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夜の森を往く墓虎を捕捉した俺は、球体メタルボディによる回転移動で目下そちらへ急行中だ。
「キュリヤ、注意点は?」
『噛みつき、上肢による引っ掻き、踏み付け、素早い動き、が特筆すべき点かと』
「オーケー」
通常視界に入ったな。相手も臨戦態勢だ。体長4m前後か? デカい! このまま減速せずに接近し、回転アタック。ガチャン!
「くぅ〜……」
体当たり直撃寸前に横っ飛びと同時にカウンターで右前足で猫パンチを繰り出してきた。吹っ飛ばされた事から、パンチひとつで猿の飛び蹴りと同等の威力だと判断。更に爪が脅威だ。今まで一切傷など付かなかったメタルボディ状態の俺の体に二筋の爪痕が……。急制動で相手との間合いを測る。それでは、遅かった! 既に二の手を繰り出してきた相手は飛び掛かってきている。即座にゲルクレイモア発射! 空中の相手には有効だろうと思っていたら相手は不自然な動きで空中で別方向へ飛んでいた。左後脚の太もも部に多少の傷を負わせるにとどまった。
「今、空中を蹴ったのか?」
『肯定、空中で軌道を変える手段が存在』
ばら撒いた散弾が随時本体に戻ってくる。相手は一定の距離を保ちつつ俺を中心とした円周上を悠々と歩いている。散弾を五つだけ体に戻さず周囲に置いてある。この五つは他の弾と同じ大きさ、形をしているが込められているマナの量が多い。何かに使えるかもしれないと紛らせておいたが、更に【影渡】を使って五つを合流させて一つの小さな分体にする。
「ボルォォォーッ!!」
威嚇のつもりか吠えているが、生憎俺に鼓膜は無い。
「危ねぇ!」
一瞬で距離を縮め噛みつこうとしてきやがった?
そうか、耳のある相手がほんの一瞬でも怯んでいれば確殺コンボってか?
うーん、俺TUEEE展開にはならないのねぇ……。ま、弱くもない筈なんで、やるしかない! 虎の素早さにはギリギリ反応出来ている。不意打ちで核を攻撃されない限り負けは無い。それにしても、間合いが絶妙だなこの虎公。こちらの攻め手が届かない、或いは何か来ても対処出来るという距離なんだろうな。コロコロ……。絶妙な間合いはキープしたまま睨み合いになる。俺の狙いは影に潜ませた分体による攻撃。勘付かれているのかどうかは分からない。さり気なく誘導しているつもりだ。っと、相手が突進してきた。例の草刈機発想の回転触手攻撃を展開! フェイントにまんまと引っ掛かった俺。瞬時に飛び上がった相手が真上から両前足で踏み付けてきやがった。核に問題は無い。無いが、体の一部を地面に押し付けられている。分離、そして離脱! つ、強ぇじゃねぇか!? 敵がなっ! 苦し紛れに分離した部分を棘状に形状変化! ちょびっとだけ左前脚の肉球に傷を負わせた。うん、かすり傷だな。虎公は、その前脚をペロリと舐めて、また一定の距離を保ち歩き始める。決定打に欠ける……。後の先を取ろうにも理不尽な軌道変化が厄介なんだよなぁ。あ、【闇拡張】は戦闘に使えないか? マナの扱いが拡張されるんだから、闇の力で視界を奪ってやる……。
『闇属性魔法【暗闇】の発動を確認』
「ナイスアシスト、キュリヤ! 自分じゃ出来ているか分からなかった」
キョロキョロしながらしきりに匂いを嗅いでいるな? 視力は使えなくなったと思って良さそうだ。転がって相手の間合いの外側を牽制する様に掠めて移動。よし、猫パンチは空振ったな。攻撃が届かなそうな距離を見極めて移動。虎公は匂いを頼りにジリジリと距離を寄せてくる。ここが千載一遇! 影に潜ませた分体の真上を通る。と、同時に分体と本体を入れ替える。匂いだけでは気付かないだろう。そのまま分体は敵を引きつけ移動。そして相手は本体の真上に……。
「強かったぜ、虎公」
虎鋏よろしく広げたゲルボディで左右から胴体に掴み掛かり地面へと拘束、すぐに極細触手を後頭部から差し込み……、頭蓋骨固いな!
「うぅうぅうぅっ、動くな!」
暴れ出した相手は俺を胴体に巻き付ける格好で立ち上がる。もう、しょうがない! このまま溶かす!
虎公がドッタンバッタン暴れるがお構い無し。生きたまま胴体を溶かされるのは酷い絵面だが、お前が悪い。俺の体内で背骨が溶けた所で絶命。前後に泣き別れした残りの部分も残さず溶解吸収。
あ、来た!
存在値が上がった様だ。
今回も苦戦といえば苦戦だったな。
『お疲れ様でした』
「ありがと」
踏み付けられて分離したのと、陽動をしていた分体を本体に合流させる。
「夜行性の魔物って強いのかね?」
『肯定、夜行性の方が強い個体が多い傾向』
こっちから仕掛けておいて敗走なんて格好悪くて出来ないからな。とりあえず勝利だ!
墓虎を倒して暫く経った。辺りを徘徊していた俺の前に気まずいものが現れた。虎の子供だ。地面に不自然なマナが多数埋まっている場所を発見したのだが、どうやら先日の虎公の巣があった様だ。地面に埋まっているのは、奴が仕留めた獲物の成れの果てだろう。ひょんな事から名前の由来を知る事になった。子虎はこちらを警戒しているが特に襲って来る気配は感じない。子虎といっても俺と体格の差は殆どない。
「あー、キュリヤ? 判断を仰いでも?」
『質問意図が理解不能』
「この虎の子供の処遇だよ」
『溶解吸収する事を推奨』
「そうなるんだよねー」
『慈悲は不要と判断』
「いやぁ、魔物といえど流石に無抵抗の子供を殺めるのも可哀想というか、なんというか……」
『……そもそも墓虎の親もミチオから攻撃を仕掛けたのではないですか?』
「うっ、確かに……」
『庇護欲かと推測』
「あっ、テ、テイムとかそういう類いの……」
『肯定、存在しますが現在のミチオには不可能』
「だよなぁ……」
『どうしてもと言うのであれば小さな分体を作成し、脳に寄生させて擬似的に行う事は可能』
「………………」
・見なかった事にしてこの場を立ち去る。
・美味しくいただく。
・脳に分体を寄生させて操る。(どうなるか不明)
……の3択か。
『追加条項、力でねじ伏せて上下関係を繰り返し教え込み【調教】スキルの発動を待つ』
「おろ? そんな選択肢も?」
『肯定』
うーん、悩む。ペットを飼うのとは訳が違うからな。そもそも、ペットにするなら猫より犬派だし……って、そういう事じゃないな。キュリヤの言う様に庇護欲もあるだろう。俺の勝手で親を殺めてしまった罪悪感もあるだろう。
単に寂しさってのもあるのかもな。
「ちなみにキュリヤ、親の番は?」
『墓虎は通常、雌が子育てを行います。雄が一緒に居る可能性は極めて低いです』
よし、決めた! どうなるかは分からないけど、とりあえずテイム出来る可能性に賭ける。どうしようもなければ、その時また考える。自己満足上等! そうと決まれば、こいつに俺がどういう存在か分からせてやる。未だ警戒しつつこちらを睨んでいる子虎に近付く。
「ルルルゥー」
おぅ、一丁前に威嚇か? 突進からの噛みつき、は、見えている。ギリギリの距離でスウェー回避、反撃、ゲルビンタ! 顔面を左から叩かれた子虎が吹っ飛んでいく。華麗に着地して、なおもこちらを睨み付けてくる。球状メタルボディで回転移動、子虎の手前で飛び上がり上から覆い被さる。頭だけ外側へ出しておいて、地面へと押し付ける様に圧力を掛ける。
「クゥ、クゥー」
どんだけもがいても無駄だ。親ならともかく子虎の力では俺をどうにかする術はないな。こんな所かな。小馬鹿にする様に触手で鼻っ面をペシペシする。すでに子虎は無抵抗になっている。ゆっくり離れて様子を見る。地面に伏せて上目遣いで見つめてくる。今日は立ち去り、根気良くテイム出来るまで通う事にしよう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず?
墓穴を掘る虎の孤児を得る?