その、出会い(再会とは呼べない)10
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「───ところでお兄ちゃん」
「ん、なんだクララ?」
それはこの日の夕方。
ガレスト学園生徒が泊まっているホテルの一角で行われた会話。
否、講師シンイチと生徒トモエ、クララで行われた魔力・霊力講義での一幕。
「魔力もやばい、霊力もやばい、って話だったけど──」
「そのまとめ方はどうなんだ、おい」
雑で物騒な総評に渋い顔をするシンイチだが、これはクララが正しい。
魔力と霊力、その特性や10対1で拮抗という相性の講義だけならともかく。
フォトンと魔力の同一性。そこから魔力干渉によるハッキングや不正な操作、
霊力との接触で起こるフォトン消失等によるガレスト社会そのものへの優位性に
ついてもきっちり説明された後となればむしろ柔らかな表現である。
何せ今日、魔力の初歩的な使い方を教えられた後にこの話を聞かされたトモエは
コトの重大性とそれを実行できる自分という事実に頭を抱えているのだから。
「なんてもん教えてくれんのよ!?!
これであたしは歩くガレスト破壊爆弾ってわけ!?!?
誰がそんなもんに鍛えろって言ったのよこのバカーーっ!!!」
という数分前の絶叫と混乱はさもありなん。
学園生徒として学んだ現代社会でのフォトンの重みを知るだけに。
オークライの惨状でフォトン消失後の状況を経験しているだけに。
一息で飲み込むには話が大き過ぎたのだ。
なお、これらの事実をトモエどころかクララにまで教えた理由は自衛手段を
増やすためだった。クララの身に起こった事件とオークライの事件。その双方で
発覚した様々な脅威や謎は彼女達の身の安全を脅かすものが多いとシンイチが
判断したから───というのも合わせて説明されたためにトモエはいま頭を
抱える程度で済んでいる。という側面もあった。
「──なら『理力』は?」
「りりょく?」
しかし力の話が続けばファランディアで育った少女がもう一つの力。
この場では三つ目となるその力について言及するのは当然の流れといえた。
知らぬモノの名にトモエが疑問の声と共に頭をあげるのも。
後者の場合は軽い現実逃避も含まれるかもしれないが。
「あぁ、巴はまずそっからだよな……いいか?」
「うん、私も復習したいし」
最初に質問をしたのはクララであるが、基礎知識が無いトモエへ先に
説明したいという提案を少女は予想していたとばかりに了承する。
これに礼をするかのように頷いた彼は解説を始めた。
「『理力』……お前相手なら名前の意味からの方がいいか。
俺が勝手にやった和訳だが、漢字では『理の力』と書く」
「ことわり……理ね。
色々意味はあるけどあんたが『力』の名につけたってだけでなんかヤバそう。
それ絶対あたしら側の意味で使ってるでしょ?」
理。ことわり。り。
物事の筋道。条理。道理。
辞書あるいは言葉としてはそういう意味が正しい。
されど、霊能力者・退魔師として聞く『理』は少しだけ意味が異なる。
もっと根源的な、この世すべての事物・自然の法則性やあり方を示す。
シンイチがそんな言葉をそんな意味のまま名付けに使ったのなら、それは。
「さすが専門家、察しがいい……実際、ヤバいぞ。
理力とは世界のルールとも言える理に干渉して望んだ現象を引き起こすもの。
自然現象を起こすも操るも、既存の物質・現象に何かを付与するのも、特異な
物体の創造までも可能という『限りなく万能そのもの』な力だ」
息を呑む。
その説明はかなり大仰で、万能という言葉は陳腐ですらある。
だが『教える』側に立っているシンイチが口にした言葉でもあった。
「……信一の言葉じゃなかったら、まず信じない話ね」
「それは光栄なことだが……信じられない話はむしろこれから」
「え?」
前半の素直な喜びから一転して後半は温度の無い声へ。
彼自身がこれからの話に呆れと諦観を抱いているような態度はトモエの顔を
自然と強張らせた。
「理力はそれ単体で物事を成し得る力だ。
魔力を魔法に、霊力を術にする必要もなく、力を振るうだけで結果を出す。
……まあ、解りにくいから周りはなんとかの術とか呼んでるみたいだが」
「間に術法を挟む必要がないとは便利ねぇ……あれ?
それってもしかして一工程省けるとかじゃなくて下手すると……?」
まさか、と怪訝な顔にシンイチは黙って頷きつつこんな例えを出してきた。
「例えば、炎を生み出すだけならどれでも可能でわりと簡単な話だ。
けれど『見た目は炎、でも熱は感じない、だが触れると凍る』とかいう
メチャクチャな炎を作ろうとするなら魔法でもスキルでも術でも複数のものを
微調整しながら重ねれば、なんとかできなくもない、ってところだが……」
「り、理力だと?」
「そういうものを生み出すと考え、イメージしながら力を放出するだけでいい」
そんなのありか。
推測はしていたが彼に肯定されてしまうと衝撃が重いトモエだ。
複雑な現象を起こす、あるいは複数の術を同時使用する難易度に比べてそれは
どれだけの工程と手間を省くのか。一工程や一手程度の差ではない。
霊力を精錬し、術式を整え、走らせ、状況に応じた微調整を重ね、狙いをつけ、
放つことでようやく完成するのが術だ。
理力はそれらをボタン一つで行うようなもの。
その速度と簡略化は脅威であり、可能とする性質を持つのが単純に恐ろしい。
スキルにも似た所はあるがあれは用途を限定した式を先に用意し発動・照準を
機械で自動化しているため簡単だが自由度は低く、間にスキル化という手間が
挟まれているため下位互換といえよう。
「勿論、無償じゃない。
複雑且つ通常あり得ない現象や物体を生み出そうとすればするほど理力が
大量に必要だ……逆を言えば理力があればあるだけ上限無くメチャクチャな
現象や物体を生み出せるということでもあるがな。
そしてそこが魔力・霊力との一番の違いとなる、だろう?」
「え、ええ、そうね……」
フォローなのかさらなる追加なのか。
魔力にしろ霊力にしろ、突き詰めればそれらは目的地までの燃料だ。
量を増やせば速度はあげられるし継続距離は伸びるがルートや路面状態、
乗り物は変わらない。どれだけ燃料を積んでも車は月には行けないのだから。
だが、理力はそれら乗り物・燃料・ルート・路面を好きに出来る。
あるいは初手でゴールから作ってしまうことさえも。
ロケットさえ必要なく、既に月にいる、ということに出来るのだ。
霊力の術理を学んできたからこそトモエはその無法さに慄く。
「ここでその具体例をいくつか挙げておこう───」
災害で壊滅した村を数秒で被災前の状態に戻した、という物体や土地を
対象とした時間逆行じみた所業。
大暴れする盗賊団の全武装に何も壊せない傷つけられない特性を遠隔から
一方的に付与して討伐隊が無傷で完勝した、というあり得ない反則。
日照りが続いた土地に雨を、豪雨が続く土地に晴天を。
それぞれもたらしたという天候ひいては自然現象への干渉・操作。
捜査が難航したある重大事件では“その事件の証拠を指し示す”という特性を
持たせて生み出した方位磁針が解決に貢献したという特異道具の創造。
「───さらに理力自体に破魔の性質があるから、ここまでのあれこれ全部に
邪悪な力を弾く特性が付与されてる……油断して触ったらすごく痛かった」
「…………突っ込まないわよ、ってか本当になんでもありじゃない。
理を冠する力なのも当然というかなんていうか……」
ひきつった顔に、疲れた声での、誰に聞かせるでもない独白。
『限りなく万能そのもの』という表現がまだ柔らかく思える実例の数々。
似たようなこと、近しいことならば霊術でも理論上は無理ではない。
ただし、人、物、場、星月の動きまで徹底的に揃えても、近似な現象を
起こすのが精一杯という不条理な差の上でだが。
「一応、万能の力と言い切らないのは不明な部分も多いからだ。
さっきは上限無しといったが本当にそうなのかは全く解らない。
理力でも出来なかった事柄がいくつかあるんだが、その原因が理力量の
不足なのか。使い手のイメージ・制御力不足か。単純に理力には無理なのかは
未だに謎なんだよ」
「信一でも解らないなんて…」
「評価してもらってありがたいが、俺は色々知ってるだけだよ。
あっちで一度も誰にも解かれてない謎を解ける頭脳はないさ」
笑いながらあっさり呟かれた声には嫌味も謙遜も卑屈も影も無かった。
尤もその場にいる女性陣二名はすっと目を細めて疑う様子を見せる。
「そういうもの?」
「そういうものさ。
あ、謎ついでに白状するが、だからクララの疑問は答えに少し困る」
「え、私の難しかった?」
意外そうな顔に、いや、と首を振ったシンイチはそれこそ困った顔で、
それこそ白状するように「解らないけど、解るんだ」と禅問答のような
言葉をこぼすとその内実を語った。
「他の力との関係性や相性、ガレスト社会への影響力についてだろ?
けど霊力は存在知ったの帰還してからだから推測はあっても実証ができねえ。
魔力より出力が5倍ぐらい上ってのは解ってるけど、あくまで双方共に
攻撃エネルギーとして放ってぶつけ合った場合で……そもそも理力なら
フォトン無関係にどうにでも出来ちまうからなぁ」
「「あ」」
明確な真実は解らずとも理力が万能過ぎるため結果は明瞭。
突き詰めれば「その理力使いの理力量と人間性による」としか言いようがない。
そんな身も蓋も無いものが、よりにもよって疑いようのない答え。
まさに「解らないが、解る」であった。
「……けど、どの道また魔力側が弱いのね」
理力相手には出力が五分の一劣り、そも真正面から争える力が無い。
霊力相手には十倍以上の量で挑まなければ接触しただけで消される。
相性や特性だけを考えれば魔力は下位のエネルギーといえるだろう。
「殆どの人が持ってる、社会に浸透している、という圧倒的な保有者数や
汎用性からすれば魔力の方が便利ではあるけどな。
性質や使い方も概ね研究し尽くされてるし」
「使うだけならそっちの方が確実で安全よね。
でもそうなると霊力使いとしては相性が解らないのはちょっと嫌だわ。
霊力はあたしでいいとして、誰か理力使える人っていないの?」
「いたらマーサさんたちだけでとっくに脱出できてるっての」
「あぁ、それもそうよね……となるとやっぱり信一も使えないんだ?」
所々の態度からそうではないかと感じ取っていたトモエだが何か納得できない
ものがあるのか疑わしい視線であった。
「正確には、使えない、ではなく、持ってない、だな。
理力は特殊な儀式を経て初めて手に出来る後天的な力なんだが、誰にでも
持たせる訳にはいかないから審査が厳格な上に得るデメリットが重たい」
「だから世界全部で百人ぐらいしかいないんだよね、理力持ち」
「まともに使える奴はその半分以下だしな」
「たったそれだけ!?
はぁ、それじゃあもうどうしようもないのかー」
その分、詳細不明でも実害は無いといえるがここまで『力』について色々な話を
していたからか。無性に気になってしまったトモエは落ち着かない様子だ。
それを見かねたのか。少し考えを巡らせた彼は一言。
「……想像の上に成り立つ仮説、ぐらいならあるけど聞くか?」
そういって語られた仮説は言葉通りの裏が取れてない机上の妄想だったが、
あり得るかもしれないという可能性があったため。そして霊力側が優位かも、
という結論だったため彼女のもどかしさ解消には役に立ったらしい。
尤も。
「お兄ちゃん、理力ついでになっちゃうけど───」
「ん?」
「───聖女さまのこと、聞いていい?」
少女の本題はむしろ彼女に関する話だったらしく───
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気軽に誰かを話題にすることもできやしないのか。
その数時間後にこれとはさすがに笑えない仮面の下の少年だった。
しかも理力と霊力の相性問題に関してはより複雑である。
何せ。
『……なんでこじつけ推測が当たってるんだよ』
手の平に霊力を集めて形作った極小の盾をかき消しながら零す。
サイズだけなら盾と呼ぶのもおこがましいカード数枚程度のそれが聖女が
凶器として纏ったあの理力の塊を触れただけで呆気なく解体したモノだった。
シンイチという少年が帰還後に実在を知った力である『霊力』。
己が「魂の力」を精錬し抽出した力と言われるそれを知って、彼の中で様々な
感情や感想、考察が生まれたがその中に一つこんなものがあった。
──これは理力の謎を解き明かす力なのではないか
件の儀式を経て理力持ちになった人間の体内でどう理力が生成されているかと
いえば生命維持に必要な基本的な量を除いた当人の魔力と当人の魂の力を
混合することで理力を生成しているのだという。
そう「魂の力」だ。
ならば『理力』とは『魔力と霊力』という本来なら明確な上下関係のある力を
融合させた力なのではないかという推測がシンイチの中で生まれた。
理力は長年この「魂の力」を計測できないために様々な不都合と謎を生んだ。
だがそこに『霊力』という概念が入れば停滞していた理力研究は五歩も十歩も
進むことだろう。
研究者でもないシンイチにはわりとどうでもいい話だが。
尤もそうは言ってられなくなったのはトモエに慰めで語った霊力との相性予測が
ほぼ予想通りで───明らかになるとファランディアで問題になるからだ。
霊力は魔力に対して十倍の差とそれを超えない限り強い優位性を持つ力である。
一方でその要素を取り込んでいるはずの理力は魔力に対しては単純に出力が
五倍あるという程度に収まっていた。
これは理力の中の元・魔力の要素と元・霊力の要素が影響しあって、
魔力への優位性が少し失われた結果なのではないかと彼は推測している。
つまり理力は万能レベルの無法力ではあるがただのエネルギーとして見た場合、
劣化霊力・劣化魔力の混合物でしかないのではないか、と。
そんなものに純粋な霊力をぶつけた場合、元・魔力要素は語るまでもなく、
元・霊力要素も性能差で押し負けてしまうのではないか。
少なくとも完勝は無理でもある程度は優位に立てるのでは。
シンイチ自身は自分でそこまで思考しておいて
「そんな単純な話があるか!」と内心、鼻で笑っていたのだが──
『──一方的に解体するとかなんだそれ』
最初の蹴りによる攻防の際、密かにマスカレイドは理力と霊力の接触実験を
行っていた。衝撃と慣性の消滅に動揺した彼女と時を同じくしてカレもまた
予想外の結果に愕然としていたのである。
一応。
あれでも。
眩しい素足やその秘奥の白さに苦言を呈しながらも。
驚愕の中ではあったのだ。
霊力に触れただけで理力が解けてしまった事実に。
そこからの聖女の攻撃を利用した幾度もの検証の結果。
純粋な霊力とぶつかった理力はその構成要素にある魔力部分が消滅させられ、
霊力部分が刺激されて表面化しようと暴れ出すという現象を起こすと判明。
そのため『理力』として存在を維持できなくなって解けるのだ。
しかもカレが所持する、量も質もたいしたことのない凡庸な霊力で。
『じつに私らしい、面倒くさい事実の発覚だな』
現在こちらとあちらが薄っすら繋がる事件が起こっている中ファランディアで
奇跡の力の代名詞たる『理力』がこちらで実在しないコトになっている『霊力』
に抗うこともできずに解体されたとなればどこがどう燃えることか。
しかも霊力は少なからず地球側の様々な宗教と結びついているケースが多い。
理力使いを囲っているリーモア教会にとってこれほど面白くない話もあるまい。
なんでこうなる。
ガレストにステラや教会勢力がいることも大問題なのに対処していたら
それ以上の問題を抱えてしまったような感覚に意識が遠のきそうであった。
『ん?』
それでも気絶できないのが。
それでも吹っ飛ばしてしまったシンシアを特殊な力場で受け止め、
ゆっくりと地面に横たえさせるのがカレであった。
キャッチの瞬間に気を失ったのにはさすがに驚いたが。
「シンシアさまっ、ご無事です、か……?!」
側仕えの女性が駆け寄ったのを何気なく目で追えば、妙な反応。
彼女を抱き起した途端に動きと表情が音を立てて固まったのだ。
信じられないモノを見て、聞いて、脳が処理しきれず停止した。かのよう。
睨まれるのを覚悟していたカレには困惑が勝る光景だった。
そこへ。
「でゅふふっ、へっへっ……やだぁ、んもぉ、あひゃひゃっ……」
ナニカ聞いてはいけない音が聞こえた気がするが幻聴だろう。
誰かに同意を求めたくなったが今のを聞いたのは意識を割いていたカレと
近距離にいたラナだけで他の者達は仮面の方を見ていて気付いていない。
吹っ飛ばされた聖女よりそれをやった側を警戒するのは当然の話だった。
『……マズイ、か』
そしてその顔にあるのは隠し切れない驚嘆と畏怖だ。
良くも悪くも最強の理力使いと呼ばれる聖女シンシアの猛攻を楽々と完封し、
一撃で吹き飛ばして気絶させたように見えるのが現状。
身内ゆえに理力の無法さと彼女の莫大な生成量を知るだけにその一方的な展開と
あっさりとした結果に頭より意識がついていけてない。
そんな顔であった。
それでも腰が引けてないのはさすが歴戦のリーモア騎士といえるだろう。
箔付けで勝手に使っているだけとはいえさすが女神の名を冠する者達だった。
既に一度仕舞った神装霊機で武装している辺りが特に。
『何を感じているか分かろうという顔だが、勘違いだ』
「は?」
そこをまず訂正しなければならない。
過剰に脅威と思われるのはマスカレイドの存在意義上、余分なのだ。
この加減が本当に難しいと仮面の下で少年は渋い顔をしている。
守護者にして抑止力の側面もある仮面は恐れられ過ぎると役目を果たせない。
数多の被害を出してでも排除しなければ、と思わせてはいけないのだ。
この場合、対抗馬として使い勝手のいい聖女が弱く見えるのも。
だが────実情を語れる猶予はいかほどか。
「なに、を……?」
『解らなかったのも当然だが、今のはかなり薄氷の勝利だったのだがな』
実際、穏便な決着だったのは予想外な霊力の要素を含めても様々な部分が
うまくはまったおかげであって実力差と評するには少し裏があった。
少なくともカレはそう考えている。
「……いくらなんでもフカシ過ぎだろ。
理力での攻撃をあれだけ防いでおいて、しまいにはあの背筋が凍るような
邪気塊での一撃だ……こっちはまだ震えと汗が止まらないよ」
見てみるかいと盾を持つ手とは逆の腕を彼女は差し出した。
距離があるのに汗にまみれて震えているのがはっきり分かる。
『そこだ、メリル殿』
そうか、そこもか。
邪教徒退治で慣れてる彼女らであっても。
あるいは慣れているからこそ濃度と階位の差に気付けてしまったか。
ならばとそちらの説明で事足りると慌てて脳内で話を組み変える。
『あれほどのものを放出しなければダメージすら与えられないのだ、こちらは』
「っ!?」
ハッとした彼女の視線が明確にシンシアに向けられた。
吹き飛ばされた。気を失ってはいる。衣服や肌に少なからず傷はある。
だがそれは自分達が震えてしまうような力を受けた痕としてはあまりに軽い。
その事実に衝撃を受けた顔だった。
「……何故あまり通じないと分かってて使った?」
『相性こそ悪いが、アレはどんな状態の理力にも当たるからだ』
「っ」
教会勢力だけにそんな説明でも理解してか各々息を呑む。
理力はほぼ万能ゆえに他の攻撃手段では無力化されてしまう。
魔力・魔法的な力も、物理的な破壊も、力比べに至らないまま消してしまえる。
だがあの邪神気とでも呼ぶべき赤黒き力は相性では弱いが力比べに持ち込める。
理力を相手にするにはそれは何より必要な特性だった。
「………はぁ、当たる、か。うまいことを言う。
一瞬でもそれが出来るなら、ああ確かに使い方次第で盾にも刃にもなる」
相手が無法な理力であるからこそ、当てられる事実が重い。
メリルはそこに仮面が打ち勝ったタネを独自に見出して納得していた。
「理屈は蹴りを受け止めた時と一緒か。
確実に当たるなら一瞬だけ聖女さんの理力とパワーが釣り合えばいい」
真相からは外れている推測だが霊力による予想外の効果が無ければソレで
対処する予定だったため間違いとも言い切れない。何より最後の一撃はまさに
それによって当てた力が彼女の防御を一瞬だけ上回った結果である。
良い読みだ。どれぐらい上回るかを読み間違えた自分と違って。
一方。
『全ては彼女が動揺と激昂の中でも周囲の被害を慮ってくれたおかげだがな。
さすがに広域や無作為での攻撃だったら誰も何も無事では済むまい』
彼女が行った攻撃がどれだけ威力があっても、どれだけ理力を行使していても
個人単位への単純攻撃でしかなかったおかげでなんとかなったとカレは嘯く。
嘘、ではない。
相性が悪く、当てられるだけの力で出来るのはその一点への対処だけなのだから。
尤もそれすら霊力か邪神気を持っていればの話でしかないが
「よくいう。
周辺被害へ言及したのも執拗に煽ったのも、お前さんだろうに」
そして盾使いだけにどうしてどうやってそうしたかは見抜かれていたらしい。
これに沈黙を答えとした仮面だが、その内面には納得が浮かぶ。
彼女目線では聖女に圧勝できる者が何故そんな面倒な誘導をしていたのかが
解らなかったのだろう。力の説明ですぐに納得したのはそこへの理解が先に
あったから。
「場を預かる、とは本当によく言ったものだよ。
結局割り込まれてからずっとあんたの手の平の上だった訳だ」
見事にこの場をコントロールしやがって。
翻弄された自省を込めた軽口に、だが感心もしたような声色が混ざっている。
だがカレはその評価にため息が出そうだった。これもまたそう見えるだけ。
『そうでもない。
あれで気絶されたのは想定外であったし。
それに……ああ、先に謝っておこう、これは私のミスだ』
「なに?」
『だからあなた方が気にする必要はない。
その代わりといってはなんだが───────動くなよ』
「っ」
お願いの形をした、圧のかかった声に皆が息を呑んだその一瞬。
誰もが見ていなかった死角から暗い刃が振り下ろされた─────




