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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Scarlet.「わたしの人生の話 ~二人で還ろう~」

※スカーレット視点の一人称です。

 生きてれば嫌いなものなんていくつも出てくる。長生きすれば色んなことが気にならなくなるとかよく言うけど、それって諦めたり慣れたりしちゃっただけで、克服したとは言わないんじゃないかな。わたしはそう思うよ。


 二十五歳のわたしにとって、嫌なものはとにかく嫌なの。でもやっぱり、どうしようもないことだってある。


 本当は戦場に立ちたくなかった。でもさ、アスター城で働くってことは、ヴラドの命令に絶対従わなきゃならないの。もちろん全員が出征(しゅっせい)したわけじゃないよ。使えるって判断されたごく一部のひとが選ばれたんじゃないかな。知らないけど。でも確実に言えるのは、レミントンは選ばれるべくして選ばれた。そりゃそうだよね。狩りに向いた力を持ってるんだもの。あの朴念仁(ぼくねんじん)が行くと決まれば、わたしも行かなきゃならないってわけ。


 食べるため、生きるために動物を殺すことに抵抗はないよ。でも、この戦争はそうじゃない。ヴラドの個人的な興味でたくさんの人間が殺されて、こっち側にも犠牲が出る。わたしは誰も殺したくなかった。本心から。


 だからレミントンには砲台だけを狙うようにさせたし、間違えて殺しちゃったときはわたしの力で三秒前に戻ってリトライしたの。


 壁の上にいた女のひとを射抜いちゃったときも、本当はすぐに時間を巻き戻すべきだった。でも同時にお人形ちゃんから変な魔術をかけられて、そっちに意識がいっちゃったんだよね。だから、気付いたときにはもう運命を変えられる時間を逃してしまったの。


 お人形ちゃんがどんな魔術を使ったにせよ、あの子をどうにかしなきゃいけないと思って、右手を壊すことにした。何度も失敗して、やり直して、ようやく死なない程度に撃ち抜いたんだよ。実はあの子、三回死んでるの。もっと言えば、即死じゃなくても致命傷を()ったのは十回。


 殺せばよかったのかな。


 今になってそんなふうに思うけど、やっぱり殺さないな。三秒以上先のことが分かっていれば、もっと()えたやり方で、誰も殺さずに砲台を全滅させたはずだもの。わたしの人生ってこんなことばっかり。三秒だけなら何度だってやり直せるのに、もっと先の未来に待ってる悲劇をどうにも出来ない。後悔ばかり積もっていって、気持ちがぐちゃぐちゃになる。


 わたしには変えられなかった、ごく最近の未来の話をしよっか。


 お人形ちゃんが最後に撃ったとき、わたしは不発だと思った。どんなに目を()らしても弾は()えないし、魔力も感じられなかったから。でも、直前にお人形ちゃんが使った魔術を警戒して、一応かたちだけ避けてみたの。わたしの異能、無限遡行(ステップバック)は意識さえちゃんとしてればいつでも使えるんだけど、一瞬で意識を奪われたらそれでおしまい。即死だけが怖かった。


 馬鹿なわたし。貴重な三秒のほとんど全部、レミントンから目を離してたなんて。


 もちろん、レミントンが撃たれたと分かってすぐに時間を巻き戻したよ。けどね、戻れたのは着弾の一秒前。


 一秒でなにが出来るっていうの?


 本当に、本当に、わたしは無力だよ。


 何回繰り返したかな。何度、レミントンが撃たれる瞬間を見たかな。今までで一番多い三秒だった。


 魔力の塊を作って、視えない弾丸の軌道を()らすには時間が足りなかったし、その方面の魔術も磨いてこなかったんだよね。だから、たった一秒でわたしに出来たのは声を上げることだけ。


 色んな言葉で警告したよ。


 逃げて!


 避けて!


 しゃがんで!


 心臓守って!


 横にズレて!


 とか、やれること全部、言えること全部、色んな声色(こわいろ)で。


 レミントンの反応はどれも同じだった。こっちを見て、きょとん。もう少し時間があれば行動に移れたかもしれないけど、あいつ、こっちを見るだけなの。だから、わたしは最期の顔を何度も見ることになった。


 撃たれた瞬間、顔が震えて、そのあとに引き()って、緩んで。


 何度やってもレミントンは即死だった。でも諦めきれなくて、何回も何回も繰り返しちゃったんだ。そのうち、わたしがわたしの意思でレミントンを殺してるみたいに思えてきて、つらかった。つらくても続けるしかなかった気持ち、分かってくれるかな。


 三秒あれば、ひとは泣けるんだよ。


 それからわたしは、無限にやり直せる三秒を手放したの。散々泣いて、でも最後の三秒は、レミントンの名前を呼んで、精一杯笑ってみた。あいつが最期に見る景色の中心はわたしであってほしいし、泣き顔よりも笑顔のほうがずっといい。もちろん、これはわたしのエゴ。


 レミントンが倒れて、わたしは彼に駆け寄って、散々泣いたの。まだ全然あったかい身体に(すが)り付いて。これみよがしに。


 早くして、って思ったよ。早くわたしを殺して、って。でも、壁のほうを振り返って分かった。お人形ちゃんも倒れてて、だから、あの子はわたしを殺してくれないって。


 ようやく泣きやんだ頃かな。レミントンの胸ポケットになにかあるのが分かった。取り出してみると、指輪なの。緋色(ひいろ)の小さい宝石が()まったやつ。


 レミントンたら、恋する誰かに渡そうとしてたのかな。(すみ)に置けないんだから。


 指輪を嵌めてみたら、なんでかな、わたしの薬指にぴったりだったの。不思議だよね。


 ようやく泣きやんだのに、それでまた盛大に泣いちゃって。あのときのわたしは世界一無力で、世界一みっともなくて、たぶん、世界一幸せだった。


 ねえ、レミントン。猟師と魔術師は相棒だから、恋人になったり結婚したりしないのよ。森の掟、忘れちゃった?


 あ、ごめん。今わたしが話しかけてるのはきみたちで、レミントンじゃないよね。ときどきそういうの忘れちゃうんだ。


 レミントンの指輪を嵌めたまま、わたしは立ち上がったの。


 これからどうするのか。繰り返さなくても、自分のなかで答えは決まってた。信念っていうのかな、こうする、っていう強い気持ちがあれば結果なんて気にならない。普通のひとはきっとそんなふうに生きてる。わたしはわたしに与えられた異能のせいで、大事な部分が欠けてた。失敗したらやり直せばいいや、なんて気構えじゃ乗り切れない物事があるのを、ようやく身に()みて理解したんだと思う。


 わたしにはいくつかの選択肢があったの。


 ヴラドに状況を報告して、そのまま戦場の駒になる道。


 戦場から逃げ出す道。


 レミントンに縋り付いて死んだふりをする道。


 復讐のために敵陣を突っ走る道。


 見ての通り、わたしはどの道も選ばなかった。空中の蝙蝠(こうもり)に向けて、つまりヴラド相手に中指を立ててから、最前線に来たの。魔物よりも前の位置。きみたち人間兵の目前に。


 そしてこの長い長い、三秒区切りの、誰の記憶にも残らない、わたしの人生の話をはじめたってわけ。


 ご清聴ありがとう。わたしは最後の三秒、ずっと黙ってるつもりだから。つまり、なにも話してないことになる。わたしが演説をはじめたのは気まぐれで、きみたちのためじゃないよ。言うなれば自作自演の走馬灯(そうまとう)ってところかな。


 わたしはこれから、きみたちの手で殺される。死にたいわけじゃないんだけど、そう決めたの。だって、ヴラドの目があるんだから逃げるなんて不可能だし、部隊に戻ってこれまで通り役に立つなんて絶対嫌。


 うーん、でも、殺されるとか死ぬとか、なんか違うな。なんというか、表現が。


 そう、もっとぴったりな言葉がある。


 わたしはこれから、森に(かえ)るの。大好きなエリスライトの森に。必死になって守ろうとした、あの頃のエリスライトの森。記憶のなかにある、一ミリも損なわれていない聖域。目を閉じればいつでも暗闇に浮かぶ大切な場所。


 レミントンも連れていってあげる。


 だってわたしたち、パートナーでしょ?

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『スカーレット』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。神眼の異名を持つ交信魔術師だが、とぼけた性格。遠方の物体を魔力の程度や種類、機構も含めて看破するだけの能力を有する。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『レミントン』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。射撃王の異名を持つ弓の名手。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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