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妙な魔物、純粋霊と遭遇した俺は、知らぬ間に【魅了】の魔法を掛けられていた様だった。相手のマナがいくつか規則的な回転運動を繰り返しているのが魔法だな? 厄介だ。発動は確認出来なかった。
『マナの動きそのものが催眠効果を持っていると推測』
「おっと、あまり凝視するとまた術中に嵌るかもな」
【マナ操作】
しっかし、例の霊の嫌な感じのマナではないし、悪意も感じないんだけど、迂闊に捕食してもいけないなら、どうしたら良いのか……。ん? 純粋霊のマナの動きが変わった。攻撃に転じてくるのか?
『魔法【念話】と特定』
「あっ……、これは…………?」
概念。と、理解するしかない。伝えたい事があるのは分かる。
【魔法適性】
【無属性魔法】
【情報処理能力】
ふむ、祝福? 浄化? 森の中? 朽ちた建物?
言葉ではなくイメージの様な物の断片が次から次に頭に浮かぶ。なるほど、なるほど……。この霊体は尼さんか修道女の様な宗教施設に帰依していた人だったと……。その昔、この森にあった神仏を祀る施設が、汚れた? 穢れた? そこを見付けて綺麗にして欲しい的な? ふむふむ、そんなところか……。
「キュリヤ、その寺院跡の場所は分かる?」
『肯定、ここより最も近い森の外縁部に向かい約16km』
「うん、ありがたいんだけど、地図も無けりゃ、自分の現在地も分からないんだわ……」
ポゥッ……、キュリヤが方向を伝達してくる。
「オーケー、そっちに16km行った所ね」
『肯定』
やる義務は無いんだが、他に特にやるべき事も無いから興味が湧いた。うん、絶対とは約束しないけど、気が向いたら様子を見てみるよ。と、純粋霊に心で伝えてみる。ん? 一際マナが光って見えた後、スゥーっと消えて……は、いかない!?
キュッと縮まった様なマナの塊になって俺から離れて行った。……これって俺の予想だけど、人間とかの目で見たら姿が消えてしまった様に見えたやつじゃないか? マナそのもので視覚を補っている俺には丸見えだったけど……。
『肯定、外界に展開していた視認性の消失を確認』
「あ、やっぱ?」
なんか申し訳ない。
そうしている内に夜が明けてきた様だ。闇のマナと入れ替わり、光のマナが辺りに増えてくる。光のマナと闇のマナのコントラストから陽の光が射す方向が分かる。これは! この星の呼吸ではないか? じわじわと光と闇がその密度を変えていく。ぼんやりしながら佇んでいると、完全に太陽が昇った様だ。鬱蒼とした森の中ではそこまで日光が差し込んできている訳ではなさそうだが、それでもなんとなく世界に光が満ちているのは分かる。昼夜の入れ替わりにこんなにも感動したのは初めての事だった。
さて、子虎はどうしている? うん、おねむの時間だね。大きな木の根っこが隆起した部分と虎が掘ったであろう部分が隙間になっていてそこが巣になっているんだな。そこに横たわり自分の前脚に頭を乗せている。夕方になったらちょっかい掛けに行くか。
寺院跡へは道中の状況にもよるが、現在地からなら1時間あれば着くかな? まずは行ってみて様子見でもしてみるか。球状メタルボディによる高速移動。
出たよ……。猿どもの一個小隊、7匹1チームは相変わらずだ。眠っていた時はサクッと殺れたが連携してくる奴らは面倒なんだよな。ガッ、ガッ! 正確無比な投擲攻撃。こちらも相変わらずのコントロールですな。そして、それに合わせて1匹が飛び掛かってくる。ハイ、1匹いただきました。
「ゲルクレイモア!」
バラバラバラーッ!! 体の3割を肉片にして無惨に飛び散り絶命。残り6匹! まずは実験。視界を奪う闇魔法【暗闇】が多数に同時に掛けられるのかを試す。体内でマナを巡らしながら、6匹の位置を正確に捕捉して、発動! よし、全員……いや、リーダー以外には掛かった様だ。耐性か確率の問題か、そもそも無効かは分からないが、今は置いておく。魔法に掛けられた連中が慌てているのが分かる。そうしている間に直径30cm程の分体を2つ作り出して各々別個体に向かわせる。本体はリーダーの居る木へゆっくり接近。
分体その1が猿の1匹がいる木の幹を登っていく。枝の上で右腕で幹を抱く様にしながら、左手で必死に目を擦っている相手を捕捉。急に下を気にし出した猿が左脚で空中を踏み付けている。気付かれたか。流石、俺の悪臭。お構いなしに垂直移動し、ストンピングを続ける左脚を避けて右足首に触手を伸ばす。後は地面に叩きつけるだけ。足首を掴んだまま思いっきり触手を振り切る。離さないでいた足首側へ分体全体も移動。まだ死んでいない為、頭へ覆い被さりすぐさま溶解吸収開始。上半身、下半身へと進んでいく。
分体その2も接敵。
枝の上で幹を背もたれにして座り込み、両手で顔を掻きむしっている猿へ近付くと、やはり気付かれる。流石、おれの悪臭。しかし、視界が無いとこんなにも楽なのか、またもや呆気なく地面に叩きつけてやる。まるでリピートの様に頭から捕食していく。
本体はナクトマンリーダーと睨み合いに入っていた。
前と同じ岩の槍の魔法は注意していれば発動を確認してからでも回避可能だ。木の上のリーダーを見上げる形で徐々に距離を縮めていくと、予想通り魔法の準備に入った。すかさず奴の立つ枝の真下まで回転移動しながらキュリヤに問う。
「硬度最大だとあの岩の槍は防げるか?」
『肯定』
「よし!」
足元のマナが変化していくと、岩が一気に隆起。ほんの一瞬、体に槍先が刺さるかどうかの一瞬に体表のみを最高硬度まで固める。ポィ〜ン……。
「成功!」
岩の槍に跳ね上げられる格好で空中に投げ出された俺の目の前には、右手を下に向けてかざすナクトマンリーダー。触手を2本伸ばし、左右から頭を掴む。と、同時に体全体を引っ張って顔面を体内にいれる形で敵を拘束。即座に溶解開始。程なく絶命し、木の上から落下……させない様に枝を掴みぶら下がる。涙型の体内にすっぽり包まれた頭の無いナクトマンリーダーの死体を更に溶解吸収していく。
分体その1、その2がそれぞれ次の敵を地面に叩きつけて捕食していた。
残り1匹。本体が急行し、幹を登り木の上の敵へと接近。はい、暗闇継続中でも気付かれました。流石、俺の悪臭! 同じ戦法でとっとと仕留める。するりと伸ばした触手で足首を掴んだと同時に幹から飛んで、触手を勢いよく引っ張って地面へと叩きつけて、後は溶解吸収。猿1チーム討伐に約5分といったところだろうか? 昨日の今日で、成長したんじゃね? 引き続き寺院跡を目指し回転移動。
そうこうしている内に到着? 猿どもの後は一切邪魔も無く、快適に進む事が出来た。そして寺院跡はマナを帯びていない事が判明した。
「キュリヤ、建物にはマナは無いんだっけ?」
『否定、通常の建造物には多かれ少なかれマナは存在します』
うーん、マナが全く無い事で逆に俺には知覚出来ている感じ? 要するにマナの空白部分によって輪郭が浮き上がっている様だ。建物の周囲の動植物は今まで通りに分かる。草が生え放題の敷地内の中、建物に向かって石の通路の様な物が並んでいる。その石の隙間からも草は伸びているが、おそらくそこが正面側になるんだろう。建物はマナを遮蔽する訳ではなく、中に魔物が居る事も察知している。
『警告、敷地内へ侵入した場合、ゴーレムが起動すると推測』
「ゴーレム?」
『肯定、入口を守る様に配置されています』
「脅威度は?」
『不明、起動後でなくては正確な分析は不可』
「ふむ、あ、入口っぽい所に不自然な無機物のマナの集合体があるな……」
『肯定、それがゴーレムです』
建物に意識を向ける。大きさは10m×10m×10m位の立方体で2階建と思われる。そこかしこに魔物が彷徨いている。人型っぽいな。
「あいつらの事……分かる?」
『肯定、アンデッド系の魔物です』
「うん、分かっていて聞いたのは謝る」
浮遊霊と同じ様な嫌な感じのマナを感知しているから、そっち系だとは気付いていた。そして地下がある。細長い円筒形の部分が長く続いた後に広い空間に出る感じか……。
円筒形の部分は螺旋階段だろうか。その下の空間には、結構な数の魔物のマナを確認。入口のゴーレムにしても、地下の魔物の群れにしても、しっかり準備をしてから手を出した方が良いな。
「キュリヤ、今日はこのまま撤退する」
『肯定、賢明な判断です』