3 はためく国旗に、引き締まる思い
「エマちゃん、見えてきたよー。あれが城下町ね」
遠目からでも美しい街並みだった。
石造りの家々は北国の冬の寒さを感じさせないためなのか、木戸や窓枠は赤やオレンジといった暖色系で統一されているだけでなく。壁の一部や看板などは細かなタイル張りをされていて、眺めているだけでも楽しくなる。
「建物もですが、道もかなり整備されていますね」
細い路地は別として、大通りは馬車道と歩道が生け垣などでしっかりと分けられていた。これなら、人と馬との接触による怪我の被害は減るに違いない。
大げさでもなく本心として素晴らしいと褒めれば、陛下が得意げにアシュリー様を讃えだした。
「先代までは荒れていたのを、ここまで綺麗に整備してくれたのはアシュリーなんだよ」
「元が、わりとしっかりしてたからね。図面引いたわけじゃないし、ざっくり現場監督に説明しただけで、俺が作ったんじゃないってば」
「でも名産品を復活させて、教会をタイル張りにしたのは君じゃない。工房を用意して、職人も集い直してさ。それに豊富な温泉を利用しない手はないって、宿場も整えたでしょ?」
「観光客、呼びやすいかなーって。これからの時代、国取り合戦で勝利して自国を豊かにって感じじゃないもん。名産品をしっかり前面に出して、他国との流通の風通しを良くして、それが国を豊かにすんの」
やはり陛下の右腕なだけある。
この愛嬌たっぷりの笑顔や軽やかな性格で侮ってしまうと、痛い目を見るのは間違いなくこちらだ。
「エマちゃんも騎士として戦で前線に立つより、民のために働くって感じだよ。絵物語みたいな騎士の活躍を期待されると、だいぶがっかりしちゃうかもね」
「もとより承知です。騎士団とは国の繁栄のため、存在するものです。わたくしは、誰かの血を流したくて来たわけでもありません。血を流させないため来たのです」
「騎士として実に模範的な回答だよ、エマ」
馬に乗ったまま城下町に入れば、当然ながら民たちが陛下へお辞儀を始める。
と同時に、黄色い歓声もあちこちから上がりだした。
「陛下、ごきげんよう!」
「アシュリー様ぁ、本日も大変麗しく……!」
陛下は陛下らしく微笑み、女性たちへ向け軽く手を上げる挨拶を。
アシュリー様は手を振ったりウィンクをし、そのたびに黄色い歓声もワントーン高くなっていた。
(これも当然ですね)
ひとりでも輝いている男性が、今はふたり並んでいる。なおかつ国王陛下と騎士団長と、身分も非の打ち所がない。
いかにも女性が喜びそうな設定の人物が実在しているとなれば、むしろこの程度の騒ぎで収まっているのを驚くべきだろう。
にしても……。
「ぅん? なになに、ジッと見て。あ、もしかして人気あるなーとか思ってる?」
「むやみやたらと目立っているな、とは思いました」
「むやみやたらって……でもこれ、褒められてる? 俺がかっこいいって、遠回しに言ってもらえてる!?」
「アシュリー。今の君、すごい前向きだけどたぶん違う」
「なんでよ! だってエマちゃん、さっきからお前より俺を見てるじゃん!」
「それは確かにそのとおりですが」
「ほら!」
「え、なんで?」
「離れた祖国にも、陛下やアシュリー様の噂は届いております。見た目に関してもですが……アシュリー様だけ、肖像画が二通りありました。そのひとつは、目の前にいるアシュリー様。残るひとつは真逆の風貌で、別の方を肖像画として残していたのだな、と」
「どんなだった?」
「黒ひげ黒髪の、熊のような大男が剣を振り回す姿でした」
「あ、そっちか。別の側近だね、それ。見た目的には強そうだし、同一人物としちゃったんじゃない?」
「やはりそうでしたか」
「…………」
一瞬、陛下が複雑そうな表情を浮かべたのが気になるものの、質問するほどでもなく。さらに進み続けると、カッと先を歩く二頭の馬の脚が止まった。
「さあ、到着。ようこそ僕らの城へ。この門は、決して君を閉ざさないよ」
「エマちゃんが騎士団員である限り、だけどね」
大きな堀にかかる、橋の向こう。自国とは比べ物にならないほど立派な城が、そびえ立つ。
高所の要所要所で力強くはためくのは国旗。
あれもまた平和の象徴の一部だと感慨深く目をやりながら橋を渡ると、門番が一斉に剣を構え陛下とアシュリー様を出迎えた。
(始まるのですね)
不安がないと言ったら嘘にはなるが、それだっていつかは自信に変えてみせる。
はためく国旗を目で追いながら私はひとり、意思を強く持ち直していた――。