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1 エマ = ウィルバーフォースは、女騎士になるべく祖国を旅立つ

「お父様、お母様、これまでありがとうございました」

「……エマ、本当に行くのか」


 秋晴れの、風もなくもやもない、旅立ちにふさわしい早朝。

 実家である屋敷の門前で別れの挨拶を始めると、両親は表情を曇らせたまま口を揃えて引き止めだした。


「なにも、誕生日に出発しなくとも。18歳という成人の節目、祝いの席にもつかないというのは、家族としては寂しいものだぞ」

「お父様の言う通りよ。言葉だけでない、見えるお祝いもしてあげたかったというのに……」

「申し訳ございません。ですが18歳になった今こそ、わたくしは旅立ちたいのです」


 こちらの意志の強さを目の当たりにしても、親心もあってか、今度は心変わりを願う言葉を紡ぎ出す。


「ねえ、エマ。確かに、貴女への縁談はひとつも届かなくなったわ。護衛が欲しいわけではないのだから、武術や剣術にけている妻はいらないという理由がほとんどではあったけれど、貴女はとても美しい娘なのよ?」

「まったくだ。母譲りの豊かな黒髪に、星をも映す黒い瞳。白い肌も美しく、男のような格好をせず髪も頭上で無造作に束ねず、ドレスを着ればきっと社交界でも注目の――」

「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、やはりわたくしは結婚に向いている女ではありません。女性としてのたしなみである、刺繍、編み物、料理等は、壊滅的だと自覚しております。それは、教えてくださったお母様が一番ご存知かと」

「え、ええ、まあ……」

「さらに言い足すならば、華奢でもない体に似合うドレスがこの世にございますか? よしんばあったとして、ご覧の通りの大女。見下される殿方は、たいがい萎縮されておりました」

「う、うむ。それも知ってはいるが……」


 さすがにフォロー出来ずふたりとも言葉に詰まっていたが、引き止めたい気持ちは変わらないようだ。


「お嫁に行かないなら行かないで、このままここで暮らしたら? うちには息子がいないんだもの。貴女の姉も嫁いでいて……寂しくなるわ」

「まったくだ。剣の稽古なら家でも出来るではないか。なにも、異国で騎士になるなどと……」


 これこそ、私が祖国を立つ理由だった。


「この国に騎士団はあっても、女性の入団を認めておりません。隣国も同様です。ですが、グーベルク国は成人していれば性別問わず門戸を開いているのです。お父様やお母様が心配するような職業でもなく――」

「誤解しないで? 騎士という職業が悪いとは、私たちも言いません。国や民を守ってくださる、素晴らしい職業です。そう頭で理解していても、我が子が危険な目に合う可能性が高くなると思うと……」

「子の幸せを願い、子の夢を応援するのが親の務めという信念の元、わたしたちはやって来たが……。自分の娘が騎士になりたいなどと言い出すとは、さすがに予想もしていなかったのだぞ? そこまで願うのならばと一度は許したが、いざ旅立つとなると……どうしてもな」


 両親が不安げに互いの手を取り合い、私を見る。

 悲しませているな、と思う。親不孝者だ、とも。

 それでも私の決意は揺るがなかった。


「お父様、お母様、申し訳ございません。わたくしには、剣術や武術しか能がないのです。そのわたくしでも騎士になれるのだと知った今、行かなくてはきっと後悔します。騎士となった暁には……いえ、なるまでの間も、ウィルバーフォースの名に恥じない働きをお約束いたします。ですからどうか、笑顔で見送ってはいただけないでしょうか」


 背筋を伸ばし、「お願いします」と一礼。

 先に納得の頷きを返してくれたのは、父だった。


「変わらないな、お前は。小さい頃から強い信念を持ち、物怖じもしない。剣を握らせれば同い年どころか、年上の剣すら弾き飛ばした。頭も良く、お前が男であればさぞかし立派な跡継ぎになれただろうにと、何度思ったことか……」

「あなた……」

「ああ、いや、すまない。お前を責めているわけでも、エマを責めているわけでもないのだ。わたしも剣術に励む幼いエマを見ているうちに、女も自分で身を守れる時代も来ると判断し、剣だけでなく武術も習わせたしな」


 苦笑した父が、すぐに真顔となる。


「我が娘、エマ = ウィルバーフォースよ。次に祖国の地を踏む時は、騎士である証を身に着けて戻るように。でなければ家の門どころか、祖国をすぐに追い出されると覚悟しなさい」

「承知いたしました」

「では、これを授けよう」

「……なんでしょうか」


 封蝋のされている封書を受け取りながら、父に尋ねる。


「お前の身元を、わたしが保証するといった文章だ。これでも商家として、他国で名は通っているのでな。階級が高い者ほど、ウィルバーフォースの名を知っているはず。騎士団長に渡し、身元のしっかりしている者だと伝えられればあちらも安心するのではないか? ただし、見せるのは入団が決まってからにしなさい。でないと、お前が悲しい思いをするはず」

「お父様……ありがとうございます」


 封書をそっと胸に抱くと同時に、カーン、カーンと、遠くで鐘の音が響き出す。

 朝を知らせる合図に待たせていた馬に跨ると、すぐに母が私の足に触れてくる。


「エマ、忘れず手紙を送ってちょうだいね。食事もちゃんと取るのよ?」

「はい」

「貴女は、真面目過ぎる嫌いがあるわ。上司や同僚の方と、ちゃんと折り合いをつけられるようになさい」

「はい」

「こちらと違って、あちらは北国。豪雪地ではないと聞いてはいますが、冬はこちらより厳しいはずです。慣れない環境で過ごすのですから……っ、病気や怪我には注意して……元気でいてちょうだい。……それさえ守ってくれれば、私は……」

「はい、お母様。お父様もお元気で。行って参ります!」


 母の涙を見ないよう、手綱を操り馬を一気に走らせる。

 一瞬背後を振り返れば、両親は門の前でいつまでも手を振ってくれていた。


 他国にもその名を知らしめる商家、ウィルバーフォース家の次女として私は生まれ。

 自由に育ててくれただけでなく、娘らしからぬ願いを許してくれた両親には、感謝の言葉しかなかった。


(寂しくないと言ったら嘘になりますが……)


 この国特有の花の色が、ひとつ目の国境を越える頃には数を減らす。それは確実に、祖国から離れている証拠だ。どうしたって切なく、感慨深いものもあった。


 私が目指すグーベルク国までは、いくつかの国境を越えなくてはならない。問題なく進めても、早くて二週間。長く見積もって、三週間という日数がかかる。

 平坦な道ばかりではないし、山中や森も抜けることを考えると、朝晩冷え込み始める前にたどり着きたかった。

 もちろん到着しておしまいでもなく、むしろそこからが始まりだ。


(騎士団員になるための試験は、希望者にはいつでも行ってくれるそうですが……)


 近年までのグーベルク国は、かなり秩序の乱れた国だったと父は言っていた。

 各国と商売をし、何百人も束ねる父にとって他国の情報は確実で正確でなければいけない。その父が言うのだから間違いはないし、実際、大国の噂というのは地続きであれば届きやすい。


(前国王に権力はなく、貴族や大臣たちが我が物顔で国を操っていたと。国民は高い税金や農地の没収があり、苦しんでいたとも)


 けれど数年前、グーベルク国で突如、革命が起きた。王位継承権末尾であった家柄の、18歳の息子が反旗を翻したのだ。

 彼は幼い頃から国を変えたいという野望を持ち、仲間を集い、時が来たと一気に国を制圧したという。そうして驚くほどの速さで、平和な国へと変貌させた。


 それもこれも、幼い頃から国をどう立て直すかを念入りに検討していた革命児である現国王、アレクセイ = チューヒン様の手腕であり、その手助けをしている騎士団長、アシュリー = オルブライトという青年のおかげであるとも教わった。


(その一員になりたいと願い。叶うかもしれない時が、ようやくわたくしにも……)


 小さい頃から、私は体が大きかった。18歳になった今、身長は180センチ近い。だからということもなく、もともと女性が好む趣味、手習いをまったく好きにはなれなかった。

 転機が訪れたのは幼い頃、父の雇う護衛たちが面白半分で持たせてくれたおもちゃの剣。これも、剣の稽古を興味津々で見ていたから贈られた物だった。


 案の定というべきか。おもちゃだろうと剣を振るのは性に合うと気づいたのが、今の私になるきっかけだ。

 そんな私にも、年頃になれば家柄もあって縁談の話は届きだしたが、結果は火を見るより明らか。


(大女で無愛想。直接会えても弾む会話を提供出来ず、口を開けば剣術のことばかり。そもそも結婚に興味がなければ、努めようという気も起きないわけで……)


 両親も見守る側になってくれたのをこれ幸いと、さらに剣の腕に磨きをかけている時に知った、グーベルク騎士団の情報。

 騎士団があるのはもちろん知っていたが、女性にも入団資格があると知ったのはつい最近だった。


 『試験をクリアした者であれば、性別関係なく我が国は受け入れる』と宣言するの国ならば、この腕も役に立つのでは。ひいては、祖国のお役に立てる日も来るのでは。その考えはすぐに私の脳内を占領し、両親に懇願し、今日という日が訪れたのだ。


(一度の試験で受かればいいのですが、さすがにそれは甘い考えでしょう)


 いくら腕に自信があっても、グーベルク騎士団員のレベルはかなりのもの。剣の腕前だけでなく面接もあり、人柄はかなり重要とも聞いた。


(騎士団長直々の試験だとも聞きましたが、いったいどういった方なのか)


 肖像画も出回っているが、いかんせん情報が錯綜さくそうしていて、統一性がなさすぎるのだ。


(国王陛下は間違いようもないせいか、どの画も同じ顔なのですが……)


 陛下であるアレクセイ様は25歳と良い年頃であり、美しく長い銀の髪。天秤座ヴァーゲの瞳と呼ばれる緑の瞳の、そうとうな美男子であった。


 けれど騎士団長のアシュリー様に関しては、革命の際。陛下を守り、最前線で誰よりも戦い続けたという逸話があるからか、黒ひげ黒髪の、熊かと見紛う大男が剣を振り回す肖像画もあれば。金髪碧眼の華奢な美少年が、天使を引き連れ敵へ裁きを下す画もあった。剣の腕前と28歳という年齢以外は、意見が両極端に割れているのだ。


 たぶんではあるが、旅の絵師などが陛下の近くにいる者をアシュリー様であると勘違いした可能性が高く、それに尾ひれがついてどれが正解か分からなくなっているようだった。


(ですが、外見など関係ありません。わたくしは彼に騎士道精神の教えを受け、鍛えていただきたいのです)


 国王陛下の一番の理解者であり、騎士団も束ね、なおかつ国の運営も陛下と共に担っている。陛下同様国民に慕われ、今の騎士団を作り上げた人物ともなれば、会ったことがなくとも充分尊敬に値する。


(名前を覚えていただくためにも、グーベルク国に入らなくては話になりませんね)


 決意も新たに馬旅を続け、ほぼ野宿ではあったが自国を旅立って二週間後。グーベルク国の国境を無事に越え、城下町へ近道をすべく山道を進んでいると、一本の大きな川にたどり着いた。

 馬であれば渡れる浅瀬を見つけ、その近くの木陰に荷を下ろす。


「あなたも、長旅ありがとうございます」


 馬の首を撫でてあげ、まずは焚き火の準備に取り掛かる。

 日当たりは暖かくとも、季節的に川の水は冷たくなり始めている。それでも旅立ってからちゃんと体を洗っていないし、城下町にたどり着いてすぐに城へと向かう予定だ。ここで一度、髪や体を綺麗にしておくべきだろう。

 下着だけの姿になり、万が一を考え剣を背中に担ぎ、頭からザバザバと水を浴び続けた。


 そのせいなのか、たんに私の修行が足りないからなのか。私はまだ気づけていなかった。

 茂みの奥に潜む、いくつかの息遣いを――。

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