僕は結局変わりたくもなかった
僕がたとえどのような目に会おうが、それを気にしてくれる人は世界のどこにもいない。もともと両親も養ってくれる人もいなかった僕であるから、これからそうしようとしていることを咎める人も留める人もいない。だから僕は行動を起こす前に、一旦思考を休めることにする。眠くなってきたからまともに考えが働かない。もっと冷静に自分を見つめたい。
一瞬だけ、眠っていたように感じたが、頭はずっとはっきりしてきた。僕が死んで一体どうすればいいのだろうか。彼らがいるおかげで、僕のことを覚えてくれている人がいるという安心感が生まれた。疑似的に、一方的にではあるが僕が生きた証は彼ら自身に残せる。ただそれだけのことで僕は生きることをやめてしまっていいのだろうか。別に彼らが僕の代わりを二人で担ってくれるのだと考えたら、僕が苦しい思いをしてまで現世に居る必要はなくなってしまったように思えた。僕は死ぬ覚悟ができた。
だけれど、死にたがっていた僕をつなぎとめていたのは惰性だ。彼らの存在は惰性さえも奪ってしまえるような強いものだったのだろうか。それに、僕は死にたがっているけれど実際に死にたいと思ったことはない。生きているより死んでしまった方が楽に違いないという、死に対する期待感を膨らませているにすぎない。だけど死にたがっているから無理矢理に死ぬ理由を見つけたと勘違いしているだけではないのか。
仮に僕が死ぬのだとすれば、多分僕の生ぬるい人生で言うと死ぬと覚悟してから死ぬ瞬間までが一番苦しい時間になるのではないだろうか。そんな目に僕はあいたくない。だったらどうすればいいのだろうか。答えは簡単。死ななければいいのだ。という訳で、自殺決意ごっこはこれで終わり。僕は結局死ぬまで変わらずに惰性で生き続ける。僕はこれからも一生何もかも変らない。