第八話 魔法訓練? いいえ、化学の復習です
翌朝。
朝食を食べ終えた優之介と斬波は基礎戦闘訓練と基礎魔法訓練を受けるべく、練兵場に案内されていた。練兵場に来ていたのは野郎二人だけでなく、一緒にこの世界に転移した七人も一緒に居た。
九人は一列に並んで待っていると奥から銀髪碧眼の美女が現れ、九人の前に立ち、九人に向かって言った。
「諸君、おはよう。今日から君たちに戦闘術を教える事になった、アースカイ王国近衛騎士団、副団長のクラウディア・フォン・ローゼンだ。私の事はクラウディアと呼んでくれたまえ」
銀髪碧眼美女の名前はクラウディア・フォン・ローゼン。昨夜、タマキが話していたこの国の近衛騎士団の副団長が彼女だ。クラウディアは九人に話を続ける。
「まずは君達に自己紹介をしてもらいたいのだが、構わないか?」
クラウディアから自己紹介して欲しいとの要望が出たので、九人は自己紹介をした。自己紹介の先頭バッターは列の端にいた斬波だった。
「お初……ではないな、俺達が転移された直後、ソフィーの後ろで控えていたのを覚えているよ。俺の名前は叶斬波、こっちの世界風に名乗るならシバ・カナイと名乗ればいいか、元の世界では会社員をやっていた。シバと呼んでくれ」
「あぁよろしく、家名があるという事は君は貴族か大きな商人の家の者なのか?」
「いんや、普通に国民……平民だ。俺が居た国では皆家名を持っているぞ」
「そ、そうなのか……まぁ文化の違いと言うやつだろ。よろしくシバ殿」
家名を持っていた事に少し驚いた様子のクラウディアだったが直ぐに表情を引き締め、話を切り上げた。斬波の隣には優之介が並んでいたので自然的な流れで斬波の次には優之介が自己紹介をした。
「あ、俺は夢咲……ユウノスケ・ユメサキです! えっと……就職する予定でした」
「無理してこちらに合わせなくて良い、君の名前はユウノスケで良いか?」
「あ、はい……」
「ではよろしく、ユウノスケ殿。君達は名乗る時、家名から名乗るのだな?」
「そうですよ。因みに俺の家名……名字は夢咲と言います」
「ふむ、異なる文化や風習に触れると新鮮な気持ちになるな♪ 次!」
平民なのに家名がある事や、名乗る時は家名から名乗る事等、自分の常識とはまた違う文化や風習に触れたクラウディアは感心しているようなので頭が固い人ではない事が九人には窺えた。優之介の自己紹介が終わった後は恙無く皆自己紹介を終える事ができた。
全員の自己紹介を終えた事で優之介と斬波は自分達以外の異世界転移に巻き込まれてしまった人達の顔と名前を知ることができた。
副操縦士の佐々木市之丞、乗務員の山崎直子、大学生の瑠川葵、八神理音、美川優里音、九条院春香、モデル兼タレントの八乙女咲良。
優之介と斬波以外の七人は以上のように各自自分の名前と元の世界での職業を名乗った。
(まさか芸能人が巻き込まれるなんて……。あ、あの人も巻き込まれてたんだ…………)
優之介は顔ぶれを見てある事を思い出していた。
飛行機に乗っていたときにちらちらと自分と斬波の事を見てくる女性が一人いたことを……。その女性はこの場で瑠川葵と名乗っていた。
(黒髪のポニーテールが似合ってるなぁ……でも、またこっちをちょいちょい見てくるけど俺に何か用事があるのかな? でも何も接点が無い以上無闇に絡むこともないか)
優之介は瑠川葵の動向に疑問に思ったが触れないで置くことにした。
「フクソウジュウシ? ダイガクセイ? 様々な職業があるのだな……。まぁともかく時間が惜しいので早速訓練に入らせてもらう、先ずは魔法の力量を見せてもらおう」
クラウディアが訓練の開始を宣言し、手始めに魔法を見せてくれと九人に言うが優之介と斬波以外の七人は彼女の言葉に混乱してしまう。それもそのはずだ彼らが元居た世界では魔法という単語はあっても魔法を行使するなんて概念が存在しないのだから……。
何か変な事を言ったか? と言わんばかりの不思議そうな表情をするクラウディアに優之介は助け舟を出す。
「あのぉクラウディアさん、俺達が元居た世界では魔法を行使する概念がないんです。なのでいきなり魔法を見せてくれと言われてもできませんし”そもそも魔法とか存在するの?”と言いたいのが正直な気持ちです」
「何っ、君たちの世界には魔法が存在しないのか!?ではどうやって敵と戦ったり、怪我を治療したり、生活を向上したりしているのだ?」
「そう言われましても……」
「まぁいい、それでは魔力を感じるところから始めるぞ」
クラウディアは九人に魔力とは魔法とは何かを説明し、実際に発動させて見せた。優之介と斬波以外の七人は皆「まるでアニメやゲームのようだ」と驚いていたが、【魔力操作】のスキルを持っている野郎二人は驚きよりもどうやって魔法を発動させるのかが気になったので、優之介はクラウディアに質問してみた。
「クラウディアさん、魔法の発動条件等はどのようになっているんですか?」
「魔法によって異なるが基本はイメージが重要だ、イメージを明確化する為に詠唱したりするが、イメージがしっかりできれば無詠唱でも魔法は発動するぞ。まぁとりあえず魔力を感じ、制御することから始めなさい」
「あ、はい……」(え、魔法を発動する為の条件ってイメージだけでいいの!?)
優之介は条件の緩さに気が抜けてしまった、優之介の横で話を聞いていた斬波は「そんなので魔法発動するの!?」と言わんばかりの表情をしている。
斬波は邪悪な笑みを浮かべて優之介に言った。
「でもこれ科学でよくね?」
「そうですね……化学でいけますね…………」
「あぁ科学の中の化学だなぁ……」
優之介は試しに両手を前に出し、神経を集中させる、すると魔力が集まってきてるのが肌で実感できた。次に優之介は水素分子と酸素分子が化合して水となる構図を脳内に浮かべた、すると……。
「あ……水ができた…………」
「俺も火の玉ができた」
優之介と斬波が物理的にありえないファンタジーな事をしている光景に目を丸くする七人、クラウディアは感心した様子で野郎二人を眺めていた。
「先ずは魔力の感覚を得られればと思っていたが、まさか無詠唱で属性魔法を発動するのとは……よほどイメージが鮮明なのだろう」
((いや、普通に化学式を頭の中で描いただけなのだが…………))
憧れの魔法が化学式でできてしまったことにちょっぴり「違う、そうじゃない」と思った野郎二人であった……。
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