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14 どうしてこうなってしまうのか

 アシュリー様の秘密を知った、翌日。

 今夜もいらっしゃるだろうかと、昨日と同じ時間に水筒とタオルを持って、秘密基地へ向かう。


(……あれは?)


 昨晩、私が差し入れを置いた場所に袋が置かれていた。


(水筒もタオルも団員が自由に使える物。返す場所も決まっているのに、そこに戻したのでしょうか)


 いや、あれは水筒よりも小さい袋だ。近づくと、袋に手紙が貼り付けられていた。


『あげる。昨日は、水筒とタオルをありがとね』


 誰宛かは書かれていなくとも、文面で差し入れをした相手にだと判断はつく。

 今夜もこっそり壁の隙間から室内を覗くと、アシュリー様は真剣な表情で剣を振っていた。


 汗で輝く体は、息もできなくなるほど美しく。

 金の髪も、しっとりと額やうなじに張り付いているのも色っぽく。

 乾いた唇を舌で舐める、それすらも艶めかしい。


(今夜もお美しいアシュリー様……)


 また――いや、昨夜より心音が正しい音色を失った。

 これ以上は息が弾みそうで、そうなると気配を感じ取られかねない。

 迷いもしたが、手にある袋と置かれている袋を持ち替え自室に戻った。


「はぁ……っ」


 深呼吸して、ようやく呼吸が元に戻る。

 そうだと抱きしめていた袋の中身を確認すれば、焼き菓子だった。


「わざわざ買って来てくださったのでしょうか」


 申し訳ない気持ち半分、嬉しい気持ち半分で齧れば、ほんのりとした甘さが口に合う。


(お礼のお礼も兼ねて、明日も……)


 決めてしまえば行動はたやすい。

 毎晩差し入れを届ければ、そのお礼は翌日必ず置かれていた。内容も焼き菓子だけでなく、果物だったりキャンディの詰め合わせだったりと、毎日違う。

 そうなると、こちらがタオルと水筒だけというのはどうにも味気ないし、お返しのほうが豪華というのも問題ありだ。


(明日、わたしくは休日。何か良いものを探しに、市場いちばへ行きましょう)


 新たな行動を定め、さらに翌日。


「――あっ、エマちゃん!」

「…………」


 向かった市場でばったりアシュリー様に出会ってしまうとは、どういう運命なのか。


「おーい、エマちゃん? なんで固まっちゃってんの? 大丈夫?」

「失礼いたしました。この人混みの中、いきなり目の前に現れたので驚いてしまい……」

「俺との運命感じちゃってよ。ぅんでもって、エマちゃん休暇だよね? お買い物? 重かったり量があるなら、運ぶの手伝おうか」

「いえ、ひとりで問題ございません」


 お辞儀をして歩き出したのに、なんでかアシュリー様は並行してついてくる。


「お仕事中ではないのですか」

「俺の日報、読まなかった? 午前の見回りが終わって、そのまま昼休みだよー」


 ……そうだった。

 にしたって、まさか同じタイミングでここにいなくても。これでは秘密でなくなってしまう。


「俺、迷惑かな」

「そういうわけでは……」

「ぅんじゃさ、せっかくだしお茶でもご馳走させてよ。あ、デートとかじゃなくてね? ほんと、お礼として」

「調理場でのお礼という意味であるならば、こちらもオムレツをいただきました。それで充分です」

「じゃなくて、いつも白湯さゆとタオルをありがと」

「いえ、こちらこそ――」


 最後まで言わず、私より低い位置にある胸ぐらを両手で掴み上げる。


「おぶっ……!?」

「差し入れのぬしがわたくしだと、気づいていたのですか!?」

「う、うん、っ……」

「ならなぜ、今の今まで何も言わずにいたのです!」

「お、おう……それ、知りたいなら、首、首……! つか俺、体が完全に浮いちゃってます!!」

「……失礼いたしました」


 ストンッと下ろせば、アシュリー様は自分の首を撫で回しながら、耐えきれないと吹き出した。


「ほんと、エマちゃんって面白いなぁ」

「胸ぐらを掴んだ相手に対しての感情を、面白いで済ませられるアシュリー様の懐が広いだけかと」

「いい男でしょ?」

「悪い男と思ったことはありません」

「はいはい、ありがとねー。で、気づいてたのになんで何も言わないでいたのか、だっけ。最初の夜は、さすがに誰かまではね。ただ、人の気配が外にあるのは気づいてた」

「気配は、かなり消していたのですが……」

「落ち込まないでよ? 上手に消してたし、俺じゃなければ気づいてなかったよ。殺気もまったくなくて、俺の邪魔をしないために気配を殺してるんだろうって判断も出来たわけ」


 そしたらドアがコツンと鳴ったと、彼は続け。


「出たら、あれがあったでしょ? こういう気の回し方は、女性ならではな気がしたのよ。てなると、あの場所知ってる女の子は君だけだし。あとはまぁ、君だったらいいなーっていう願望です」

「なのに、どうして今日までわたくしを泳がしたのですか」

「君であろうとなかろうと、差し入れを続けるわりに何も言ってこないし、毎晩気配を消して近づいて来るしさ。知られたくない理由があるのかなーって。もうしばらく様子見るつもりだったけど、こうして出会えたからかまかけてみたんだよ。……なんで?」


 なんで?

 考えるまでもなく出た結論。


「秘密なのです」

「俺があそこにいるのが?」

「それもですが……わたくしにとっても、誰にも言いたくない秘密になったからです」

「ぅん?」

「教えたくなかったのです、誰にも。アシュリー様ご本人にも。アシュリー様が密かになされていることを、わたくしだけが知っている秘密にしたかったのだと……。とても、美しい光景でしたので」

「美しいって……剣、振ってただけよ?」

「その姿が美しかったのです。いけないと理解していても、毎回こっそりと盗み見てしまうほど、アシュリー様の裸体は芸術品のようでした」

「これぐらいの体は、騎士団員ならわりと普通で……」

「存じ上げております。それでもわたくしには、アシュリー様が誰よりも美しいと……。わたくしだと気づいても、知らないふりをしていただきたかったです。そうすれば、これからも――」


 突然、両手で顔を覆うアシュリー様に、それまでの告白を止めた。

 これはもしや……。


「また、唐突に照れられましたか」

「だってエマちゃんがー……」

「申し訳ございません」

「謝らなくてもいいよ。……嬉しいんだし」


 市場の外れ。日当たりの良い場所に置かれている、木の長椅子に腰を下ろすアシュリー様の隣に私も習う。


「あれから足の具合は?」

「もう問題ありません。その節は、ありがとうございました。それと、こちらからの差し入れにお礼まで……」

「ううん、いいんだ。君が怪我した時、お見舞い持って行ったのに渡せなくてさ。その分も合わせてって感じだし」

「そうだったのですか?」

「盛大に怒って、謝罪のためとはいえ顔を合わせづらかったのよ。実は今日も休憩が始まってすぐ、エマちゃんが好きそうなのあるかなーって探してたら、ばったり会っちゃったってわけ」


 で、あるならば。


「アシュリー様も、果物は好きであったかと。とくに好きという種類はございますか」

「果汁の多い、柑橘系とか好きよ」


 少々お待ち下さいと近くの露店へ行き、柑橘系の果物をいくつか買う。


「どうぞ。わたくしも、差し入れを増やせればと買いに来たのです」

「これ受け取ったら今夜は来てくれない?」

「いえ、水筒とタオルはお届けしたいので」

「そっか。……あ、じゃあさ。今夜は声かけてくれていいよ」

「邪魔をしたくはないのですが……」

「君が邪魔なわけないでしょ」

「……はい」


 正直、あの怪しいほど美しい光景の中に自分を入れたくはないが、邪魔ではないの言葉に喜びが間違いなくこみ上げた。


「俺はそろそろ行くよ。エマちゃんは、残りの時間を楽しんで。また夜にね!」


 手を振って、走り出し。少し先で立ち止まると、今度は両手を高く挙げて振る姿が愛らしい。

 いつもなら一礼のみの挨拶をする私も、つられて手を振る。といっても、胸元で小さく指をパラパラと前後させる程度の挨拶だ。

 それでもアシュリー様は、いっそう笑顔で手を振り。


「絶対来てね!」


 と言い残し、子供のような軽やかな足取りで去った。


「…………」


 彼の気配が途切れると、寂しさを覚え。上げていたままの手を、ぎこちなく下ろす。

 やはり、ここのところの私はおかしい。


(自分で自分が謎すぎます)


 心と真正面に向き合っているのに、肝心の部分が黒く塗りつぶされていて、どうしてもそこだけが見えない。このままではいつか仕事にも支障をきたすのではと、心配にもなる。


(いつか……いえ、今夜聞いてみましょうか)


 アシュリー様に、私の今のこの状況を。さすがにもう、聞きづらいとも言っていられない。


(解決策を一緒に考えてもらうのは、決して間違いでは――)

「あのっ、騎士様!」


 声のほうへ首を回すと、可愛らしい女性が緊張の面持ちで駆け寄って来た。


「お休みのところ申し訳ございません。アシュリー様がこちらにいると聞いて、来たのですが……」

「ちょうど今、城へ戻られました」

「……そうですか」


 声を湿らせた女性は、ただならぬ雰囲気。

 さすがに無視は出来ないし、困っている相手を助けるのが騎士の努めだ。


「何かお困りでしたら、なんなりとお申し出ください。わたくしたち騎士団は、いくらでも努めさせていただきます」

「……ありがとうございます。では、あの……これを!」


 差し出された封筒を受け取り裏と表と見ても、差出人も宛名も書かれていなかった。


「嘆願書でしょうか。自衛団の詰め所や市場の入口、城の正門前にも投函箱はございますが、直接届けたいほど何か問題でも?」

「……それは、アシュリー様へのラブレターなのです。さすがに投函箱には入れられません」

「…………」

「あの方は町の女性はもちろん、貴族の女性であろうと遊びでもお付き合いをされないと、重々承知しております」


 ああ、そうだった。

 アシュリー様は、一般の女性に手は出さないと宣言していた。


(それに強い女性が……わたくしが好きだと……)


 ならこの方ともこの先、何もなく終わる。


(良か――)


 ……良かった? 良かったとは?


「ですが最近、好きな方が出来たようで……」


 ただでさえ乱れていた心中しんちゅうに追い打ちをかける、突然の告白。心臓を掻きむしられるような、痛いほどの焦燥を感じた。


「先日、可愛らしいオルゴールを嬉しそうに買われたと。好きな人が出来、贈ったに違いないと噂になっております」


 オルゴールなど、私は贈られていない。

 だが目の前の女性は、好きな人に贈ったと言う。それが本当なら、そのオルゴールはいったい誰の元へ?


「その方と上手くいってほしい気持ちと同じぐらい、このまま何もせず私も終わらせたくないと……。一方通行に区切りをつけたくて、これに気持ちをしたためました」

「そう……でしたか」

「騎士団員に女性もいらっしゃいますが、なかなか話しかけられるタイミングもなくて。男性の団員様にはお渡しづらく……。そんな時、おひとりで貴女様がいらっしゃったので……どうか、渡していただけないでしょうか」

「……必ず」

「ありがとうございます……! この手紙がアシュリー様の元に届く。それだけで、私はもう充分です!」


 軽く飛び上がり喜ぶ、可愛らしい仕草。

 嬉しさを隠しきれない態度など、私には絶対に真似できない。


「それでは、突然失礼しました」


 話は終わっても、私だけがその場を動けなかった。

 手にある手紙と、オルゴールの行き先が誰なのか。そのふたつが、私の足と心臓までも縛り付けていた――。


 **********


 親愛なるお父様、お母様へ


 お父様、お母様、申し訳ございません。

 貴方がたの娘は、あまりにも愚かに育っておりました。人様から預かった手紙を、今すぐ破り捨ててしまいたいほどの衝動にかられているのです。

 そんな非道を行えば、私は騎士として失格の烙印を押されます。なんとか堪えてはおりますが、気を抜いたら本当にそうしてしまいそうな自分が怖くてたまりません。


 今夜、この後、アシュリー様と会う約束を交わしているのですが、それすらも嫌になっております。本来であればとてもお会いしたい方なのに、この手紙を渡さなくてはいけないのが、どうしても辛いのです。


 ここのところ明るくない内容が続いているせいで、お母様にもだいぶ心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。

 いっそのこと、全てが解決するまでは手紙を書かないほうが良いのかも知れません。もし手紙が届かない日が続いたとしても、心配なさらないでください。

 ただ、祈っていてください。貴方がたの娘は大丈夫であると、それだけを――。


 エマ = ウィルバーフォースより

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