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※僕のイベリスをもう一度〜12個めのエンド(純愛エンドもしくはビターエンド)(後編)

 王子は自分の父が、自分に冷たい視線を向けていることに体を震わせた。


「喜べ。私には人の真実が視える”真実の眼”がある。その男爵令嬢は確かに身分は低いが誰よりも賢く、誰よりも優しく思いやりがあり、誰よりも王妃に相応しい心を持っていると”真実の眼”を持つ私にはわかっているから、その男爵令嬢を正妃()()にしてやろう。……ただし、11年後だがな。それまでは結婚することも同衾することも……公の場以外で二人で個人的に会うことも許さない」


「っ!?11年後ですって?そんなの遅すぎですよ!それでは子が成せなくなってしまうじゃないですか!それに二人で会うことも許さないなんてあんまりではありませんか!」


「仕方あるまい。いくら男爵令嬢が優秀でも、それは普通の貴族教育や淑女教育の上でのことだけだろう?イヴリン嬢が11年かけて、ようやく体得した将来の王妃となるためのありとあらゆる知識を彼女は全く身につけてはいないのだから、男爵令嬢が正妃になるための知識を身につけるには同じだけの歳月が必要になるのは当然のことだ。妃教育を一から学ばないと行けない彼女にはお前と個人的に会う時間のゆとりなどない。ましてや妃にふさわしい教養を身に着けてもいないのに結婚や子を持つことなど当然許されない。そして男爵令嬢。未来の王妃となるために君は今後、特に親しい友人達との交流を絶ち、孤独に身を置かねばならないし、今までのように使用人達に親しげに話しかけてはならない。……何故だかわかるね?」


 王に問われた男爵令嬢は王の冷たい視線に震えることなく、淑女の礼をし、頭を下げたまま答える。


「はい。未来の王妃は一部の貴族を贔屓にしてはならないからです。未来の王妃となる者は、間者かもしれない者を傍に近づけさせないためには使用人とも親しく話をするのは得策ではないからです。正直に言いますと私は自身に王妃の器があるとは思いませんし、不敬を承知で申し上げると私自身は王子様のことも他の殿方のことも特別にお慕いしていませんでした。下位の貴族である私に彼らを遠ざける術はありませんでしたが、イヴリン様をこのように悲しませることになるのなら、不敬罪で処罰されてもいいから彼らと距離を取るべきだったと今は激しく後悔しております。……こうなってしまった以上、国王陛下の沙汰通りにこれからの11年、精進させていただきます」


 王は男爵令嬢の回答を聞き、満足げに頷いた。


「うむ。君は理解しているようだな。……だから大司教子息達!そのように彼女に近づいてはならん!彼女は将来の正妃候補だ!今後は男性との接触は一切禁止なのだ!」


 項垂れる男爵令嬢に大司教子息や騎士団長子息、宮廷医師子息が慰めようと近づいたが、王の鋭い静止の言葉に皆は、すごすごと引き下がっていった。


「父上っ!考え直してください!11年経ったら私は29ですし、彼女も26になってしまいます!そうしたら子が成せなくなるかもしれません!貴族に跡継ぎが必須なように王家にだって跡継ぎは必要です!」


 王子がそう言うと王はハン!と鼻で笑った。


「お前は本当に愚かになってしまったんだな。確かに王家には跡継ぎは必要だが、それは何もお前の子である必要はないし、こうなった以上、次代の王は私の子なら誰でも良くなったのだ」


「え?それはどういう意味ですか?」


「私の後宮には沢山の子がいるし、お前と同じ年の王子だって他に何人もいることを知っているだろう?それに私には11年前まで側妃はいても正妃はいなかったことも知っているだろう?どうしてだかわかるか?……ああ、勿論お前の母親を特別に愛していたからとか、政略的にその方が都合が良かったからとかいう理由では勿論ないぞ。どの側妃も政略結婚で娶らねばならなかっただけで、私は今までどの女も愛したことなど一度もないからな。お前の母親が正妃になったのもお前が第一王子となったのも、元はといえば11年前のイヴリン嬢の5才の誕生日パーティーでイヴリン嬢がお前を気に入ったからだ」


「え!?」


 王の言葉に王子は元より、会場内にいた貴族達は皆、驚いた。王は皆の動揺に構わず、衝撃の真実を口にした。


「私は学生時代の親友のシーノン公爵の娘であるイヴリン嬢を私の娘にしたかったのだ。だから沢山いる王子の中から彼女が気に入った者を第一王子に選び、その母親を正妃にしただけだ。でもお前がイヴリン嬢を大事にしない男だとわかった今、お前をこのまま第一王子になどしておくつもりはない。お前の母親も末席の側妃に格下げだ」


「そんな……。父上は私の卒業後に王位を退くはずではないですか?私の代わりに誰に王位を継がせるつもりなのですか?」


「私はお前の卒業を機に王位を退き、義父としてイヴリン嬢の傍にいて、王妃となった彼女を支えるつもりであったが、こんなことになったことだし、退かずに後11年はこのままでいることにする。その間、お前とお前の兄弟達にも国のために尽くしてもらう。11年間の働きを見て、次代の王に相応しい者に王位を継がせることにする。……そうだな、万が一にでもお前が王になった時は男爵令嬢を正妃にすればよいが、お前が言うように王の跡継ぎは必須だからな。もしも男爵令嬢が子を産めない時には、他の兄弟達の子から優秀な者を選出し、その者に王位を継がせればよい」


「そんな……」


 呆然とする王子と一連の騒動を見守る貴族達をグルリと見渡した後、王は自分をじっと見つめたままの公爵令嬢の元へやってきて、彼女の涙を指で拭った。


「長い間すまなかったね、イヴリン嬢。ここまで君を思いつめさせたのは全て私達王家のせいだ。君は何も悪くなかった。君があまりにも健気に努力してくれるものだから、私は君の父を思い出し、彼にしたように娘である君にもついつい甘えてしまっていたんだね。君は今日、誕生日だったのに、こんなことになって本当にすまなかった……」


 王は公爵令嬢の体をふんわりと優しく抱きしめた。


「キャッ!カ、カロン国王陛下!?何を?」


 公爵令嬢は生まれてはじめて誰かに抱きしめられたことに目を見開き、それが敬愛する王であることに狼狽えた。


「うん、今、私は君の父様の代わりになって、君を抱きしめているつもりなんだ。そしてね、娘である君に彼ならこう言うだろうと思うことを言おう。……イヴリン、11年間、ずっと一人で頑張ってきて、とても偉かったね。お疲れ様。イヴリンは何も悪くない。だからね、神様のお庭に自ら行こうとするのはお止めなさい」


 王の言葉を聞き、会場中の貴族達がざわめいた。


「「「!?どういうことだ!まさかイヴリン・シーノン公爵令嬢は死ぬつもりだったのか?」」」


 目を見開いて驚いている公爵令嬢に、カロン王は首をすくめてみせた。


「こういう場合は通常、王による訓告後に自宅謹慎するのが一般的だからね。君は自宅に戻った後、大国から手に入れた毒を飲んで死ぬつもりだったんだろう?……申し訳ないんだけど、それだけは諦めてほしい。君は私の親友の忘れ形見なんだ。亡くなった彼の代わりに君が幸せになるのをずっと君の傍で見守りたいと願っていた私が君を死なせるわけがないだろう?その代わりと言ってはなんだが、これからは出来る限り私が君の父様として君の傍にいてあげるよ」


「私の父様……ですか?」


「うん、そうだよ。何、これからは沢山いる王子達に国政を分担して任せることにしたから、私の負担は随分軽くなるんだよ。で、城の中の大聖堂の横に修道院を併設するから、これからは朝夕は一緒に中庭を散歩して、一緒に花を愛でようね。三度の食事も同じテーブルで食べ、10時と3時のお茶も一緒に取ろう。休みの日には一緒に町を見に行こう。もしも雷が鳴って怖い時は怖くなくなるまで、私とチェスでもして遊んでいようか。そうそう爵位を剥奪して修道院に送り込んだ後に君を私の正式な養女にしたいと考えているのだけど、了承してくれるかい?そしてね、もしも君が誰かに恋をした時は教えておくれ。君に相応しい相手かどうかをじっくりしっかりと検分した後は、私の娘として君を世界一素敵なお嫁さんとして送り出してあげるからね」


 王の言葉に公爵令嬢は涙を溢れさせ、自分を優しく抱きしめてくれている王の胸にそっと顔を寄せた。


「本当に……本当にそんな風に私と生きてくださるのなら、私はどこにもお嫁になんて行かなくてもいいです。ずっとカロン国王陛下と……カロン父様と一緒にいます!」


「何と可愛いことを言ってくれるのだろう!ありがとう、イヴリン。世界一可愛らしい娘を持つことが出来た私は世界一幸せな父様だ。ささっ、もうこんな所は用済みだ。一緒に私と城に行こう。君の誕生日の祝いの席を用意しているんだ。チョコレートケーキが大好きだっただろう?イヴリン。16歳、おめでとう!」


「ううっ。ありがと……カロン父様。嬉しいです。……本当にありがとう、です」


 王にエスコートされ、公爵令嬢は堂々と退場していく。王子は顔を青褪めさせたまま膝から崩折れて、王子の取り巻き達は王位継承が絶望的になった王子から離れ、他の王子達の元へ向かっていった。


 そんな中、男爵令嬢は公爵令嬢の前に出ていくと、淑女の礼をしたまま深く頭を下げた。王は素通りしようとしたが公爵令嬢は王に声をかけ、男爵令嬢の前で立ち止まった。男爵令嬢は黙ったまま頭を下げ続けるので公爵令嬢が先に声をかけた。


「昨日はごめんなさい。怪我をさせてすまなかったわ」


「いいえ、イヴリン様。私こそ、この一年近くもの間、イヴリン様に礼儀作法や淑女としての心得などを沢山教えてもらっていたというのに礼を言うどころか、恩を仇で返すような事態を招いてしまいまして、お詫びのしようもございません。今更、このようなことを言っても信じてもらえないでしょうが、神に誓って私は王子様との縁を望んではいませんでした。将来は王妃となるイヴリン様を支える女官となることだけを望んで、今まで頑張ってきたのです。……しかし、このような結果になってしまい、本当に申し訳ありませんでした。イヴリン様の悲しみを全て償うことは出来ませんが、今後はあなた様に代わり、私は王妃になるための勉強に邁進するつもりです」


「え?あなたは王子様を好いてはいなかったのですか?それなのに……王妃の勉強を?本当にいいのですか?王妃は常に孤独に身を置いていないといけないのですよ?愛がないままでは、とてもではないですが耐えきれるものではないのですよ」


 公爵令嬢が心配げに言うと男爵令嬢は微笑んだ。


「ご心配なく。恋情という名の愛ではありませんが、私はある方を深く愛しているのです。傍にいることが出来なくとも、その方が幸せであるならば、ただそれだけで私は幸せなのです。……それだけで良かったのに、昨日の私は誰よりも早くに祝いの言葉を言いたいと欲を出してしまったから、あのようなことに……いいえ、なんでもないのです」


 男爵令嬢は後悔の表情を見せた後、片膝を床につけ胸に手を当てると、まるで騎士が姫に忠誠を誓うような騎士の礼をし、公爵令嬢を見上げた。


「ありがとうございます、イヴリン様。私はその方への愛があるだけで十分なのです。誰にも好かれず嫌われようとも全く構わないと思っています。私は、この先の人生が孤独なままだったとしても、その愛を誰にも見せないように隠し持って幸せに生きることが出来る剛の者なのです。だからイヴリン様はどうぞ、カロン国王陛下とお幸せに。”真実の眼”を持つカロン国王陛下は善王なので、きっとイヴリン様を幸せな未来に導いてくれるはずです。いついつまでも私はあなた様の幸せを心から願っています」


 男爵令嬢とイヴリン・シーノン公爵令嬢は一瞬見つめ合った。


「……ありがとう。私もあなたの幸せを祈っているわ」


 そう言って公爵令嬢は微笑んだ。その微笑みは社交界の銀色の薔薇と呼ばれる、いつもの冷たい微笑みではなくて、天使と見間違えるほど無垢で愛らしいものだった。それを一番傍で見た男爵令嬢は、公爵令嬢のことを例え生まれ変わっても絶対に忘れないようにと魂の奥深くに公爵令嬢の笑顔を刻みつけるのであった。


 〈完〉

※前編の前書きに書いていた入れなかった理由は、作中の【僕のイベリスをもう一度】という乙女ゲームの悪役はイヴリン・シーノン公爵令嬢とカロン王(ミグシリアス復讐エンドのカロン王)という設定にしていたから、このエンドは没としました。


ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。

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