オークライの長い一日2
最後ぶつ切りになってますが、失敗ではなく分けただけですのでご安心を
暗黒の天空からオークライ内層に向かって落ちてきた“光”は確かに
黒き巨腕が迎撃する形で殴りつけ、そして弾き散らした。
そう、散らしてしまったのだ。
破壊の閃光。落ちてきた悪意の光柱。その大半は巨大な黒拳によって
相殺されたように霧散したが、しきれなかった欠片は落下地点から
およそ放射状に飛び散って周辺建物を襲うことになった。それが
内層のあちこちで建造物の損壊や火災を引き起こしたのである。
光源を失い、エネルギーが届かず、装備が機能せず、システムが
停止し、あらゆる組織が動けなくなった、大規模都市で。
動かなくなったフォスタはこの都市の住人達の物だけであり、外部から
やってきた者達のそれらは通常通りに動いていた。されどここは単なる
居住都市。人々が営みをしているだけの都市だ。観光客などいても少数。
それも地球側の人間が多数。端末を持っていたとしても自衛が関の山。
まして集団で統率を取れた行動を取れるかといえば否であろう。
だから、というのもあってか動けているのは偶然この都市にいた
ガレスト学園の者達だけとなってしまった。そうして主に学園生徒達で
構成された臨時救助隊があちこちで消火・救助作業を行っている頃。
ある意味で彼ら以上に火を吹くような忙しさにあったのは
オークライ中央駅、その前広場に張られた仮設テントその内部。
仮の指揮所として作られたそこでは怒号混じりの報告と指示が
飛び交っていた。
「火災情報更新! C4エリアの火の手が止まりません!」
「っ、消火班には救助班到着まで延焼拡大阻止に専念させろ!」
「C12エリアより搬送者多数! 現地医療班から増援要請!」
「まだ足りないのか!?
病院に向かわせた生徒に連絡! 人手だけでも借りてこい!」
「偵察班、大規模事故を確認! 指示を請うています!」
「次から次へと……放っておくわけにもいかんか!
半数を残し救助者の有無と状態を確認! 後続の作業班と協力しろ!
残りは予定地点へ急げ! まだ観測しきれてない範囲が多いぞ!」
生徒、教員たちが所持していた各々のフォスタを同期させたモノを中心に
修学用や旅の記録用に持ち歩いていた様々な機材を使って作られた即席の
通信及び情報集積・解析システムは少数のオペレータでも確かな仕事を
果たしていた。されどそんな間に合わせな機材よりも圧倒的に数が
足りてなかったのは集まる情報や報告、要請に対して的確な指示を
出せる人間であった。
「ああもうっ、活動範囲を絞ってもこれか……荷が勝ちすぎるっ」
思わず小声ながらそんな愚痴をこぼす程に唯一の指揮官への負担が大きい。
他の教員たちは当然というべきかこういった現場に出た経験が皆無。
生徒達へ知識や緊急時の対応を教えられても救助作業の実践は別だ。
それでも外骨格やスキルの扱いに長けた教員達は現場に出すしかなく、
残りの教員達も様々な場所で後方支援を行っている。ただどうしても
全体指揮をとれる知識と経験を持つのは元・職業軍人のフリーレだけ。
否、学園教師という彼らの役職を思えば一人でも“いた”だけでも
僥倖であろうが彼女は元来後方に立って指示を出す側の人間ではない。
能力的にも性格的にも自ら敵陣に切り込み、指示に従う側であった。
フリーレの華々しい─ことになっている─経歴の中でも指揮官としての
勇名は無いのだ。されど全くの素人に任せるよりは幾分上等であり、
彼女の名は生徒達を従えるにも、もしもの際に責任を取るにも適当だった。
学園最強戦力が指揮所にいるのはそういった事情からである。他にも
事態が起こった時、後の予定の調整や各所への連絡のために彼女が
被害地域を見通しやすく外部とも連絡がとりやすい中央駅にいたのも
理由といえば理由だが不得意分野での重い責任を背負わされた当人には
なんであれたまったものではない。
「ふふっ、忙しそうだねぇドゥネージュ女教師」
「っ、城田教諭。ふざける暇があるなら働いてほしいのですが!?」
それを後ろから揶揄したのはどこか粘着的に見える笑みを顔に
張り付け、ぼさぼさの長髪を雑に垂れ流す黒縁眼鏡の女性。
ガレスト学園の─書類上は─技術科教師・城田 奈津美だ。
本来なら頼りたくはない相手だが、この事態で遊ばせておくのも、
目の届かない場所に置くのも、問題と感じさせる人物であった。
「あははっ、そりゃそうよね! こういう時ぐらい役に立たないと
さすがに学園からも追い出されてしまうかもしれないし!」
「ならっ!」
「と言いたいところだけど、これはもうどうしようもないわ」
「……あなたでもシステムの復旧は無理だったと?」
ちらりとフリーレの視線が城田奈津美の背後に向かう。
そこには簡易的な作業机に置かれたタブレット型のフォスタがある。
何かの作業中なのか彼女が触れてもいないのに次々と浮かぶ複数で大小な
空間モニターが出現と暗転、後に消えるという現象を繰り返していた。
「さすがの私でも存在してないモノを復旧させろとか不可能案件だよ」
「存在してないって……都市管理システムが破壊されていたと?
あれは確か、複数に分けたうえでデータ上にしか存在しないはずです」
「そ、どれかが破損、破壊されても全体が一気に死なないようにね。
万が一それすら完全デリートされても現実に存在する大規模サーバーが
一時の代行を行う緊急システムすらあるけど、そっちを利用されたわ。
どの端末から見てもクラウド上のシステムが正常に動いているように
見せかけて実態はその予備システムだけでここ最近ずっと運用されてたみたい」
「は? 何を言って、いや……サトウ教諭しばらく半分手伝ってください!
オペレータ、報告は思念通信に切り替え! 城田教諭、続きを」
これは口頭での報告や指示返しをしながら聞ける話じゃない。
またオペレータ作業に集中している者達に聞かれては不味い話と
判断したフリーレは遮音バリアを自分達の周囲にだけ張って脳内で
受け答えをしながらも思考分割した意識の一つで彼女と向き合った。
「あははっ、大変ね。まあ、計画的犯行ってやつよ、これ。
どれだけ前からかは知らないけど、大元の管理システムはガワだけに
なっていた。そして最低でも半月以上前から所詮、緊急時用の代用品
でしかないモノで一つの都市を運営させてた。当然、過負荷過ぎるわ。
もう一種の時限装置よ。だからある瞬間に限界迎えて、バァァンッ!
って弾けちゃった」
それが今日だった。
おそらく現実のサーバーは基盤から死んでいる、と彼女は何故か
ケラケラと笑いながら告げてくる。確かにそれは復旧以前の問題だ。
存在してないモノ、物理的に破損したモノを遠地から復活させるのは
どんな天才でも無理だろう。
「そんな……いや、だとしても個人所有のフォスタまで落ちているのは
どういうことですか!? それに一斉にシステムが死んだとしても
オークライ全体が一斉に光を失うわけじゃない!
まさかフォトン供給ラインすら同じことに!?」
「手持ち機材で調べた範囲じゃ、断定まではできないけどフォスタは
ウイルスが仕込まれていたんでしょうね。犯人が一時運営していた
都市ネットワークから全住民のフォスタへ。一斉に光が消失したのも
星陽以外は仕組みは一緒。管理システム経由で大元のフォトン炉心に
ウイルスを仕込んでタイミングを合わせて停止させたんでしょう。
同時にコントロール回線も壊されたみたいで外部からの復旧はこちらも無理。
そもそも起動プログラムが生きてるかも怪しいわ。まあ私が犯人なら
デリート済みかマニュアル再起動で自爆する仕込みぐらいするけど」
「っ、最悪だ……では、復旧は……」
「うーん、時間と人手と機材がもらえるなら末端の補助システムぐらいなら、
だましだまし使える程度のものを新たに用意できるかもしれないわ。
炉心もシステムが無いなら無いで私が作ればいいだけだし罠があっても
解除する自信はある。ただ、どっちも私が直接弄る必要がある。
現実のサーバーか炉心そのものがある場所に行って、ね……ダメ?」
「駄目です! 今は何もかも足りてないんですよ!
それにさすがにそこまでは許可できません! くそっ!」
城田奈津美の頭脳と技術力は両世界から天才のそれと認められているが、
人格面で問題があるとされ、半ば以上学園に追いやられ、そして
閉じ込められているも同然の人物だ。この指揮所で状況のひっ迫さと
被害の数々にモニター越しのオペレータ達ですら顔色を悪くしている中、
ただひとり機嫌良くニコニコとしながら絶望的な事実を語っている姿は
何かがズレていることを明白にしていた。現に今も、
「ちぇ、本場の炉心いじれると思ったのに」
などと堂々とこぼす始末だ。二重の意味でフリーレは頭が痛い。
何せ彼女は先日クトリアで起こった事件の協力者だった疑いもかけられている。
そんな人物に都市の命といえるフォトン炉心や管理システムを直接
いじらせるのは緊急時でも出来ない選択だ。それで劇的な効果が
あるのなら迷う所だが彼女ほどの人物が揃うモノが揃わないと末端すら
回復出来ないと言うのだからリスクだけが高い。
「くっ、まさかそこまで徹底的にやられていたとは……それではもう
オークライは死んだも同然の状態じゃないか!」
「言い得て妙ね。落ち着いてから脳から何から臓器総取り替えかしら。
あはっ、なんだかうちの学園みたいね?」
「笑い事じゃありません!」
「うふふ、ごめんなさい。
でもあの光の柱がそのまま落ちるよりはマシよ、現状」
城田奈津美は張り付けた、けれど楽しげな笑顔のままどこかから
引っ張るようにA4サイズ程の空間モニターをフリーレに突きつけた。
そこには正常なオークライをドーム内から俯瞰した映像が表示されている。
だが次の瞬間には暗闇に包まれずに光が都市内層部の東側に落ちた。
現実と違ってあの漆黒の巨腕の邪魔は入らず、直撃した光は一気に破壊の
衝撃を爆発させて全てを飲み込んでいく。そう、すべてを。
「っっ……」
息を呑む。単なるシミュレーションの映像と分かっても冷や汗が落ちる。
白い光の高波が、落下地点から円状に広がっていく。全高50mクラスの
建造物が呆気なく一瞬で消し飛ぶ威力と速さで。光だけを見ていれば
まるで巨大な蕾が落ちてきて花開かんとしているようにさえ感じるのが
逆に悍ましい。背筋が凍る。一瞬の数秒という光の開花で映像中の
オークライは中心部から全体のおよそ三分の二が消し飛んでいた。
爆心地は巨大なクレーターとなっており、まるで最初からそういう
地形だったのかと錯覚するほど何も残っていない。
「散らばった光の欠片の大きさとその破壊痕から逆算した威力よ。
実際の威力からそんなには違わないと思うわ。うふっ、なにを
どうしたらこんな兵器作れるのかしら。星陽を消したのもコレ
なのかそれとも別の? あはっ、面白いわぁ」
怖気が走るその試算を出しておいて関心はそれを成したナニカ。
しかもそれを作りだした技術へだ。甚大な被害への寒気も、それに
巻き込まれていたかもしれない恐怖も、これを狙った何者かへの
警戒も、城田奈津美の瞳には微塵もない。まるで菓子を与えられた童女。
眩しいほどの笑顔で壊滅した仮想のオークライを見詰める姿にさすがの
フリーレも得も知れぬ怖気を覚えて知らず足が下がる。
「けど、これすらもアレは上回ったのよ!」
そしてその純粋ながら異様な輝きを湛えた瞳は次を見つけて爛々と
煌めきを増す。いつのまにかモニターは入れ替わり、中身もCGから
記録映像へ。誰もが見ていた黒き巨腕が光を殴り飛ばしたその光景。
「単純な出力の話じゃない! あれは都市を一発で壊滅させる光!
それを余波もなく殆ど相殺してしまう攻撃を、状況的に咄嗟に
放てる……うふふ、もっとよく知りたいわね、カレを」
うっとりと熱ある視線を送り、モニター越しの黒腕を人差し指でなぞる。
疎いフリーレですら解るほどそこに恋慕のような感情はない。あるのは
狂気染みた、純粋過ぎるただの好奇心。されどそれもまた一転する。
「──────でも、出来過ぎてるわ。仕組まれ過ぎてて興醒めしそう」
高揚していた声から、表情から、色が消える。あまりに突然の変化に
目の前の人物が誰かと入れ替わったかと思うほど直前まで本気で
笑っていた彼女が、今は本気で笑っていない。
「いかにもあの小僧がやりそうなことよねぇ」
「城田教諭、なにを……」
「ねえドゥネージュ女教師、あなたもそう思わない?
運良くカレがいる状況で襲ってきた壊滅的な破壊の一撃。
散らばった欠片による災害も今日外部から来たばかりの私達なら
対処できる、現にそうなってる……都合がいいわねぇ?」
誰かに仕組まれたみたい。
言外にそう告げる彼女にフリーレは昨日の出来事もあって息を呑む。
都市一つを機能停止させた事態ですら、その都市を一撃で壊滅せしめる
攻撃ですら、何かの計画の一部でしかないのか。何が狙いだ。
次はどうする気だ。自分達で対応できるのか。私に何が出来る。
「っ、いや違う!」
不安が、怯えが、頭を支配しかけて、だが目の前の漆黒の腕に我に返る。
それは確かに考えなくてはいけないものだが、今ではない。
「貴重な意見ありがとうございます城田教諭。
ですが今は事態終結を優先したい」
視線だけ壊滅したオークライを見せるモニターを一度覗く。
こうはならなかったのだ。誰かさんのおかげで。今もそのおかげで
守られているものがある。なら、これぐらいの後始末ができなくては
これから彼に会わす顔がない。
「あら、つまらな」
「ですので──────あなたは何ができますか?」
「へえ?」
端的で、されど強い語気での問いかけに城田奈津美に笑顔が戻る。
──お前色々言うけど現状役立たずだぞ、何かできるのか?──
隠された挑発に気付きながらもそれが面白いといわんばかり。
彼女は確かにいくつか“こうなった”原因や犯人の手管を
暴いたがそれが今必要なことかといえば、あまり、だ。
現状把握には役立ったがどちらにしろ救助作業中の復旧は
期待していなかったフリーレからすれば同じことであった。
「いいわ、やってあげる。ここにいたままウイルスで殺された
フォスタを順次再起動させるわ、一度に都市全域は無理だけど
我らが学生救助隊が頑張ってる地域に限定してやれば……」
「出来るのですか?」
「ここの機材だと時間は最低でも15分は欲しいけど無理じゃない。
そっちはシステムを消されたわけでもエネルギー源や外部との回線を
失ったわけじゃないもの。起動できなくされただけ。強制的にこちらから
介入して原因を排除すれば今日を乗り越える程度には動くわ。
その先は保証しないけど」
「……わかりました、やってください。ただし復旧させるのは
民間人のではなく軍や警察、消防、病院所有のフォスタを
優先させてください」
「あぁ、確かにそちらが動けるようになった方が効率的よねぇ。
数と難易度からプラス数分は欲しいところだけど……いいのかしら?
私にそちらを触らせても?」
「復旧以外のことをしなければ責任は私が取ります」
「あはっ、思ったより言うのねガレストの剣聖様は。
ふふ、そうね……善処するっていえばいいのかしら?」
「っ、不思議ですね、あなたがいうと何故か不愉快です!」
わかっていて、そういう言い回しをした城田奈津美と
発言通りどうしてか彼と違って不快感しか覚えないフリーレ。
狂気の微笑と剣聖の鋭き眼光が火花どころか紫電を走らせる。
されど、即座に顔を歪めて視線を外したのはフリーレの方だった。
「あら、その顔は何か厄介な報告でも?」




