3
ゲル状ボディは実に興味深い。基本姿勢は高さ1.2m、幅1.5m程の大福型。ドス黒い半透明の体の中に直径30cm程の、丁度人間の頭部位の大きさの核がある。核はゲル状ボディの中を自由に移動する事が可能で、唯一の弱点でもある。
「キュリヤ、この体ってどの位の自由度があるんだろう?」
『ミチオの想像できる範囲内ならおそらく実現可能』
ほうほう、じゃあ丁度木の上にいる事だし、ムササビの術よろしく滑空なんてできるかな? ポインッと飛び跳ねてから平べったくなるってイメージだな。
「とりゃっ!」
ニューン、プルルン。飛び上がれない、だと!? 上方向に体が伸びただけで元の大福に戻ってしまった。はぁ、この体を自由自在に操る為にはまだまだ特訓が必要だな。とりあえず地面に戻って基本的な動きを覚えていこう。
ジャンプの練習だ。上方向に体を伸ばしてから、下の部分を上に寄せる。
ポインッ!
で、出来た様だが、20cmも飛んでいない……。体をゴムの様な弾性のある感じにしてみる。で、なるべく地面に押し付ける。お? 抵抗があるのがわかる。そこから一気に解放。
ポインッ!
【身体操作(ゲル属)】
さっきよりは高く飛べた。
着地と同時に更に下方向へ体を押し付けて反発を強めてみる。ポインッ! ポインッ! ポインッ! その場飛びから方向を変えて、連続ジャンプから木の幹を使って横方向へも弾んでみる。更に地面にバウンドして別の木へ。ポインッ! ポインッ! からの、触手で頭上の枝を掴み勢いをつけて上空へ自分を放り投げる。おぉ、地上10m位は飛び上がったぞ。最高到達点で体を平べったくさせ、下部を緩やかに凹ませる形で滑空へ移行。空気を掴む様に下部を細かく調整して……。任意の方向へ上手く進めている。お、小動物発見! ヤツの頭上まで音も無く飛んでいく。真上、5mで滑空状態を解く。自由落下から野ネズミを体内へご案内。すぐさま溶解液分泌。
「うわっ、気持ち悪っ!」
自分の体内でもがく野ネズミの感触が何とも言えない気持ち悪さだ。やがて、動きは弱々しくなり、次第に動かなくなり、骨も残さず消えていった。死んでいく生物のマナはどうなるのかな? 野ネズミの体から離れていくマナは俺のマナと同じ色に変化していった。最後まで残っていたマナは跡形もなく消えた本体と同時に今度は俺のマナへと吸収されていった。
【マナ感知】
ふむ、俺の糧となったって感じか?
『肯定、マナはそうして循環していきます』
「ふーん、でも、すんなり俺のマナに変わったのと、最後に俺のマナと融合したのがあったよね?」
『肯定、少々複雑な話になりますが説明しますか?』
「うん、お願い」
『ある種のものが保有するマナには"固定マナ"と称されるものが存在。それは、その種がどんな状況であろうと存在し続けます。要するに家畜等が保有しているマナが屠殺された時に霧散してしまうものと、食肉、ひいては調理された食事になっても残るものがあるのです』
「ほうほう、そこからマナを吸収できると?」
『肯定、なお、ミチオの体内で吸収された先程の野ネズミのマナは本来絶命と同時に空気中へ霧散していく分も最後まで残る固定マナも全て吸収されています』
「それはゲルボディで覆っていたからだね?」
『肯定』
「つまり、マナの吸収効率が良いって事だな?」
『肯定、ゲル属はマナを主な糧としている為、ロス無く吸収できる事はその生命活動の理にかなっていると言えます』
「なるほどねぇ」
その後も色々試してみる。触手を伸ばし、限りなく細くしてみる。直径2〜3mmまでいけた。更に先端を鋭利に、硬くしていく。これは良い武器になるんじゃないか?プスっと頭に突き刺して先端の体積を爆発的に増加させたりしたら……グロいな。でも攻撃方法としてはありか? 体外に溶解液が出せるなら脳みそを溶かしてしまうとか?
『忠告、既にミチオの行動は通常個体のゲル属の範疇を超えています』
「あぁ、もっと緩慢な動きなんだろうね」
『肯定、攻撃手段ももっと大雑把なものです』
「そこはほら、知恵を持った特殊個体ですから」
『同意』
それじゃあ、溶解液発射を試してみるか。幹の直径15cm程の小さな木を仮想ターゲットとする。うーん、イメージだな、まずは。溶解液をまとめて体外へ……、体全体を使って唾でも吐く様な感じか? ものは試しだ。……んぺっ!
シューッ……。
目の前の木が煙を上げながら、みるみる溶けていく。木だけではなく、溶解液がかかった周りの物全てが溶けている。草や石ころ、地面にしたってそうだ。急速にマナが消えていく部分がそれに該当するのだろう。
【身体操作(ゲル属)】
よし、溶解液を体外へ発射できる事はわかった。次は何を試してみようか?
移動は俄然、球体になって転がるのが速いな。コロコロ……。
「あ、また疑問が。マナ以外に俺の体に必要な栄養素みたいのはある? 例えば水とか塩とか?」
『肯定、水分は必須。それ以外は特に必要ありません』
「水分含有量の多そうな体しているもんね」
この辺に水場はあるのか? 少しずつ動ける様になってきたから、行動範囲を広げていこう。コロコロ……、コロコロ……。木々の間を縫う様に、下草を踏み付けながら闇雲に進んでみる。
2km位移動したかな? 景色の見え方も体との対比も分からないので正確な距離は分からないな。周囲は鬱蒼とした森で変化は特に見られない。しかし、上下はともかく前後左右という概念の無い視界には慣れないな。自分を中心に半径30mの物質をマナで捕捉している感覚は、言葉では説明できないな。しかも球状に広がっているので、地面の中も見ている事になる。任意の方向のみに絞ったら距離が伸ばせないかな? 進んで来た方向から延長線上にマナ感知を絞ってみる。
「で、出来るもんだな。ハハハッ!」
【マナ操作】
倍まではいかないから50m位か? ただ、相変わらず森が続いているのを確認しただけだが……。
「なんでもキュリヤに頼るのは嫌なんだけど、近くの水場を教えてもらえる?」
『肯定、今来た方向を逆に戻り、更に今進んだ距離の1.5倍程進めば川が流れています』
「逆かよ!」
よし、そうと決まれば善は急げ。体の硬度を目一杯上げて、大きな木の幹にだけは気を付けて全速力で駆け抜けてやる! コロコロ……、ギューン……。
川まで辿り着いた。川幅3m〜5m程だろうか、所々に岩が有り、その間を多少曲がりながら流れている。渓流といった趣きで釣りでもできそうな感じだ。水のマナはキラキラ光っている様に見えてとても綺麗だ。最初に川を見つけた時は正直焦ってしまったが……。なんせ、大量に動いているマナを見るのは初めてだったからな。大蛇か龍でも出たのかと思ってしまった。川伝いにゆっくりと下流側へ移動していく。流れが少し緩やかになっている場所があったので、思い切ってダイブしてみる。水に浮かぶ浮遊感がなんとも言えず心地良い。そして、水のマナを体内に取り込んでみる。喉が渇いていた時に飲む水分の潤される感じや、仕事終わりに呑むビールの爽快感とも違う。細胞一つ一つが活性化していく様な感覚だ。
「……確かにこの体には水分が必要なのが分かるよ」
緩やかな流れに揺蕩いながら下流へとゆっくり流されていく。
はぁ、色々と想像の範囲を超えた事になっているけど、どうしたもんなのかなぁ? 先端をパドル状にした触手を体の下部後方へ2本出して岸辺へと進む。岸へ上陸して物思いに耽る……間も無く。
『警告、北東方向200mより明確な敵対反応を感知』
「何っ? 魔物なの?」
『肯定、猿系の魔物と推測』
「猿って事は地上だけでなく木を使って上から来る可能性もあるか」
視界をキュリヤの言う方向へ集中させて索敵。
「俺の視界へ入るまでどの位の時間?」
『およそ30秒後』
手近な木の枝の上に登り、念の為幹をを盾にする角度で敵の接近を待つ。どんな魔物が来ているのやら……。