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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1652/1660

Side Black Rabbit.「内緒の飴玉」

※黒兎視点の三人称です。

「567A」


 およそ三秒に一度の間隔で訪れるエイダの言葉は、予言と呼ぶにも啓示(けいじ)見做(みな)すにも(せわ)しない。なんであれ、魔力を正確に読み取る力のない黒兎は、水弾に宿(やど)る不可視の権能を打ち破るために彼女の託宣に従うほかなかった。


 今しも告げられた内容――567は千分割された座標を示し、Aは直進する弾丸を意味している。Bなら曲線軌道。Cは蛇行。Dは鋭角な蛇行。Eは衝撃波。


 身を(ひるが)して弾丸を回避し、前方の魔物をナイフの群れで蹴散らす。と同時に、後方の兵士への援護も(おこた)らない。


「249B」


 曲線軌道は前進か後退して対処する。


「951D」


 鋭角な蛇行は身体ひとつ横に移動して避ける。Cの蛇行も同じだ。Eの衝撃波も軌道は直線であり、かつ弾丸のサイズは変わらない。そして着弾しなければ衝撃を生まないようで、したがってAと同じく最低限度の回避動作で済む。


 メルキュールの攻撃はどれも標的に直撃するよう計算された無駄のない弾丸だと黒兎は推察していた。陸上での水弾と同様に。だからこそ、五メートル先の千分割された座標と弾丸の種類さえ分かれば回避可能。


 といっても、そう簡単な仕事ではなかった。はじめは何発か被弾したものだ。それでも痛みを(こら)えて集中力を()やさずにいた結果、今や一撃も身に受けていない。


 わずか数分でこうも完璧に(いた)れたのは、黒兎の才覚に()るところが大きいだろう。千の座標を暗記出来たのも、五メートル先から届く弾丸の種類に応じて最適な回避動作を導き出したのも、身体能力と算術の賜物(たまもの)である。


「735E」


 身を翻し、手元のナイフを振って魔物を蹂躙(じゅうりん)する。


「599C」


 右に移動して、再び定位置に戻りながら後方の血族と魔物をナイフの魚群で引き裂く。


 必死であることに変わりないが、自分以外の物事に思考を()くだけの余裕が今の黒兎にはあった。考えるのは、もっぱらエイダのことだ。


 こちらから見て二十メートルほど先の斜め上のほうで、彼女はひたすら両の拳を振るっている。いずれも空振りしているようにしか見えないが、実際はそうではないことくらい理解していた。右手に着けたグローブで周囲の水を固めて射出し、己に迫る魔物を打ち抜く。左手は裸の拳だが、本来そこにあるべきグローブは後方の魔物と血族を標的にしている。同じように水の塊を打ち出して撃退しているわけだ。


 それらふたつに加えて、エイダはこちらへの指示まで出している。とんでもなく忙しいはずなのだが、表情は凍ったまま変化はない。しかも異様なことに、彼女の視線はメルキュールにほとんど固定されているのだ。


 血族と魔物の位置は気配を読めば分かる。視覚に依存しない魔力察知を(ゆう)していれば弾丸の軌道をいちいち目視する必要はない。理屈では分かっていても、黒兎は舌を巻いた。


 騎士団の人間はみんな傑物(けつぶつ)なんだろうかと思えてならない。これで七番手というのだから驚きだ。


 そして、彼女にリーダーとしての素質がないと誤解していた自分に腹立ちを覚えた。これまでの夜間防衛や、彼女の普段の態度から、他者などおかまいなしの自己中心的な人物だと思っていたのだ。もはやその認識は訂正されている。


「385A」


 こちらの足りない部分を補って、なおかつ後方の兵士を援護している。それらの事実には、彼女がリーダーとしての役割をまっとうしていることが読み取れた。無口で、無愛想で、威圧的で、こっちのことをクソガキだなんて言うけれど、彼女は自分の役割に忠実だ。最前線で敵を相手にしながら、全員に気を配れる者がどれほどいるだろう。


「本当にお二人は優秀ですわね」


 メルキュールのゆったりした声が耳に入った。その間もエイダの指示は止まっていない。


「エイダさんの察知力もそう。黒兎くんの対応力もそう。先ほどから口にしている符丁(ふちょう)は事前に決めておいたものかしら。もしそうじゃないとしたら、先生、びっくりですよ」


 ちっともびっくりしていない口調だ。


 が、実のところメルキュールに驚きはある。黒兎はともかく、エイダは彼女にとって関心を()くにあまりある存在だった。


 エイダが黒兎になんらかの魔術を(ほどこ)したのは分かった。しかしそれはものの数秒で消えたのだ。今、二人の間に魔術的な繋がりはない。魔術を展開されたのが黒兎の両目というあたりから、エイダの口にする数字が弾丸の座標を示しているのはメルキュールにも推測出来た。弾丸の種類を区別していることも。


 黒兎には分からず、メルキュールのほうは把握出来ている事柄もある。彼はすべての弾丸が我が身を射抜く軌道と思っていたが、それは錯覚だ。


 メルキュールは二人の符丁が完成して()もなく――すなわち黒兎が完璧に弾丸を回避出来るようになってから、彼に直撃しない弾丸も織り交ぜてみた。が、それらをエイダは共有しなかったのである。例の符丁は直撃する軌道のみに限定されている。つまりは、エイダは放たれた弾丸の軌道すべてを読み切り、回避の必要なものだけに絞って指示を与えているのだ。魔物の撃破と後方支援をしながら、完璧に情報を振り分けている。


 エイダは非凡だ。魔具を二種類(・・・)扱うだけでもそう。


 メルキュールはグローブ以外に、彼女の眼帯の先に魔力を感知していた。その種類までは分からないものの、黒兎相手に魔術を送ったのはそれだろうと読んでいる。異常なまでの魔力察知も、おそらくは眼帯の先の魔具によるもの。


 教師時代、優秀な生徒に対しても、メルキュールはいつだって態度を変えなかった。劣等生も優等生も平等に扱わなければ可哀想だから。しかし内心では感動が(はじ)けている。とびきり優秀な子には、空想のなかでこっそり飴玉を与えたりした。誰もいない放課後の教室で、内緒ですよと唇に指を立てて。


 飴ひとつ、とメルキュールは内心で独白する。彼女はエイダの価値を認めていた。だから、もっと試したくなってしまう。幸い彼女は生徒ではないし、今の自分は教師ではない。なにより、一次試験と同じレベルの魔術を使うだなんて一言も言ってない。


 メルキュールが次に放った不可視の弾丸は、回避しようのない程度に巨大な、衝撃波を生む代物だった。ちょうど魔物の一群が一掃されたので都合がいい。次の一群が到達するまでの間に、間違いなく着弾する。


 果たして、メルキュールの推察通り巨大な水弾は激突し、苛烈(かれつ)な衝撃を生んだ。しかし彼女の目論見(もくろみ)は外れている。それが存外(ぞんがい)嬉しい。


 黒兎は、水中を高速で移動して自分の前に立ちはだかったエイダを目にした。彼女がグローブ付きの片手をメルキュールの方角に突き出したのも。


 その刹那、前方で土埃が舞い上がったのである。


「オネーサン、なにを――」


「クソガキ」


 言いかけた黒兎をエイダが制する。言葉を(さえぎ)られて不快に感じなかったのは、今自分が確実に助けられたのだと察したからだ。メルキュールが自分には分からない攻撃を仕掛け――つまり座標と種別で表せない新たな攻撃が生じた結果、エイダが動かざるを得なかったのだと。


 エイダは後方を親指で示し、黒兎に背を向けたまま命じた。


「お前は兵士の援護に回れ。オレはメルキュールを潰す」


 普段の彼なら激しく拒絶しただろう。今は不思議なことに、これっぽっちも反感が湧かない。頷くのがこうも容易(ようい)に出来たことへの違和感もない。


 メルキュールは戦闘の段階を上げた。おそらく、もう簡単な弾丸なんて来ない。足手まといになる気はないが、誰かが兵士たちの援護をする必要があるのだ。


 水中で回れ右をして、後方へと向かう。しかし、物事はそう思い通りにいかないものだ。


 泳ぎ出した黒兎は、すぐに圧力とともに押し返された。


 メルキュールは水の流れを操れる。それを思い出し、思わず歯噛みする。


「お二人の相手はわたくしですよ。お仲間を大事に想うのは素晴らしいことですが、試験官を無視するのはよろしくありません」


 後方に展開していたナイフの群れと、エイダのグローブが押し流されてくる。


 もはや援護は不可能だった。複製したナイフを射ち出そうとも、強烈な流れに(はば)まれるのは明白。


 屈辱に(おか)された黒兎の耳に、エイダの声が一筋の方途(ほうと)となって響いた。


「オレはメルキュールを潰して、この空間を消す。お前は好きにしろ」


 そう言いながらも、エイダは回収したグローブを()めた手を背後に――黒兎へと差し出していた。


 手を取れと言わんばかりに。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『黒兎(くろうさぎ)』→ハルキゲニアの元騎士。ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。『白兎』の双子の弟。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔眼のエイダ』→騎士団ナンバー7の女性。シフォンのかつての友達で、右目を失明している。グローブ型の魔具を所持。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュール』→夜会卿の第二部隊長。黒の血族で、ラガニアの伯爵。スィーリーの領主だったが、簒奪卿シャンティの侵略により、やむなく夜会卿ヴラドの所有地で暮らしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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