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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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シーノン公爵家の最後の日(後編)

 使いの者達は慌てふためきながら、シーノン公爵邸のあった更地の隣の家に駆け込み、これは一体何事が起きたのかと、問いただした。早朝すぎて、寝ぼけ眼で起きてきた隣家の主人は、寝間着にガウンを羽織ったまま話し出した。ぼんやり口調の主人の話をまとめると、このような話だった。


 2週間ほど前に国中の建設業者がシーノン公爵邸に招集されて、全額現金前払い、おまけのお小遣いも大盤振る舞いの、その仕事依頼に大張り切りで彼らが取りかかった結果、シーノン公爵家の白亜の建物は瓦礫も処理されて、あっという間に更地へと変わってしまったらしい。


 その日、朝早く彼らに依頼したシーノン公爵は城に登城したと思ったら、その日の午前中に帰宅した後、シーノン公爵家の白い馬車に沢山の荷物と彼の神様の子どもと思われる小さな子どもがくるまれているのだろう毛布の塊を大事そうに乗せて、出て行った。良き隣人だったと別れの挨拶を交わした後に、隣家の主人が行き先を尋ねると、思い詰めたような表情のシーノン公爵は、北方にある療養施設で神様の子どもを療養させたいと話していたという。


 使いから戻って来た彼らがこれらの報告を終えると、王は早速、王命を携えた使者という名の捕縛隊を結成させるように命じたが、捕縛隊のメンバーを決めるのに4日間かかり、集めるのに3日間かかり、やっと、その次の日の早朝からシーノン公爵を追いかけはじめた。


 2日後の深夜、シーノン公爵の乗った馬車が崖から落ちていたという知らせが入った。


 北方にあるその施設に行く途中の山道での事故だった。地元の村の者の話によると、シーノン公爵が城を出た日の夜に、危険な山道に行く道に走り去った馬車があったということだった。崖の道が公爵家の豪華な馬車に、これでもかと詰め込まれた荷物の重量に耐えられずに、崖崩れを起こしたらしい。事故現場の崖下からは煙も上がっていて、山火事になるかもしれないとの追加の報告も入ってきた。


 その場所は崖の下が森になっていて、肉食の野生動物も多い、危険な場所だった。その場にいた捕縛隊は王の命令で消火隊兼捜索隊と名を変えて、森の消火活動と襲いかかってくる動物の駆除、捜索を続けなければならなくなった。


 そうして2ヶ月後、やっと事故現場にたどり着いた彼等を待っていたのは、燃えた馬車と積み荷の燃えかすと、焼け残って変形した鉄輪、馬の骨らしきものと……人骨らしきものだった。どうやら肉食動物達はよほど腹をすかせていたのか、馬と人骨の頭蓋骨以外の骨という骨は粉々になっていて、真っ黒な頭蓋骨も沢山囓られた痕が残っており、大半が欠けていた。おぞましい現場から思わず目をそらせるように、空を見上げた地元の者が高い木の枝に、日の光が当たってキラキラと銀色に光る糸らしきものが、からまっているのを見つけた。


 とうてい常人では上れないような位置に、まるで月の光が編み込まれて出来たような美しい銀の糸が、からまっているのを不思議に思った者達は、木を切り倒して、それを手に取り、それが糸ではなく、銀色に光る髪だと知り、そこにいた者は皆、息を飲んだ。


 銀色の髪は何本も絡まっているのだが、それはただ一人の髪ではないとわかったからだった。シーノン公爵の髪の他にもう1人……シーノン公爵と同じ色だが、大人の髪よりもはるかに細くて柔らかい……神様の子どもらしき人物の髪も遺されていて、それこそが、この事故現場にシーノン公爵親子が確かにいたという、何よりの証拠となっていた。時間が経ち、変色した血液が所々付着して、しかも焦げた匂いのする銀髪は、骨の残骸と相まって、捜索隊の人間達を恐怖と憐憫の情に突き落とした。


 その訃報の知らせを受けたシーノン公爵の親類縁者達は、さも辛そうに神妙な顔を作って、悲しんでいるように見えるよう、零れてもいない涙を拭くふりをした。貴族籍を脱けたのだから、葬儀は上げないと彼らは言った。


 代々のシーノン公爵家の領地にいた領民達は大きく悲鳴を上げ、慟哭し、領主の死を大いに悲しんだ。親戚縁者から無理矢理領地経営を取り上げられたにも係わらず、シーノン公爵は領民のために領地経営の改善案を執事を通して渡してくれ、こっそりと的確な指示も出してくれていた。おかげで領民達は傲慢で物知らずな親戚達から自分たちの生活を守ることが出来たので、彼等は今代のシーノン公爵をとても慕っていたのだ。彼らはそれぞれが持ち寄りでシーノン公爵親子の葬儀を上げることにし、シーノン公爵家の顧問弁護士だった男もそれに参加し、弔辞を述べた。


 シーノン公爵は亡くなる前に貴族籍から除籍願いを提出していたし、彼の神様の子どもも5才になる前に亡くなってしまったので、神様の子どもは、この国の戸籍にも貴族籍にも入れられることなく、()()()()()()()として扱われることになった。


 彼ら親子の遺骨は法律上貴族として、代々のシーノン公爵家の墓には入れられないので、彼の顧問弁護士だった男が、ある女性の墓の隣に彼ら親子の墓を作った。貴族と違い、一般国民の墓には名前など刻まない。その二つの墓に誰が入っているのかを知っているのは、その弁護士だけになった。





 噂好きな貴族達の噂話は尾ひれ胸びれまでついて広まったが、すぐに別の貴族の醜聞が見つかるとそれらの噂に夢中になった途端、シーノン公爵家の不幸な事故の話は消え、やがてそのまま忘れられていった。


 王だけは、こんなにも悲惨な事故があったというのに彼らの生存を諦めず、捜索を続けさせよとの狂気じみた命令を取り消さなかった。家臣達は取り合わなかったが後日、シーノン公爵家の顧問弁護士だったという仮面の男が、王に面会を求めてきた。


 貴族籍は持たないが優秀な弁護士で、何よりもイミルグランの信頼厚い男だったと記憶していたカロン王は、面会を許した。念のため、仮面の下を確認したところ、茶髪碧眼のその男は目や鼻の周りに醜い火傷痕があり、それで仮面をつけているということだった。しゃがれた声も子どもの時の火事のせいだと男は言った。


『シーノン公爵は、あなたを誰よりも慕って、()()()()()()思っておられました』とカロン王に言って、親友を亡くされた王を少しでもお慰めしたくて来ましたと、面会理由を話した。カロン王が捜索隊を解散させない気持ちが理解できると言って、カロン王に共感の意を述べた。カロン王はたちまち機嫌が良くなった。『学院生時代から、一緒にいたのだ!当然だろう!』とカロン王は笑顔になった。


 普段、苦手な国政から逃げ回っていたカロン王に、口うるさい忠告をしつつも、見捨てることなく、仕事を手伝ってくれるし、カロン王にも苦手な国政を懇切丁寧に何度も教えようとしてくれていたイミルグランは、カロン王にとって、誰にでも自慢できる唯一の親友だった。自分を遊びに誘う悪友と呼べる貴族達だって、彼には一目おき、嫌みや悪口を言いながらも彼に話しかけられると赤面して、動揺するほど、美しく穏やかだったイミルグラン。遊んでばかりの自分に眉をしかめる、心ある貴族達が、こっそり憧れているものの、彼の不機嫌顔に躊躇して、中々話しかけることが出来ないその彼に気安く声を掛けることができる自分に、カロン王はゾクゾクとした興奮と何よりの優越感を憶えていたのだ。気を良くしたカロン王、警戒心を解いて彼の心地よい賛辞を聞いていた。


 シーノン公爵亡き後、泥沼の醜い公爵家の跡目争いは続いたが、誰も彼もが足の引っ張り合いで醜態をさらし、ついには、公衆の面前での刃傷沙汰になったので、カロン王と貴族院はシーノン公爵家自体を取りつぶすことを決めた。シーノン公爵家は王家の遠い親戚ともいえる家柄だったが、唯一の直系のイミルグランが亡くなっているのだから、これは自然な成り行きだった。


 豊かな領地と領民が国預かりになり、その地でのさばっていたシーノン公爵の親戚縁者達は、不祥事を起こしてシーノン公爵家を失わせた責により貴族位を奪われ、その土地から追い出されてしまった。貴族から、ただの一般国民になった彼らは、傲慢さや贅沢な生活を忘れられないせいで、たちまち困窮し、誰の助力も得られないまま、世間の荒波にあっという間に飲み込まれ……その後の彼らが、どうなったのか誰も知ることはない。


 王はシーノン公爵領の豊かな収益に期待したが王自身の失策により、その領地は瞬く間に大いなる負債の地になりはててしまった。賢く勤勉だった領民達は愚王に愛想をつかし、他国に逃げたり、教会へと駆け込んで修士となった。


 こうして長い歴史を持つシーノン公爵家は……その乙女ゲームの悪役令嬢である”イヴリン・シーノン”の名を貴族籍に刻む前に終止符を打たれて、このへディック国から消えていった。

この回では長年イミルグランやイヴリンの命を狙っていたシーノン公爵家の親戚縁者達が自業自得な、ざまぁをされています。

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