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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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トリプソンの魔法の貝殻(前編)

 トリプソンは春休み最後の日、王都で開かれていた剣術大会に出場していた。


『優勝者、トリプソン!!』


 審判員の声に大勢の歓声が沸き起こった。そこにいる誰も彼もが、トリプソンに惜しみない拍手をし、大声で賛辞を述べていたが、トリプソンは一礼をした後、それに応えて手を振ることも浮かれることもなく、ただ前を見て歩いていった。そんな落ち着いている様子のトリプソンを見て、観客達はさらに歓声をを上げた。


「さすが騎士団団長のご子息だよな!大柄な体を生かした豪快な剣の太刀筋が冴え渡っているよ!」


「何でも幼いころから祖父殿に連れられて、諸国を武者修行されていたらしいぜ!」


「すっげー!武人一家の英才教育、マジ半端ねー!!」


「トリプソンの兄貴-!!超カッコいいー!!兄貴になら俺抱かれてもいい!!俺を舎弟にしてくださーい!!」


「うぉ~、兄貴最高ー!筋肉ムキムキが堪らないぜ!チラリと見える胸毛も男性的魅力にあふれていて、マジでカッコ良すぎだぜ!」


「ボサボサ髪から垣間見える目が野獣みたいにぎらついているのがより野性的です、兄貴!」


「剣術だけなら、エルゴール先輩にも負けないぜ!俺の兄貴は!」


「お前、勝手に弟分を名乗るなよな!この間、断られてたのを俺は知ってるぞ!トリプソン先輩は今いる()()以外は、誰の兄貴分にもならないって言ってたじゃないか!」


「だって~、カッコいいじゃん!自分の身なりに構うこと無く、ひたすら剣術の技を磨く姿が孤高に生きる男って感じがしてさ!最近の若い女にモテる要素の真逆をいく兄貴の姿勢が、女に媚びない感じで俺、すごく好きなんだよね!」


「そんなこと言う割にお前、腕や足の毛の処理を欠かさないよな?髭も眉毛も毎朝手入れ怠らないよなぁ?お前、女にモテたくて全力で女の好みに寄せていって、媚びまくっているじゃないか?」


「ッ!?し、仕方ないだろ!理想と現実は違うんだよ!最近の()()()はボサボサ長い髪も髭モジャも、腕や足の毛も不潔そうって、敬遠するんだから!俺は女にモテたいの!恋人募集中なの!!」


 ピクン!……と、観客達の話す言葉にトリプソンは反応し、一瞬足を止めた。大勢の賞賛する声の中に()()トリプソンに、必要な情報が聞こえてきたからだ。しかしすぐに、その声はその男の連敗失恋黒歴史の話題に変わり、それ以上の情報を得られないようだったので、トリプソンは足を動かし、会場を後にした。


 今トリプソンの心を占めるのは、明日の入学式のことだった。トリプソンの妹分で、トリプソンの生まれて初めて出来た友達。2才年下のその子が明日、トリプソンのいる学院に入学してくるのだ。子どもの頃に初めて出来た友達は、祖父に連れられた先の異国の海で出会った銀髪の小さな女の子だった。その子を思い出すトリプソンの耳に、あの日の波の音が蘇ってきた。





 トリプソンが7才の誕生日を迎える少し前、へディック国で騎士団長をしていた父親が、ある私闘に負けて、祖父は激怒した。


 トリプソンの祖父は前王ナロンの時代から騎士団長をしていたが、カロン王が王になりたてのころに起きた事件のことでカロン王に嫌われて、強引に騎士団を勇退させられてしまっていたが、未だに剣の腕は健在だった。祖父は国を愛していたが、王家に対して忠誠心を持てなくなった事で、剣の道のみに生きようと決心したらしい。


 トリプソンにとって、祖父は一年に一度、家に帰ってきて、色んな国の色んな剣豪と闘った話をしてくれる、厳格で頼もしい武人の祖父だった。その、一年に一度の祖父の帰国時にトリプソンの父親は、ある私闘で負けて、服を切られて帰ってきたのだ。


 騎士の剣は自分のためにあるのではなく、国のため、民のためのみに使われるものでなくてはならない!……と、祖父は私闘をした父を叱った。叱られた父は弁解することもなく、祖父の言う通りだと項垂れた。父のくたびれたような様を見た祖父が、どのような経緯で私闘に及んだのかと説明を求めるとトリプソンの父は、苦々しい表情で話し出した。


 へディック国の騎士団は、ナロンが在位する前までは代々王の近衛も兼務していたのだが、ナロンが王位に就いたとき、近衛の任は騎士団からナロンの母親の実家である侯爵家から遣わされた怪しげな集団へと代わってしまった。


 そして息子のカロンもその集団を近衛に置いたため、段々と、その集団が力をつけてきて、騎士団を馬鹿にするようになった。騎士団は、始めは馬鹿にされても堪え忍んでいたのだが、ある日、その集団が、王の目の前で騎士団長をしていたトリプソンの父を馬鹿にしてきたのだ。


 父は堪えたが、部下達がそれに怒り、その集団をやりこめようとしたら、王が騎士団の部下達を叱り、厳罰を科したのだ。父と騎士達は王に激しく失望した。やりきれない怒りを持ったまま、家に帰りたくないと父は庶民の通う酒場で、やけ酒をあおっていたところ、茶髪の仮面の男が話しかけてきた。始めは話が合うと思っていたのだが、やがてケンカとなった。


 仮面の男は王が騎士団を近衛にしないのは、騎士が弱いからじゃないかと嘲笑ったからだ。騎士は強いか弱いかの口げんかとなった時、仮面の男がそれなら確かめて見るかと言って、己が剣術を教えている者と勝負しないかと提案してきた。


『先に上着の袖を切られた方が負け』


 純粋な強さを知るには最適な方法だろうと仮面の男はにやつきながら言った。父が真剣を使う勝負に戸惑っていると、男は胡散臭い笑顔を向けた。


「彼はあなたよりも数倍強く、あなたがどんなに頑張っても彼に傷をつけることは万が一にもありえませんから、安心して彼に()()()挑んで下さい。……そうですねぇ、実力差を考慮して、彼には短剣一振りしか持たせませんから。彼には先入観や余計な気遣いを持たせないため、あなたの素性は彼には教えないでおきます。あなたにも彼に今後、余計な気を持たれたくないので、彼には深くフードをかぶらせて、ローブで素性を隠します。


 あなたは()()()()()から、あなたにも騎士団長だとわからない姿をしてもらいましょう。もしもこのことが公にばれてしまったときに他の騎士団員達に対して、あなたの面目がつぶれては困るでしょうから、二人の勝負を誰にも見られないよう、日時や場所はこちらで用意しておきます」


 抑揚のない声で、淡々と述べる仮面の男にかなりむかついたが、渋々了承したトリプソンの父は、その男の指定した姿で、指定された日時に指定した場所に行き、……その男の言う通り、見事敗れてしまったのだ。


 話し始めは私闘をしていたことに腹を立てていた祖父だったが、父の負けた相手が子どもだと知ってからは、祖父の怒る内容がすり替わってしまっていた。


「この未熟者が!相手が細身の13、4才くらいの()()だっただと!?騎士団の団長を務める者が情けない!!ええい!孫を儂に託せ!お前のような情けない者にまかせられるか!」


 そう言って祖父は、トリプソンを武者修行の旅に無理矢理連れ出したのだ。そうして、ひたすら剣・剣・剣の毎日が始まった。一年経ち、二年経ち、ずっと頑張ってきたがトリプソンは、ついにある日怒りが爆発して、


「お爺さまのわからずや!俺はもう、こんなの嫌なんだよー!」


 と、言い捨てて、外へ飛び出して行ったのだ。仮住まいしている家から少し離れた所に浜辺があり、そこまで走っていったトリプソンは、ここに来てから日課のようになっている、心の中の愚痴を思いっきり海に向かって、叫び始めた。


『お爺さまのわからずやー!毎日毎日修行ばっかりは、もう嫌だよ-!俺は家に帰りたいんだよー!手のひらは剣ダコだらけだし、体中青あざだらけだし!父上ー!母上ー!会いたいよー!


 俺は体ばかりごつくなって、旅で出会う子達はみんな怖がるし、近寄ったら逃げて行くから、友達も出来ないんだもん!俺、お爺さまや父上にそっくりの……怖い顔だもん。毛深くて、熊だ、子鬼だ、って泣かれちゃうし!()()()()()()()って、酷い言葉でからかう女もいたし!……ううっ!!俺、友達が欲しいんだよー!!寂しいよー!どうして俺、母上に似なかったんだよー!!嫌だし、辛いよー。家に帰りたいよー!!』


 いつものように叫んでから、グシグシと涙を腕で拭ったトリプソンは、後ろに気配を感じて、振り向いて驚いた。


 そこには大人の女性と小さな女の子が立っていた。まるで綺麗な絵から抜け出たような美しさを持つ母娘(おやこ)が、お揃いの白いサマードレスを着て、砂地でも歩きやすそうなサンダルを履いて、こちらへ歩いてきていた。


 炎のように輝く紅い髪を後ろに一つに結った髪型をした大人の女性は、蠱惑的なオレンジ色の瞳が猫のようなつり目になっていて、どこか小悪魔的な印象を与える人間離れした美しさを持つ女性だった。


 小さな女の子は女性に顔立ちはよく似ていたが、色合いは違っていた。その子の肩に当たるくらいの髪は、銀色に光る月の光で出来ているみたいに輝いていて、女性よりもやや吊り目が緩い印象の大きくて丸い瞳は澄み渡る青空のような色をしていて、清らかな輝きを放ち、小さな鼻や小さな口は、とても愛らしく、ウサ耳のついた麦わら帽子を被った小さな女の子は、まるで物語に出てくるような妖精や天使に見えて、トリプソンの胸は小さく一つ、トクン……と高鳴った。

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