それぞれの入学式前夜(前編)
○入学式前夜のイヴとミーナ
夕食も済ませ、イヴはミーナと交互に入浴を終えると、いつもより早目に就寝の用意をした。ミーナはイヴの枕元に水差しを置きながら言った。
「お嬢様、いよいよ明日は入学式ですが、くれぐれも無理は禁物ですよ。式典は座席に座っていればいいだけですので、いざとなったら移動は全て私がお運びしますから、遠慮なく申しつけて下さいませ」
「わかりました、ミーナ。ありがとう。それでは明日に備えて、私は休むことにします。お休みなさい、ミーナ」
「はい。お休みなさいませ、お嬢様」
お互いの部屋に戻り、ベッドに入った二人が眠る前に願うことはいつも同じであった。
((明日は(お嬢様が)片頭痛になりませんように))
イヴは寝付き良く、そのまま眠りにつき、ミーナはもう一度それを願ってから眠りについた。
○入学式前夜の男子寮にて
「うわっ!え?誰?嘘……、べ、ベルベッサー先輩なんですか?うっそだぁ~!!開いているのか閉じているのかわからなかった糸目が、パッチリ切れ長な目になってるじゃないですか!?」」
「お、お前……、本当にベルベッサーなのか!?あのプクプクとした体はどこへ!?あれだけの肉をどこへやった?もしかして偽者なのか!?それともあの真ん丸い体は、着ぐるみだったのか!」
「え?本当に君、ベルベッサーなのかい?……ず、随分、変わり果てた姿になって……。失恋でもしたのかい?」
入学式前夜の学院の男子寮の食堂にて、学院生達はベルベッサーの姿を見て、口々に驚きの声を上げた。エイルノンとエルゴールも、ベルベッサーがいると知り、明日の入学式の事で声を掛けようとして思いっきり引きつった表情になった。
「「誰だ、君は?」」
皆が驚愕の表情となっている仲、ベルベッサーはうっとうしそうに回りを睨み付け、銀縁眼鏡をクイッと指で上げ、自分より背の高い彼等を見上げ、ため息をつきながら言った。
「だからベルベッサーだって、何回も言っているでしょうが!皆の気持ちはわからなくもないけど、驚くのは今日だけにしてくださいお!明日は私の大切な姉弟子が入学してくるんです!……くれぐれも私が太っていたなんて言わないで下さいよ!」
一週間前までは両手に常に食べ物を持ち、ポケットや鞄にも常時甘味を携帯していたベルベッサーは真ん丸いと言っても過言ではない体つきをしていたはずなのだが、今、目の前にいる、この小柄な男はどうやって痩せたんだ?と皆の混乱を招くほど、今の姿は一週間前までのベルベッサーとは、まるで別人のような姿となっていた。
サラサラとした髪質の青緑色の短髪に、ルビー色の瞳はキリリと引き締まっていて、理知的な美少年に見える。一週間前までのチビのまん丸お肉キャラの眼鏡男はどこにいった!?と、何人かの男達は目をこすったり、頬をつねってみたりして、夢ではないことを確かめだした。騒然となっている食堂に、後からやってきたトリプソンの声が「どうしたんだ?」と聞こえてきたので、何人かの友人が、それに返事をしようとして、彼等は更なる驚愕に晒された。
「「ギャ~~!熊が人間に変わってる~~~!!」」
「誰が熊だ!」
彼等の悲鳴を聞いた他の者達は後ろを振り返り、ベルベッサーの変身に驚きの表情を浮かべていた顔を更に引きつらせた。
「「「誰だ、お前は!!」」」
「誰って……トリプソンだよ。そんなに変か?」
赤みがかった茶色の短髪に吊り目の金茶色の瞳が野性的に光る、筋骨隆々の男性的な魅力に溢れた大男が腕組みをして立っている。風呂上がりだったようで、半袖の服から覗く太い腕も膝下の短めの部屋着から出ている見事な筋肉で出来ている立派な足の形も、その体格は確かにトリプソンのものだったが……。
「お前、あの髭はどうした!熊男はどこにいった!?」
「すげー!トリプソンが、あのぼさぼさ伸び放題のあの髪が、今、女子に人気のスッキリ短髪に!今時女子が嫌う、髭も体の無駄毛もない!?」
「トリプソン、そんな顔だったんだな……。男気あふれる、良い男っぷりで、また舎弟志願者が増えそうだな!ヨッ!男だけにモテモテの兄貴!……イデデッ!冗談だから、拳固グリグリは止めろ!」
「明日は雨が降るぞ!嵐が来る!この世の終わりだー!」
「雨や嵐は……困るな。明日は俺の大事な妹分で俺の一番の友達が入学してくるんだが、彼女は天気で体調が左右されるんだよ。心配だから明日は、女子寮まで迎えに行くかな……」
この言葉に反応したベルベッサーが、ユラリとトリプソンに近づき、牽制しようと下から睨み付けた。
「トリプソンは、早朝の鍛錬があるだろう?私の姉弟子なのだから私に任せてくれ」
「いや、俺の友達なんだから、俺が迎えに行く」
「彼女は私の姉弟子だから、私が世話をするんだ!お邪魔虫は退散してくれないか!」
「何を!?お前こそ、俺達の友情に割り込んでくるな!」
このままでは取っ組み合いの喧嘩になりそうだと思ったエイルノンは、エルゴールに目線で二人の仲裁を促した。エルゴールは、仕方ないですねとため息をつきつつ、二人の襟首を掴み、それぞれ片腕で彼らを持ち上げた。
学院生の中で一番の長身のエルゴ-ルは、細身ながらも鍛え抜かれた美しい筋肉を持ち、一番力持ちの青年だった。腕はトリプソンの方が太いというのに、その腕力は学院一で、人一人簡単に担ぎ放り投げることが、出来るほどの荒技を体術の時間に見せたこともあるほどだった。
だから、離せ下ろせと身じろぐ二人を持ち上げても、平然としたままエルゴールは食堂を出て、離れた場所まで歩いて行き、エイルノンもその後に続いた。生徒がいない廊下まで歩いてから、エルゴールは二人を下ろした。膨れっ面の二人にエイルノンが声を掛けた。
「君たち共通の知人なら一緒に迎えにいけばいいではないか!そんなに心配なら、僕達も付き合おうか?」
「「いや、付き合わなくて良い!」」
「遠慮はいりませんよ。明日は私達も生徒会として入学式に出ますから、早く起きるのに変わりはありませんし、お二人の知人なら、挨拶をせねば」
「ふむ、そうだな。どうせ明日は入学式に出席するしな」
エイルノンとエルゴールのやり取りに、トリプソンとベルベッサーは嫌そうな表情で二人を見た。この二人は学院で美形だと称えられる男達だった。
太陽の光を編んで出来たような金髪の髪を肩に当たるところで緩く三つ編みをしている、利発そうな碧眼も美しい、正統派美形男子であるエイルノンは明るい性格で学院生達に人気があった。黄緑色の短髪がうねった髪型で垂れ目の瞳は、新緑の季節を連想させる鮮やかな緑の光を放ち、鼻筋は通っていて、口元は穏やかに笑みを浮かべる癒やし系美形男子であるエルゴールは信仰心に溢れていて、身分に問わず皆に優しかったので、こちらも学院生達に人気があった。
((この二人は俺達と違って、何の努力をしなくても女性に好かれる顔立ちの男達だ。……クッ!!だ、ダメだ!こいつだけでも厄介なのに、これ以上敵を増やしてどうする!!))
熊に似ていると言われていたトリプソンやまん丸い体だったベルベッサーは、それぞれ野性的な魅力のある美形男子と美少年と間違われる眼鏡美形男子に変身を遂げたが、これ以上は恋敵となる相手を増やしたくはなかった。
「「絶対、絶対、来るなーー!!」」
入学式前夜の男子寮に、二人の声が響き渡った。




