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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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シーノン公爵家の最後の日(中編)

 7日後、城に上がった()()()()()()に、皆は思わず身も毛もよだつ悪寒を感じざるをえなかった。


 いつもきっちりと長い髪を一つに結わえていた彼が結わえずに、長い髪を下ろしたまま、フラフラと登城するなんてありえない!何があった!?と彼を凝視すればシーノン公爵の銀色の長い髪から垣間見えるのは、いつも以上の不機嫌顔だった。


 あの、いつもの()()()()()だった顔が、まるで()()()()()()()()()()()()()()のような憎悪ともとれる表情で見るモノを次々と睨んでいき、極めつけには射殺さんばかりの眼力全開で王を睨めつけるように見つめているではないか!まるで積年の恨みをこめたようなシーノン公爵の視線に王は怯んだ。と言うのも、シーノン公爵は皆に氷の公爵様と呼ばれているが、その不機嫌顔の通りに不機嫌だったことは、これまで一度もないことを王も城内の者達も皆知っていたからだ。


 不機嫌なのは顔だけでシーノン公爵は、王や他の貴族のように一度も周囲の者に八つ当たりをすることもなければ、王や他の貴族のように仕事を他の誰かに押しつけることもない、とても真面目で誠実で、丁寧な仕事をしてくれる一番の常識人だと密かに慕う者も多かったのだが……今日の様子だと、随分とシーノン公爵は精神的に参っているのだろうと誰もが噂し合った。


 王もシーノン公爵は本当に生真面目で、ただ目の前の仕事をこなす以外の野心など持たぬ男だと、学院生時代からの付き合いでよくよくわかっていたために、彼を信頼していた。そして生真面目な性格故に妻との離婚や彼の神様のこどもの病で、相当精神的に追い詰められていた、ここ数ヶ月を思いやって、7日間の休暇を与えたのだが、どうやら回復どころか悪化したらしいとため息をついた。怠惰な王はシーノン公爵に同情し、睨む彼に寛大な心で励まそうと声を掛けたところ、シーノン公爵にあるモノを手渡された。


『事務次官退職届け』『公爵位返還届け』『貴族院除籍届け』『領地・領民返還届け』『公爵家としての親戚縁者への私財分与内訳表』『今年度分月割り税金支払い証明書』『今月分日割り給与受取書』『王の代行業に対しての未払い報酬請求書兼領収書』……等々。


 そこには、貴族を辞めるために必要な書類一式が用意されていた。


「おまっ!お前、これ!?何を……ヒッ!!」


 結われていない長髪から覗く、その表情が王にそれ以上の追求の声を出させなかった。そこには()()()()()()()男の顔があった。


「必要書類はこれに。……()と今までお世話になりましたが、これで」


 シーノン公爵は身を翻して去って行った。王や他の貴族達が我に返って、慌ててシーノン公爵を引き留めようと城内の者に呼び戻すようにと命じたときには、彼はもう下城していたので呼び戻すことが出来なかった。彼の仕事部屋もすでに整理整頓がされていて、生真面目な彼らしいと他の事務次官達は涙を流して彼との別れを悲しんだ。


 慌てて王は、シーノン公爵が申請した書類を破棄し、シーノン公爵の辞職やら貴族位返還を取り消す命令をしたが、貴族院法に則って、正しく申請されたそれらは例え王であっても無視できず、王の一存では取り消せないのだと王の側近達が王を宥めた。どうしてもシーノン公爵を手放したくない王は、ならば有識者を集めて、これらの書類の不備を見つけ、これを無効にする手立てを考えろと関係者の招集を命じた。


 その王の招集命令に応じて、貴族院のお偉方や法律家達が集まったのは……その三日後のことだった。王は集まるのが遅すぎると腹を立てたが、へディック国の各領地にいた彼らが国の中心にある城に集まるには、その日数でも最短の時間だった。


 前王の時代から貴族院法関連を携わるお偉方や法律家の老練な彼らは、頑固で融通が利かないと普段カロン王が敬遠する、心ある貴族の者達だった。急かせる王を尻目に彼らは、その後10日間ほどかけて、いつも通りに大量の書類一式をじっくりと確認した。


 少しでも不備があれば、シーノン公爵の申し出を()()にし、呼び戻さねばならなくなる。生真面目な彼らしい完璧な書類の束に感嘆する彼等に、王は舌打ちをした。カロン王としては、それらの書類が完璧なのは、火を見るよりも明らかなことだった。自分よりも完璧な国政を執るシーノン公爵がそんなヘマなどするわけがないのだ。


 だからカロン王は招集した彼らに王の気持ちに添った、()()をしてもらいたかったのだが、あからさまな遠回しになっていない遠回しで露骨にそれを命じたにも係わらず、彼等は書類の不備を捏造することもなく、真面目に書類一枚一枚を皆で審査していった。


『王の代行業に対しての未払い報酬請求書兼領収書』と書かれた最後の書類で、それまで順調に認可をしていた彼等の手が止まった。これは一体?……と首をひねりつつ、添付された請求書の内訳書類の内容に目を通した彼等は顔色を変え、慌てて城の人事や事務次官長や財務室長、事務局長、城の執務官と学院時代からの侍従や側近、王付きの近衛兵、その頃、王が寵愛していた側妃……等々、その書類の真偽を知っているだろうと思われる関係者達を一人残らず呼び集め、事情を聞き始めた。


 王は、その様子を見て満足する。どうやら捏造するために口裏合わせをしてくれているのだろう……と。ああ、ようやく忖度してくれる気になったのかと喜んだのだが、あまりにも時間がかかりすぎるため、痺れを切らした王が大声を上げた。


「もう、すっかり夜ではないか!あれから10日間も待たせるなんて、お前等は、のろますぎる!早くシーノン公爵の不備を言え!」


 急かす王に彼らは報告を始めた。今回のシーノン公爵の申し出は、国法的にも貴族院法的にも至極正当なモノであり、全ての書類は一切の不備も見当たらない、完璧な書類だったと太鼓判を押した。


 彼が大臣の職に就いていたのなら引き継ぎに1ヶ月は掛かっただろうが、彼は8人いる事務次官の内の1人であり、他に事務次官は7名もいるので引き継ぎする必要も彼にはなかった。事務次官の人手は充分足りているのだから、1人くらい辞めても……事務次官の仕事()()()見るならば誰も困らなかった。何故ならば事務次官が8名もいたのは、普段から貴族は仕事をさぼる事が多く、急に辞めることも多いので、それに対応するための人事だったのだから、シーノン公爵が急に辞めても……事務次官的に言えば、何も問題はなかったのだ。


 貴族は急に辞めることが多いので、その書類にはいくつもの不備があるのが普通で、自分達のような者は、いつもその処理に手間取って困るのだが、さすがはシーノン公爵!煩わしい手間を省いてくれたと彼等は笑顔で言った。他の貴族達も、ここまで完璧に揃えてくれれば、困らないのにと彼等は完璧な提出物に絶賛した。が、これに異を唱える者がいた。それは事務次官の彼に執政の仕事を丸投げしていた王だった。


「み、認めないぞ!シーノン公爵を連れ戻せ!!あいつが……イミルグランがいなかったら、この国の政は上手く回らないぞ!この国には……私には、あいつが必要なんだ!……私があいつの神様の子どものことを、5才になる前に亡くなってしまいそうだと言ったから、あいつは思いつめてしまったんだ……!私のせいだ!ちくしょう!国中の医者を集めて、あいつの神様の子どもを治させろ!妻が欲しいなら、国中の女をあいつに宛がえ!とにかくあいつに、元気を取り戻すようにさせろ!」


 自分の無能さを暴露する王に、周囲の者達はあっけにとらわれた。貴族院のお偉方や法律家達は、苦い物を口に含んだかのような渋面になり、その表情のまま言った。


「……それは一体どういうことで?詳しい説明をお願いします。私どもは城勤めを引退した老いた身ですので、ここ最近の城事情に明るくないのです。ですから出来れば、カロン王が18才で戴冠されてから、シーノン公爵が王の代わりに執政をしていた理由と、その前の3年間も学院生だった彼に、補佐とは名ばかりの王子の仕事も身代わりさせていた理由をお聞かせ願いたい……」


 カロン王は彼らの静かな怒りに気づかないで、キョトンとし首をかしげている。城の執務官達は青い顔色で彼らに事情を説明する。


「賢王の再来かと称えられていた、ここ十数年の執政はシーノン公爵の功績だったんですか。……ああ、それで、この書類の束。……納得しました。関係者達の事情聴取による話の内容と書類の中身、日付、場所、そこにいた証人の名前、仕事内容がピッタリ一致する……。


 さすがシーノン公爵、王が彼にさせた、身代わりの王の代行業とも言える仕事に対しての、過剰でも過小でもない、正当で適正な価格の請求書で領収書でしたな……。……これは、この国、終わりましたな……」


 その場にいた者達は、()()()()()()()()()()()()という事態に、その場の空気が一瞬だけ固まり、次の瞬間、城中の者達が慌てふためき、どうしたらいいのかと意味も無くウロウロしたり、騒ぎ始めた。


 貴族院のお偉方と法律家の手元にある、その領収書は呆然とした彼らの手から滑り落ち、慌ただしくなった城内の者達によって、踏まれ、蹴られて、いつのまにかなくなってしまった。その一枚の領収書には、『今までの王の代行業への報酬未払い金、下記の金額一括を確かに受け取りました』と一筆が添えられていて、その金額を見た城の財務を預かる者達は、後に国庫が空になっていることに頭を抱えることになった。


「やっとわかったか、愚か者め!さっさとイミルグランを連れてこい!」


 とふんぞり返る王に、事情を伝えた者も聞いた者達も思うことは沢山あったが皆、押し黙った。もうすっかり夜も更けてしまったので、次の日の早朝に数人の者が、シーノン公爵邸に使いに出ることに決まった。


 その早朝、使いに出た彼らが見たのは城よりも綺麗な白亜のシーノン公爵邸……ではなかった。そこにあったのは、更地としか言えない……何もない空き地しかなかったのだ。そこにあったはずの屋敷は跡形もなく、……まるで初めから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように、瓦礫一片だって残ってはいなかった。

※ここに書かなくてもわかるとは思うのですが、念のために補足します。7日後にやってきたのはシーノン公爵に扮したナィールです。正式な書類一式だけでは、王が引き下がらないとすでに予想していた彼とセデス達が、絶対に追いかけられないようにと裏工作しました。


ナィールは自分の親友で、主であるイミルグランの報酬を、真っ当な弁護士として真面目にキチンと回収した結果……城の国庫を空にしてしまいました。ちなみに城の国庫から回収してくれたのは、ナィールの仲間で、義賊的怪盗をしている悪党の人達でした。民を思いやっていたシーノン公爵のために自らボランティアを申し出て、請け負ってくれました。


真っ当な対価を回収したこととイミルグランに王の代行をこれ以上させないことは、カロン王と城の者達へのプチざまぁ(=ささやかな復讐)となっています。

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― 新着の感想 ―
ささやかな復讐にしては社会的影響が……
[気になる点] 八つ当たり は名詞なので活用しないです。 [一言] まだオープニングですが、裏話がすごい!これからどんな展開になるのか楽しみです。
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