ユートピア魔王城
「尻尾、生えたままですね」
あれから、シュリの解毒薬のお陰で全員毒からは解放され、ティモシーも一命を取り留めた。テオもあの悪魔化から比べればすっかり元通りになったのだが、あの水晶はシュリの薬の効力を少しだけ残してしまった様である。握力と、尻尾だ。
「はぁ、僕は僕の天使を作り出すのが夢だったのに、何でこんな悪魔……」
「溜息吐きたいのはこっちだよ?!」
テオのお尻に生えた尻尾はいかにも悪魔らしい、先端が矢の様に尖った黒い尻尾だ。気付いてからはどうにもモゾモゾするのでパンツにもズボンにも穴を開けている。
「この尻尾がどうにか出来るまでは俺帰れないよ」
情けなく眉を下げると、テオの尻尾を面白そうに眺めながらリーンが言った。
「帰る必要ないじゃない。もともとここでスローライフ決め込むつもりだったんだし、魔瘴気がなくなって自由になっただけよ。魔王に世界を滅ぼす意思はないし、勇者城の上層部は腐ってた。文句を言う人も居ないわ。そうよね」
「おっしゃる通りです」
そう畏まったのは……その腐った上層部、シードである。
別に無理やりここに監禁しているわけではない。シードが頭を下げてここに住ませてくれと頼んだのだ。ここに居ればいつかヴィーラに奇跡が起きるかも知れない、そう思うと小娘に頭を下げてでもとの選択だった様だ。シードの知識が役に立つ事もあるだろうとリーンはそれを許可したのである。
しかしダレルと言いシードと言い、こちらを殺そうとした者に対して寛大過ぎる勇者に、テオは優し過ぎるのではと心配になるがきっとそれこそが勇者たる所以なのだと思う。
実際で言うリーンの心境は「ティモシー含め、全員魔族が性癖のおじさん」としか思っていない。
「シード、パイコの部屋の掃除は終わってるんだろうな?」
ただし、扱いは最悪だ。性癖でぶつかり合ったティモシーとは今でも険悪で、勇者城での序列は逆転した。
「すぺ?」
ティモシーを少しだけ受け入れたパイはティモシーの隣りでシードに首を傾げる。
「はい、今すぐに!」
いつかヴィーラもこんな風にと想像するだけでシードは毎日が楽しい様だ。
「そろそろ行きましょうダレルさん」
「はぁ、すっかり助手にしやがって……いたた! やるよノコ」
ダレルの背中のノコは日に日に人間らしくなっていく。こちらの言う事に頷いたり、気に入らない事があればダレルの髪を引っ張ったりする。太陽が苦手な二人にシュリが長時間効力が続く保湿クリームを作ってやった事でノコはシュリにも懐いているのだ。
「それにしても良い天気ね~。今日はあたしも畑仕事手伝おうかしら?」
今はリーンの作った人工太陽ではなく、本物の太陽が魔王城を照らしている。
「ルビィも手伝う!」
ルビィが本来の力を取り戻してから、昼間ずっとどんよりと厚い雲に覆われていた魔王城に太陽が顔を出す事が増えた。やはり魔王城の天気にも魔王の力が影響していた様である。
「ありがとう二人とも!」
「だってルビィはテオの盾だもん!」
そう言ってルビィはぴょんとテオの腕にしがみ付く。そんなルビィの頭を愛おしそうに撫でるテオを見て、リーンはつかつかと歩み寄るとルビィの耳元で囁いた。
「あんたいつまで人間のふり続けんのよ、ずうずうしくない?」
「そのつもりはないけど、勝手にテオがそう思ってるんだからもうテオのせいでしょ? 今私は魔王ですって言ってテオが信じる?」
「……うぬぬ」
「なに内緒話してるの? 二人とも」
テオがきょとんと二人を見比べる。
「何でもな~い!」
「あんたが鈍感だって話し!」
二人が口裏を合わせて「ねー!」と顔を合わせながら小首を傾げた。その様子があまりに可愛くて平和で、テオは馬鹿にされていたにも関わらず思わず幸せだと口をついた。
「何だか俺、全部ノコの幻覚なんじゃないかってくらい幸せだよ」
「あ~ら、幻覚じゃないなんて保証ある?」
「ええっ?! 幸せ過ぎて自信なくなって来た!」
大切な人、戻って来た力、大事な仲間、明るい太陽。これ以上ないと思える状況にテオは一気に不安になる。
「ルビィに幻覚は通用しない! もしそうならルビィが起こすから大丈夫!」
「そうか、ありがとうルビィ」
「それも含めて幻覚かもねぇ~?」
やはりノコの幻覚にはかからなかったリーンが意地悪を重ねるが、もうテオには効かなかった。考えてみれば、一番叶えたい夢がまだ叶っていないのだからこれが幻覚である筈がないのだ。
「じゃ! 覚めるまでせいぜいここでの暮らしを楽しもうっと!」
こうして歴代最強勇者の魔王討伐は不発に終わったが、その代わり人と魔族の理想郷を作り上げたのだった。伝説の通り、赤髪の勇者が世界を救ったのである。魔王勇者の伝説は終わり、ここから新しい伝説が生まれるのだ。
ダウンタイム中の魔王城が百年後に目覚めた時さぞ驚くだろう。住人が魔族だけでなく、人と、人と魔族のハーフも仲良く暮らしているのだから。




