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9 些細な怪我でも

「おーい、エマー。午後の城下町の見回り、お前になってたぞ」

「……え?」


 いかにも冬の、どんよりた空模様の昼休み。

 食堂で昼食を終え食器を片付けている最中かけられた言葉に、眉間を狭めてしまう。


「わたくしは城内担当であったかと……」

「急遽、入れ替えがあったらしい。団長も忙しい方なのに、引き受けてくれたみたいだな」

「アシュリー様と組むのですか?」

「ああ。伝言板、担当が大急ぎで書き直して回ってるぞ。お前を見かけたら伝えてくれとも言われたよ」

「教えてくださり、ありがとうございます。わたくしも確認してまいります」


 なぜいきなり変更が入ったのか。なぜ、相手がアシュリー様なのか。

 謎ではあるが、元々担当だった団員の体調不良が原因などではないようにと祈りつつ、一番近い掲示板に向かえば。


「元に戻して、早くっ」

「で、ですが……」


 書き換えを担当している団員へ、アシュリー様がせっついていた。


「いいんだってば!」

「国王陛下のご命令なのにですか?」


 ……陛下直々の変更?


「知ってる! でもこれ間違い! だから早く消して! 彼女に気づかれる前に――」

「アシュリー様」

「遅かったー……!!」


 背後からの呼びかけなのに私だと分かったのか、アシュリー様が頭を抱え込んでいた。


「変更が入っていると聞いて確認しに来たのですが……命令したのは陛下なのですか? それをなぜ、アシュリー様はまた元に戻すよう命令を?」

「うっ……いや、その……」


 気まずそうにしている担当者へアシュリー様は行くように目配せし、近くに誰もいないのを確認した上で、こっそりと伝えて来る。


「アレクが、これは命令じゃなくて余計なお世話だとか言い出しまして」

「……?」

「俺が、少しでもエマちゃんと一緒に行動出来るようにっていう……」

「ああ……」


 以前言っていた「余計なお世話」が今、発動しているわけか。


「ほんとーに、ごめんなさい! さすがのエマちゃんも、これには怒るよねっ。俺もここに来る前、アホかー! って叫びながら、あいつの頭、書類で引っ叩いて来ました……!」

「お気持ちは分かりますが、あれで一応、国王陛下です。頭ではなく、腕ぐらいになさってはいかがでしょうか」

「エマちゃん、アレクにもわりと塩対応になってきたね」

「失礼いたしました」

「ううん、失礼なのはアレクでしょ。あいつ、国王陛下としては完璧なのになぁ……。一般常識だって正しく持ってるのに、突然、不思議ちゃんになるから困る……」


 これでもかというほど落胆している姿に、本当に謎な人だといっそ感心する。

 手合わせではあれほど殺気を放ったのに、今はまるっきり隙きだらけ。

 これで同一人物だというのだから、私にしてみたらアシュリー様のほうがよっぽど不思議なのだが。


「あっと、ごめん。余談が過ぎたかも。エマちゃんは当初の予定通りに――」

「いえ、変更でかまいません」


 半分消されかけていた自分の名前を、書き直す。


「いいの?」

「何度も変更が入るのは、他の団員を混乱させてしまいます。アシュリー様さえご迷惑でなければ、ぜひ」

「ご迷惑じゃないです!」


 城下町まで騎士団員は、基本、馬で移動する。

 今日もそうで、町の入口にある馬留に馬をつなぎ、歩き出す城下町は活気があって賑やかだった。


「城下町の見回り、これで何度目? 道とか覚えた?」

「十度目です。地図は渡されているので町並みや細かい路地も覚えましたが、歩いていない地域や路地裏もまだあります」

「なら市場いちばを見回った後、行ってない路地も回ろっか」


 諸々の確認を話し合っていると、数人の男性が軽く会釈して通り過ぎる。その全員が、腕章を付けていた。


「自衛団のみなさんですね。そのような団体が街中に存在すると聞いた時は、驚きました」

「騎士団が出来たばっかの頃は、団員だけで見回りしてたんだよ。それなりの人数出して、バラバラに歩かせてたのね。そしたら、賄賂とか貰ってんのが発覚してねー」

「団員が賄賂を?」

「商人たちが護衛してくれって、接待されたりもしてたのよ。ま、見つかった瞬間、アレクがものすごい怒ってさ。正しく手続きすればいいものを、裏でこっそりとか大嫌いだからね。そりゃもう、俺がドン引くぐらい怒ってた。もういっちょ革命でも起こしてやろうか! みたいな勢いでしたよ」

「程度はさておき、怒られるのは当然かと」

「そーね。ま、何かあったらすぐに駆けつけてくれる護衛がほしいっていう、商人たちの気持ちも理解出来たしさ。団員も賄賂目当てっていうより、民を守るためって感じで……。だから騎士団に入団出来るほどではないけど腕に覚えのある者は雇って、街中に自衛団として住まわせてる。国境の向こうまでの警護もだし、町中の小競り合いとか揉め事を解決してくれたり、泥棒や犯罪者が出たらすぐ駆けつけたりと評判いい仕組みだよ」


 納得しつつ市場に踏み込んだ途端、近くの屋台から元気な声が届いた。


「団長さん! 見回りご苦労さま!」

「おばさん、今日も元気だねー」

「それだけが取り柄なもんでね!」

「いい取り柄だよ。で、どう? 何か困ったりしてない? 作物とかも順調?」

「そうだねぇ……雨が少ないのは気になるところだけど、うちの畑は平気かしら。ねえ、あんたんとこもでしょ?」


 隣の屋台の男性が作業の手を止め、顔を上げる。


「うちも今んとこ充分穫れてるが……向こうの国境側の山、ふもと付近に畑を持ってる奴らが何人かいてなぁ。夜に畑を荒らされたとかで、困ってたぜ」

「泥棒でしょうか」

「いや、それがどうも熊らしくてな」

「熊なのっ? ほんとに!?」

「足跡が残ってたんで、間違いねぇそうで。いきなり突進してくるんじゃないかって、おっかなくて畑仕事もおちおち出来ねぇってよ」

「あ、それあたしも聞いたわよ。ふもとに熊が出るなんて、今までなかったのにってさ」


 私とアシュリー様の視線が重なった。


「以前の大イノシシで最後だとはわたくしも楽観視していませんでしたが、そろそろ冬眠の時期です。さすがに、あれ以上の大型獣は出ないと踏んでいたのですが……」

「この時期でも、まったく出ないわけじゃない。ただこれまでも目撃情報は川向こう……もっと国境付近だったよ。君と出会う直前、その目撃情報がこっちに近づいてる報告を受けてたから、監視小屋を建てる対策もアレクとしてたんだ」


 それが完成間近なのは私も知っているし、山中の見回りにも何度か参加しているが、それなりの人数で移動。鈴も鳴らしながらのおかげか、一度も大型獣には遭遇せず今日まで来ていた。


「隣国の天候不良が理由で、猛獣がこっちへ移動する可能性をまったく考えてなかったわけじゃない。ただご存知の通り、途中に結構な幅の川があるからね。まさか団体で、しかもふもとまで移動するとは予想してなかったのよ」

「川の全てに見張りを立てるわけにもいかないのです。こればかりはどうしようもないのでは。ですが作物が気になるとしても、安易に畑を見回らないようにすべきかと」

「そうだね。これまでは注意喚起だったのを、今日から禁止事項としよう。おばさんたちも、みんなに伝えてくれる? 野菜が採れずに困るっていうなら、城でどうにかするともさ」

「はいはい、もちろん」


 市場を出てすぐの路地に入ると、アシュリー様が「どうしたもんかなー」と腕を組む。


「雪が本格的に降り出す前に、山狩りを行いますか」

「それが一番かなぁ……。狩った獣の毛皮とかは、畑の被害にあった人たちへ配って、生活の足しにしてもらおう。肉は狩った者への褒美にして、あとは――」

「――きゃあああ!」


 アシュリー様より、私のほうが一歩とはいえ駆け出すのは早かった。

 先にある十字路に出れば、右手から男がふたり走って来る。ひとりの腕には鞄があり、奥では女性が転んだ状態で「そいつを捕まえて!」とばかりに指差していた。


「ひったくりです、アシュリー様! 抜刀ばっとうの許可は!」

「骨の一本や二本は許可するけど、せいぜい気絶止まり!」

「承知いたしました!」


 ザッ! と滑るように足を開きながら、剣を抜く。

 ひったくりの男たちも当然こちらに気づき、剣を手にして迫っていた。


「止まりなさい!」

「誰が止まるかよ!」


 命令に反した鞄を持つ男が、手前の角を曲がってしまう。そちらへ向かおうとしたが、させまいと、残るひとりが攻撃を仕掛けてきた。


「どけ!」

「っく……!」


 逆手に構えた剣で、一撃目を受け止める。


「足元行くよ!」


 背後からの声に、咄嗟に足を肩幅以上に開く。


「そーれっ、と!」


 足の間から、アシュリー様が滑り出た。その勢いのまま男の足を払い、倒れた体へ膝を落とす。


「ぐはっ……!!」

「追いかけるよ!」

「はい!」


 腹を抱えて動けなくなっている男を飛び越え、今度は私がアシュリー様を追いかける。

 時間のロスはほとんどなく、男の逃げた路地は他に脇道もない。おかげで先とはいえ、男の背中を捉えられた。


(けれど速い……!)


 路地は狭く、物も多く積まれている。全速力で走りにくい場所なのに慣れているのか、男はスイスイと走り抜けていた。


「君はそのまま追いかけて!」

「アシュリー様!?」


 なんという跳躍力。積まれていた木箱を一気に駆け上がり、へいから民家の屋根へ。一瞬にして彼の姿は屋根の向こうへ消えたが、何をするかの予想はついた。

 私も速度を落とさず、緩やかなカーブを曲がれば――。


「はーい、挟み撃ち成功」

「まず、女性の鞄をこちらへ投げてください」


 予想通り、先回りしたアシュリー様が男の行く手を塞いでいた。

 私も男の背後から、ジリジリと距離を詰める。


「くそっ! 捕まってたまるか……!」

「あーもう、往生際の悪い! 君に任せるよ!」

「承知!」


 女相手のほうが勝率はあるとでも判断したのか、男は私へ向かって来る。

 だが剣は抜いて、私も構えている。何よりアシュリー様と共にある状況は、とんでもない安心感だった。


「貴方は観念すべきかと!」

「誰が……!」


 ここで止めてみせる。

 私からも男へ向けて走り出せば、バンッ! と目の前で裏口のドアが開き、小さな黒い陰が飛び出した。


「どけ、ガキ!!」

(いけない……!)


 予想外過ぎる。

 しかもこのままでは、少年は間違いなく男に突き飛ばされてしまう。


(いえ、突き飛ばされるだけで済むはずが……!)


 目の前の、守るべき相手を守れないで何が騎士だろう。

 咄嗟の判断で、私は男ではなく少年へと飛びかかった。

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