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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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ベルベッサーと姿絵の女の子(前編)

 生徒会室で一週間後の入学式の打ち合わせを行い、寮に戻ってきたエイルノンとエルゴールとトリプソンは、一足先に寮に戻っていたベルベッサーの姿を見て唖然となった。と言うのも、普段はふくよかな体格を理由にして緩慢に動くことを好むベルベッサーが、丸い体をキビキビと動かしながら応接室を拭き掃除していたからだ。


「ハァ~、楽しみ~!早く一週間経たないかなぁ……。父さんの話だと入学前検診を無事に受けられたようだから大丈夫だろうけど、心配だなぁ……」


「おい、ベルベッサー、お前、何やっているんだ?」


「……別に?今日は掃除当番なだけ!トリプソンには関係ないから、鍛錬でも武者修行でも行っておいでよ!あ!それがいい!一年ぐらい旅立っておいでよ!」


「掃除当番?ベルベッサー、寮にそんなモノはありませんよ?それに後、一週間で新学期ですよ?なんでトリプソンを旅立たせようとするんです?」


「?ん?ウフフフフ!何でもないよ~、エルゴール!ちょっと応接室を綺麗にしておきたい気分なだけ!ウフフ~!それにトリプソンは強くなりたいって、鍛錬を欠かさないから、ちょっと冗談を言ってみただけだよ~!ウフフ~、ごめんね~!」


「超低音の良い声でウフフと笑う、ベルベッサーって、なんか怖い……」


「ウフフフフ、見かけによらず、怖がりヘタレですね、エイルノン()って」


「グッ!!」


 図星を指され、落ち込むエイルノンや若干引き気味のエルゴールや、ジト目のトリプソンの視線を気にすることなく、その後もベルベッサーは掃除を続け、応接室は普段以上は綺麗になった。ベルベッサーの奇妙な行動を見た他の寮生達も好奇心から、その理由を聞こうとしたが、その度にウフフ笑いで誤魔化して、誰にも、その理由をベルベッサーは教えようとはしなかった。


(教えるわけないだろ!彼女は私の大事な……なんだから!)


 ベルベッサーの懐中時計の中に、小さく折り畳まれて入れられた古い紙片。そこに描かれた幼い女の子に出会った当時を思い出し、そっとベルベッサーは自分のお腹に手を当てた。





 5才になるまでへディック国で育ったベルベッサーの将来の夢は、父と同じ医者になることだった。父は侯爵家に生まれた貴族であったが、侯爵家の後継者ではなかったために爵位を持ったまま、平民のように市井で暮らし、そこで医の仕事に邁進していた。ベルベッサーの父は貴族のように威張らず、民に対して優しい人格者だったので、ベルベッサーは父が大好きだったし、尊敬していた。


「世界中のあらゆる病気を治せる、世界一のお医者様になる!」


 いつもそう言って無邪気に笑うベルベッサーを、いつもは嬉しそうに撫でる父親がある日、とてつもなく落ち込んで帰ってきたのは、ベルベッサーが”神様の子ども”から無事に”人間の子ども”になって、貴族籍に名前を刻んだ次の日だった。


 夕食も晩酌もとらないで、書斎に閉じこもってしまった父親を心配した母親にせっつかれて、こっそり書斎をのぞきこんだベルベッサーは、項垂れた父親が一枚の紙を見ながら、ため息をついているのを見て、何が書かれているのだろうと疑問に思い、その紙に興味を持った。


「これはなんですか、お父様?」


「あっ!返しなさい!ベル!」


 父親の脇からヒョイ!と紙を取ったベルベッサーは、その紙を見て全身が雷に打たれたような衝撃を受けた。


「返しなさい、ベル!それは今日診察したシーノン公爵様の”神様の子ども”様だ!大事な資料だから、返しなさい!……ベル?ベルベッサー?どうしたんだい?」


 父から奪った紙には、一人の幼い女の子の姿絵が描かれていた。ベルベッサーのことを案じる父の言葉が、どこか遠くに感じるほど、ベルベッサーの意識は全て姿絵に注がれた。目はひたすら姿絵の女の子を捉えて離れることがない。鉛筆描きされた姿絵の女の子は、教会の壁画に描かれた金色の天使よりも清廉で美しく、その美しさにベルベッサーは、強く引きつけられていった。


 サラサラと腰に掛かるくらいまで伸びた真っ直ぐな髪。小さな顔に零れそうなほど大きな丸い瞳は少し吊り目気味だが、気が強い印象を与えずにいるのは微笑んでいる表情だからだろうか?とても優しい微笑みで、いつまでも見ていたくなるくらい、癒やされる顔つきをしていた。小さな可愛い鼻に小さい唇。可愛いワンピース姿。5才になり、人間の子どもとなったベルベッサーは家族以外とも交流するようになっていたが、こんなに可愛らしい女の子は平民でも貴族でも見たことがなかった。ベルベッサーの父親が診察したということは、この女の子は病気なのだろう。姿絵の女の子が病気と知り、心配になったベルベッサーは父に尋ねた。


「お父様、この子、何の病気だったんですか?」


 ベルベッサーに尋ねられた父は、眉を潜め、とても言いづらそうに言った。


「……”()()()()”だ。あの子は”気のせい”で、もがき苦しみ、泣いていた」


 熱を伴わない”気のせい”もしくは”仮病”。体調が悪いと訴える()()患者に対し、医師が「熱を伴ってはいないから病気ではない」と告げた後によく用いる、この二つの言葉はへディック国では、まだ解明されていない原因不明の病気を指す言葉だったが、ベルベッサーの父は、この二つの言葉を使うとき、医師の力不足を痛感するので、これらの言葉に嫌悪を抱いていた。


 ベルベッサーの父は、へディック国の中では名医の一人と呼ばれる程の腕の良い医師だったが、シーノン公爵家に往診に行くようになったころから、自分は名医ではないと口にするようになった。


「名医なら、あの子の病気を治せるはずだ!あんなに苦しんでいるのに、何の病気かがわからないなんて、医師を名乗る自分が情けなさすぎる!」


 ベルベッサーの父はシーノン公爵家に往診に行く度に落ち込んで帰ってきては、屋敷中の医学書を片っ端から読み漁る日々を送るようになった。


「患者は3才の女の子。公爵家の一人娘。両親の仲は不明だが、両親、使用人共に、患者を慈しみ、大事に育てている。使用人の忠義の心は、国内随一で、手厚い保育を施されている。栄養状態も良好。本人は聡明で文字の読み書きどころか、大人向けの医学書も苦も無く読むことが出来る。性格は温厚で真面目。思いやりがあり、前向きな姿勢が、とってもいじらしくて可愛らしくて、好感が持てる。こんな娘が欲しい……。


 ”気のせい”の症状が出ているときは、頭痛を訴えていたが熱は出ていない……、呼吸は荒いときがある。顔色は悪い……貧血だろうか?いや、目の下まぶたの裏は白くはないから、貧血とは違うと思えるのだが……?気温差が激しいときに、よく症状が起こる。吐き気があるときもある、だが胃には荒れた形跡はない。鼻につくような刺激的な匂いがダメで、髪をきつく結うのもダメ。ショコラとチーズを食べると痛くなる。


 ……何故ショコラやチーズを食べると頭が痛むんだろう?寝不足も寝過ぎも頭が痛くなるとは、どういうことなんだ?雨が降る前に痛む?お日様の強い光で痛む?もしやこれは、精神的または物理的な何かによる刺激で心身に負荷や緊張がかかって頭痛が起きるということなのだろうか?頭の半分だけが痛いとは、何とも奇妙な症状だな。この子の世話をしている使用人に同じ症状の者はいないから、人に移る病ではないようだし……、本当にこれは何の病なんだろう?」


 ベルベッサーの父の書斎が、シーノン公爵の神様の子どもの診察記録で半分以上が埋まるほどになっても、シーノン公爵の神様の子どもの”気のせい”が何の病気なのかは、わからなかった。父の話ではシーノン公爵の神様の子どもは、健気で可愛いらしい性格をしているらしく、往診に行く度に青白い顔で父に挨拶し、父が来てくれたことに対し丁寧な礼を述べ、苦い薬も嫌がらずに飲む、患者の鑑のような女の子らしかった。


 大人の男性でも悲鳴を上げる痛い注射も、涙を滲ませながらも泣き声を上げずに健気に頑張って受け、頭を抱え、もがき苦しんでいるのに、治せない医者を責めたり詰ることもしない理性的な子で、逆に治っていなくてごめんなさいと涙ながらに謝る姿がいじらしすぎる女の子なのだと、ベルベッサーの父はいつもシーノン公爵家の神様の子どもを褒め称え、職務以上の庇護欲をシーノン公爵家の神様の子どもに対して持ってしまい、庇護欲と娘を持つ父親心に目覚めた父は、公爵家に行く度に「娘が欲しい」と口にするようになった。


 ”患者の鑑”、”男親が夢見る理想の愛娘”とも言いたくなる位良い子なのに、その子の病気を治せないと落ち込んでしまったベルベッサーの父は、城からカロン王専属医の打診が来ても、それを()退()してしまった。未熟な自分に()()()()は勤まるまいと言って……。


 シーノン公爵の神様の子どもの”気のせい”を治すことが出来なかったベルベッサーの父は己の勉強不足を痛感し、周辺国の中で一番医学が進んでいるバッファー国に医学留学するために、家族で移り住むことを決め、旅立った。そしてベルベッサーと両親はバッファー国につき、旅の休憩になるかと訪れた、バッファー国の教会の壁画を見て、驚きの声を上げた。


「な、何故、シーノン公爵の姿が神様の使いとして壁画に描かれているんだ!?……そ、それに、こっちの悪魔はカロン王にそっくりだぞ!?何故なんだ!?」


 ベルベッサーの父の驚く様を見ていた教会の司教が親切心から、壁画の謂われ……バッファー国の英雄であるライトの英雄譚を買って出て、それを聞いたベルベッサーの父は苦いモノを口にしたかのように渋い表情になった。


「そ、そんなことが!?だから国交がなかったのか……。それにしても、この銀色の妖精の姿は……。シーノン公爵親子にあまりにも似すぎている。彼等の姿を見て、神様の使いを描いたとしか思えない……。こんな偶然があるのだろうか?」


 幼いベルベッサーには国交の話などは難しくて理解出来なかったが、父が口にしたシーノン公爵親子に似ているという言葉に反応し、ベルベッサーは父に強請って手に入れた、父の描いた鉛筆描きの女子の姿絵と、目の前の壁画の銀色の妖精を見比べてみた。


(お父様の言う通り、この女の子と壁画の妖精はよく似ている!この子には銀髪と青い瞳がよく似合う!……お父様の勉強が早く終わったら、この子を治しに国に戻れるんだから、お父様には頑張ってもらわなきゃ!)


 そんなことを考えながらベルベッサーは、バッファー国の名医が住むという村に両親とともに移り住んだ。その後ベルベッサーの父親は、セロトーニと言う名の薬草医の弟子になり、2年が経った頃、自国から知らせが届き、ベルベッサー達は国に帰ることになった。というのもへディック国で流行病が起き、侯爵家を継ぐ者が父しかいなくなったからだった。

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