イヴのオープニングイベントとハプニングイベント(後編)
ここにいるのは敵同士……、そう言い放った受験生の言葉に、数人の受験生は声には出さないものの、その言葉に同意するような表情となり、気まずくなって顔をそらせ、何人かの受験生は、そうだそうだと同調する声を上げ始めた。
「そうだ!そうだ!俺達は仲間なんかじゃない!体調管理が出来ない奴らを気遣う余裕なんかないんだ!」
「試験勉強の邪魔になるから出て行ってくれよ!気が散って、復習が出来ないだろう!」
イヴは今まで誰かに怒鳴られたり、責められたり、否定されたりされたことは一度もなかった。なので初対面の受験生達に文句を言われたことに、イヴは驚き戸惑い、軽く衝撃を受けたし、正直少し怖い……とも思ったが、その感情を少しも顔には出さなかった。
イヴは教室中の受験生達の視線を黙って受け止めた。そして温石を渡した少女や顔色の悪い少年が教室の受験生達の冷たい視線を受け、表情を曇らせて、歯を食いしばっている姿を見た後、イヴは……、ニッコリと笑みを浮かべた。
イヴの笑顔を見て、不安そうだった二人は目を見開き、文句を言っていた受験生達は口をつぐみ、黙って静観していた受験生達は、ハッとした表情になった。皆がイヴの笑顔を見つめ、口をつぐんだので、イヴは真っ直ぐに彼らを見つめ、笑顔のまま、穏やかな声で彼らに話しかけた。
「いえ、違います。私達の敵は、私達自身なんです。だって皆の手を……、皆のノートを見ればわかるじゃないですか。皆が今日のこの日のためにどれほど努力してきたか、どれほど頑張ってきたか……。
努力は自分を裏切らない……けれど、自分が努力を裏切ることがあるということを……私は知っています。どれだけ努力しても……我慢しても……私の体は……私の心を、私の努力を裏切ります。……そして人は自身の心の持ちようでも、自身の体を裏切るのです」
教室内はイヴの言葉に静まりかえった。イヴの言葉には皆の努力を認め、称える愛があった。そして後に続く言葉には実感が伴う、妙な説得力があり、誰もがイヴから視線をそらすことが出来なくなった。薪ストーブの火の爆ぜる音が静かになった教室に響く。イヴの言葉を聞き、イヴに自分達のことを理解してもらえていると勇気づけられた2人の目には涙が浮かぶ。そして微笑むイヴに力づけられ、彼らも声を上げた。
「そうね……、そうなのよ。私は今日のために頑張ってきたわ!とてもとってもよ!風邪だって引かないように、体調にも気を使っていたわ!でも女性特有の、月に一度の痛みには勝てなかった!この女の子が温石を貸してくれなかったら、私は病気でもないのに受験が受けられないところだった!この子がいなかったら……私は女に生まれたことを憎らしく思うところだった!私は自分の体が、嫌いになるところだった!」
「俺だってそうだ!俺も……出世を願って努力してきた!毎日勉強してきたんだ!でも、ここにきたら、怖くて……。皆自分よりも勉強が出来るヤツに見えて、出来なかったら……どうしよう!試験に落ちたら……どうしよう!って、不安で不安で腹が痛くなったんだ!俺はあれだけ頑張って勉強してきたのに、不安な気持ちに押しつぶされてしまいそうだった!俺は……俺の不安な心に負けそうだったんだ!」
イヴは二人の手をギュッと握った。
「……確かに14人しか受からないのなら、落ちる者は出ます。でも今日、この教室で今までの努力の全てをかけて闘えるのと、努力が出せないで闘うのでは、その後の人生が違ってくるはずです。自分の努力を自分の想定しなかった体の不調で踏みにじられると虚しくて、やりきれなくて辛いものになって、その後の人生でも、また同じになるんじゃないかって思ってしまって、前向きに生きていけなくなるんです。
自分の不安な気持ちに負けて、自分の努力の成果が出せなかったら、その事をずっと悔やんでしまうし、同じようなことを繰り返すのではないかって、ずっと不安なままの心を抱えていくことになります。……私は、そんな辛い思いを二人にも誰にも……皆んなにもしてほしくないんです。今の私達の敵は、思いも寄らない、自分ではどうしようもない体の不調と、先の不安に負けそうになる自分の心なんです。だから……一緒に闘いましょう?皆も私も不安なんです。不安なのは自分だけではないんです。ですから自分の体の不調や、自分の不安な気持ちに負けないでいられるように……私と一緒に闘ってくれませんか?」
二人は涙ぐみながら、イブの手を握り返して頷いた。教室にいた他の受験生達は、そんな3人を見つめ、自身の利き手のペンだこや、自身のボロボロになったノートを見てからイヴを見つめた。
二人は薬が効いてきて痛みが治まったと喜び、イヴに礼を言った。イヴは良かったとそれを喜び、試験が始まる10分前になったので私達3人、お互い頑張ろうと言い合い、それぞれ席に着いた。イヴの前後左右斜めの席の者は、イヴをじっと見つめる。教室内の受験者達もイヴを見つめる。皆がイヴを見つめ……そして、気づいた。
イヴの唇は真っ青だった。イヴの肩も小さな両手も足も……震えていた。そしてイヴは、しきりに額に巻かれた白い布に手をやり、何かを確かめていた。白い布を触る手のペンだこは誰よりも大きくて、机の上に置かれたノートは、誰よりも真っ黒に書き込まれていてボロボロになっていた。
(((きっと、この女の子は、この中で一番不安に思っているのだろう。きっと、この子は、この中で一番努力をしてきたんだろう。……そして、この子自身が今、何かの体の不調を抱えているのではないだろうか……?それなのに、この子は苦しんでいる二人のために声を掛け、自らの薬を分け与え、自身を暖めていた温石をも抱かせてあげた……。さらには二人を非難する声から二人を守ろうと、勇気を振り絞って二人を助け、励ましたんだ……)))
教室の中で最初にイヴと喋った二人が突然、イヴにこう言いだした。
「おい、8番!テスト終わったら、うまいモン食いに行こう!お疲れ様会しようぜ!」
「そうだ!俺、コロッケのうまい店知ってるんだ!」
試験の始まる5分前……静かだった受験生達は、「行こう行こう!」「皆で行こう!」と口々に言い出し始めた。目を丸くさせたイヴがグルリと教室内を見回すと、受験生達が皆、イヴに白い歯を見せて笑顔で言った。
「「「「「皆で闘おうぜ、8番!」」」」」
「ッ!……うん!」
1月の寒い日。お互いの健闘を祈り、励ましあった受験生達は、試験が始まる9時となった時、少しの不安も感じず、己の敵と闘い始めた。彼らはもう……何も怖くはなかった。だって、教室には皆と一緒に闘ってくれるイヴがいるのだから……。イヴと一緒に闘ってくれる皆がいるのだから……。
試験は午前中で無事終了した。皆は試験が終わると一斉に歓声を上げ、イヴに握手を求め、皆も互いに握手を求め合って、お互いの健闘を称え合った。入学試験が終わった後イヴは、受験生達と昼食に下町のコロッケを食べに行き、皆の和やかな様子を見た後、そっとそこを抜けだし、学院へと向かっていった。イヴが一人になったので、影から護衛していたミーナが傍近くにやってきて、声を掛けてきた。
「どうされましたか?お忘れ物ですか?」
「……ええ。そうなの。私、私ね……とても大事な事を忘れていたの……」
イヴはミーナと共に学院に行く間、あることに思いを馳せていた。
※作中イヴが二人に服用させたのは鎮痛剤ではありません。生理痛で苦しむ少女の方には、身体を温める作用のあるショウガを中心とした薬と温石、試験前の極度の緊張から腹痛を起こした少年の方には、以前セロトーニがベルベッサーに服用させた整腸作用のある薬を渡しています。




