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将来の夢は何ですか?
スポーツ選手?
お医者さん?
俳優?
モデル?
イラストレーター?
YouTuber?
料理人?
映画監督?
漫画家?
パイロット?
フフ。素敵な夢があって良いですね。
でも……残念でしたぁああ。
『能力』が無いと、君の夢は、叶いませぇぇえんッ!
だってこの世界は『能力』が全てですから。『才能』が全てですから。
本当にごめんなさい。本当のことを言って本当にごめんなさい。
スポーツ選手も、漫画家も、YouTuberも。
この国では特別な『才能』が無い人は、はっきり言って人間以下です。『能力者』じゃ無い人は、人として扱われません。悪いことは言わないから、夢があったら諦めて下さい。
え?
それでも夢を諦めきれない?
地獄を見るかも知れないのに?
君も、特別な『能力』が欲しいって?
そんなにサッカーが上手くなりたいんですか?
絵が上手くなりたいんですかぁ?
フフフフフ。それじゃ、ここだけの話ですけど……。
※
「先生!」
まだ小学生に上がったばかりだろうか。ピカピカのランドセルをぎこちなく背負う子供が、目を宝石のように輝かせて、近くにいた男に駆け寄って尋ねた。
「先生……僕、将来ヒーローになりたいんです! 何でも良いからかっこいい大人になりたい。僕もヒーローになれますか!?」
先生と呼ばれた男は、夕陽を背に、一呼吸置いた。空は青青と晴れ渡っていた。二人の頭の上を、『飛行能力』を持った数人が、大きな羽を広げて悠々と飛び去って行く。先生は、やがて少し哀しそうな顔で、
「いいえ。無理です。なれません」
そっと少年の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
「この国では、『能力者』じゃ無いと人権が無いんです。残念ながら何の『能力』にも目覚めない君の人生は、これから地獄以下決定です」
「先生……?」
「君は何者にもなれない。AIも予測している通り、君の将来はせいぜい無職か、犯罪者でしょう。諦めて今のうちに死んで下さい。もしかしたらあの世で『チート能力』とやらに目覚めるかも知れませんよ。それが君にとって、一番幸せな選択です……」
※
「ウルトラスーパーメガトンパンチ!!」
赤いスーツに身を包んだ筋肉質の男がそう叫び、力強く拳を繰り出した。するとどうしたことだろうか。突き出した拳によって、凄まじいエネルギーが波動となって空間を切り裂いた。ウルトラスーパーメガトンパンチ。それが彼の必殺技だった。『能力』によって極限まで己の筋肉を強化した彼は、今や徒手空拳でエネルギー波を生み出せるまでになっていた。
「ファイヤーサンダーブリザード!!」
赤いスーツの彼に呼応するかのように、今度は黒のマントの女性が魔法の呪文を唱える。彼女は空に浮いていた。呪文とともに、右手に構えた本が妖しく光り、頭上から炎が、雷が、氷の槍が豪雨のように降り注ぐ。無から有を生み出す……特別な『才能』が無ければ成し得ない、ごく一部の選ばれし者にしか伝承されない秘術、それが『魔法』。黒マントの彼女は、百年に、いや一千年に一度と呼ばれるほどの才能の持ち主だった。
極め付けは三人目の、白い学生服を着た痩せぎすの少年だった。
「行くよ、ニコ」
少年がそう呟くと、彼の隣にいた巨大な爬虫類……絵本でしか見たことのないような、凶暴なドラゴンだ……が大口を開けて唸り声を上げ、両翼を激しく羽ばたかせた。少年はいわゆる幻獣使いだった。血の契約によって、異世界からこの世には存在しない幻獣たちを召喚し使役する。もちろん、血を差し出せば誰もが幻獣使いになれる訳ではない。お調子者や半端者が、自分が召喚した魔物に襲われ、死亡した事件も少なくない。血筋。これこそが少年の『能力』の源だった。
「ガァアアアア!!」
三者三様の必殺技が、目の前にいた、これまた巨大なゴブリンへと命中する。三階建てのビルくらいはありそうな醜悪な魔物は、強烈なエネルギー波によって、不可避の魔法によって、凶暴なドラゴンによってあっけなくその命を枯らした。
「よっ……」
赤スーツが拳を突き上げ、雄叫びを上げた。
「……しゃあああああ!! ヨユーの勝利!!!」
熱血男が子供のように喜びを爆発させる中、天才魔女は中空で妖艶な笑みを浮かべ、由緒正しき家系の少年が、ドラゴンに駆け寄りホッと胸を撫で下ろした。
周囲は異様な臭いを漂わせていた。血と血と血と血と、それから血の臭いだ。さっきまでゴブリンだった赤黒い肉塊が、瓦礫の山の至る所にこびり付いている。能力・血筋・勝利。こうして三人のヒーローは見事魔物を退治したのだった。
「タイムは!?」
赤スーツが天を仰ぎ、魔女に叫んだ。
「34分27秒」
魔女が空中に浮かび上がった魔法の数字を読み上げ、肩をすくめた。
「……まだまだね。せめて30分以内に収めないと」
「アニメ化を狙うなら、せめて平均15分は切りたいよね」
少年がドラゴンを撫でながらほほ笑んだ。
「だって、30分まるまる一話戦闘パートだったら、視聴者から引き伸ばしの手抜きだって思われちゃうし」
遠くからサイレンの音が近づいてくる。魔物討伐の通報を受けた警察が、事後処理にやってきたのだろう。男は周囲を見渡したが、辺りに観客はいなかった。みんな自分たちの活躍を見るより、避難を優先したのだ。悔しいが仕方がない。デビュー前の無名ヒーローの扱いなど、こんなものだ。魔法やドラゴンなんて、今更珍しくも何ともない。なんせ今や世界中にヒーローが、『能力者』が溢れ返っているのだから。
「だけどよ、大分タイム縮んだんじゃねーか!?」
赤スーツが胸を張った。
「このまま行けば、アニメ化どころか映画化も夢じゃないぜ。俺たち良いチームだよな!?」
「はいはい。ま、ほとんどは私の魔法のおかげだけど」
「なんだとぉ!?」
「まぁまぁ二人とも。早速今回の戦闘をプロモビデオ編集して、手当たり次第送ってみようよ。上手く偉い人の目に止まれば、一気にメジャーデビューもあり得るかも知れないよ」
「あッ!? 俺、また決めポーズと決め台詞忘れてた!」
「後で編集でどうにでもなるでしょ……」
無事ゴブリンを倒し、三人が和気藹々と盛り上がっていると。不意に彼らの背後にゆらり、と人影が近づいてきた。
「ン?」
「何だお前?」
その男は……何とも貧相な身なりをしていた。ヨレヨレの白いTシャツに擦り切れたズボン。黒いサングラスにマスク、そして工事現場用の黄色いヘルメットは、あれは変装のつもり……なんだろうか? 身長は180くらいあって、見かけは若いが、どうも学生ではないようだ。瓦礫の向こうから、長身の男が、風に揺れるみたいにゆらゆらと三人に近づいてくる。
「あー、スマン」
赤スーツがやってきた男に気づいて声をかけた。
「お前もPV撮影目的か? 悪いが、ここのゴブリンは俺たちが倒しちまった。他を当たってくれ」
「あら。良い肉……男じゃない。貴方、名前は?」
赤スーツは適当に追い払おうとしたが、魔女が興味津々と言った表情で身を乗り出した。やってきた現場ヘルメットの男が、三人の前に仁王立ちして低く唸った。
「……一般人マン」
「え?」
「なんて?」
「誰だよテメー。俺たちのチームに入れて欲しいのか?」
赤スーツが大げさにため息を吐いた。
「悪ぃが、俺たちもデビュー前の大事な時期なんだ。ここで素性の知れない妙な奴スカウトして、後で炎上なんてしたくねぇ。お前、『能力』は?」
男は黙ったままだった。赤スーツが怪訝な顔をして振り返ったので、魔女が助け舟を出した。
「良いからもったいぶらないで『能力』見せなさいよ。貴方、今チャンスなのよ。特別にお姉さんが面接してアゲルから♡」
「お兄さん、緊張しないで」
龍使いの少年もほほ笑んだ。
「これはチームに入るための通過儀礼だって思えば良いんですよ。お互いの『能力』も知らないのに、チームプレーなんて出来ないでしょう?」
「…………」
「……何だよ?」
「能力……能力……」
「ン?」
「え?」
「能力能力能力能力、うるせぇんだよクソ野郎ども!」
「うぉッ!?」
突然、叫び声をあげ殴りかかってきた男に、赤スーツは驚いて飛び退いた。
「何だよお前!? 情緒不安定か!?」
「俺に特別な『能力』なんてない」
「え?」
「『能力』が……ない?」
少年が驚いたように目を丸くした。
「それって……『無能』ってことですか!?」
「驚いたわね」
魔女もまた、驚き過ぎて危うく魔法の本を落とすところだった。
「こんな時間にこんな場所を『無能』が堂々と出歩くなんて……気でも触れたの? 命がいくつあっても足りないわよ?」
「僕、本物の『無能』初めて見ました……! でも『無能』って本来恥ずべきことで、隠すべきことなのに、何で……??」
「ハーッハッハッハァ!」
赤スーツがたまらず大笑いした。
「コイツァ傑作だ。一体どんな『能力者』かと思えば、まさか『無能』だとはなァ。『能力』もないくせにのこのこ現場に顔出して、一体どうやってモンスターを倒すつもりだったんだ!?」
「悪いこと言わないから、巣に帰りなさい。こんなところにいちゃ死んじゃうわよ」
「そうですよ。モンスターは僕らが倒したけど、もし『無能狩り』の連中が来たら……!」
「この国じゃ『能力』の無い奴に人権はない。能無しのテメーだって、この程度の一般常識ァ知ってるよな?」
赤スーツがニヤニヤとヘルメット男を眺めた。
「テメーを殺したがってる奴ァ大勢いるぜぇ。テメーみたいな『無能』が、この国をダメにしたんだってなァ。何の『能力』もない役立たずが、『才能』の無い屑が、死んで初めて感謝される犯罪者の寄生虫がァ!!」
「ここは戦場よ。残酷だけど」
魔女が小さく息を吐き出した。
「『才能』がある者だけが立つことを許された、命がけの戦場。『能力』がなければバケモノとは戦えない。それどころか、生き残ることすら不可能……」
「いっそ死んだ方がいいんじゃないですか?」
少年が真剣にそう助言した。
「『無能』でも死んだら異世界に転生して、チート能力がもらえるって。小学校で習いました」
ヘルメットの男が、無言のままゆっくりと背に腕を回し、それから長い鉄の棒のようなものを取り出した。
「おっ?」
「何ですかそれ?」
「何の能力?」
「能力じゃない。『バールのようなもの』だ」
「何?」
ヘルメット男は問答無用で『バールのようなもの』を赤スーツの頭上に振り下ろした。間一髪、一撃を避けた赤スーツが目を丸くした。
「危ない!」
「ちょっと!? 何すんのよ!? 『無能』のくせにッ」
「ま……待て待て待て待て! よせ! テメーの目的は何だ!?」
「決まってんだろ……」
男はペロリと下唇を舐め、響めく歴戦の『能力者』たちを鋭い眼で睨んだ。
「俺が闘う理由なんざ」
「う!?」
「『ムシャクシャするから』だッ、『遊ぶ金欲しさ』だァッ!!」
「犯行動機じゃねーかよ!!」
「ぎゃあああああっ!?」
やがてパトカーが到着する頃には、現場には誰もいなかった。ただ血と、血と血と血と血と、それから血の臭いが、重たく周囲を覆い尽くしていた……。




