板じゃ『能力者狩り』なんて言ってる奴もいるよ」

「『能力者狩り』……ですか」

 パトカーは半壊した家を横切り、今も立ち入り禁止になっている瓦礫の山へと近づいていった。西陽が眩しい。若葉は目を細めた。


「『無能狩り』なら知ってますけど」

「嗚呼。極端な排無主義者を放置して政治家が本来己に向けられるべき怒りの矛先を逸らしてるアレだろ?」

「じゃなくて、能力者が狩られる側なんですか?」


 若葉にはにわかに信じられなかった。

 先輩はハンドルを握ったまま肩をすくめた。


「単に『能力』と言っても、戦闘向きばかりじゃないからな。画家の『才能』だってあれば、数学の『才能』だってある。だけど、いざ殴り合いになったら絵が上手い奴が野生の熊に勝てるのかって話」

「あぁ……そうかぁ」


 若葉はドーナツ(フレンチクルーラーだ)のおかわりをしながら頷いた。かく言う自分も、『未来予知』という『能力』を持っている……数分後の未来を察知する。ただし具体的な内容は不明。何が起こるか分からないが、何かが起こることは分かる……これも『能力』は確かに『能力』なのだが、それが何の役に立つかと言うと、“悪い予感"、"虫の知らせ"程度にしか働かない。もっとも、その『能力』に目覚めたために若葉は警察官を志望したのだけれど。


「しかし、今回ヤられてるのはゴリゴリの戦闘能力を持つ者たちなんだ」

「でも……どうやって?」

「分からない。まぁ大方、『能力無効化』とか『能力吸収』とか、その類だろう。発動条件を巧妙に隠してるんだろうな」

「もし本当に『無能』だったら……」


 そこまで言って、若葉は急にピンと姿勢を正した。ざわ、と全身の毛が逆立ち、キィィィ……ン、という聞こえないはずの高音が頭の中に鳴り響く。一拍置いて、我に返った若葉は叫んだ。


「……池沢先輩! 『予知』来ました! 三時の方向。おそらく五分後……?」

「よぉし。飛ばすぞ。それと、ドーナツ残しとけよ。それ俺ンだろ」

「ふぃふぉいで!」

「急いで食べんな!」


 パトカーがけたたましいサイレンを鳴らし、住宅街を去って行った。若葉の『未来予知』。防犯や危機管理には中々使い勝手の良い『能力』である。現場へと駆けつける途中、若葉は助手席で残りのドーナツを貪りながら唸った。


「でも池沢先ふぁい」

「ん?」

「犯人が本当に『無能』だったら、それに勝てない『能力者』は……それすら捕まえられない私たちは、とんだ笑い者になっちゃいますねぇ」

「……お前は本当に、『無能』の人間が『能力者』に勝てると思うのか?」

「…………」


 若葉はしばらく逡巡(もぐもぐ)した後、小さく首を振って笑った。


「……いいえ。思いません。持ってる者に持ってない者が勝つなんて、100%あり得ませんから」

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