32 聖都旅立ち
「バルザック!?」
バルザックにとどめが刺されるのを見て、ウェスタの剣が初めて揺らいだ。
(今!)
ロザリーはこの一瞬のスキを逃すまいと、剣を振るうギアを上げた。体力を配分することをやめ、すべてを全力で振るって襲い掛かったのだ。
「む、ちぃ」
ウェスタの顔が歪む。ロザリーの大剣の圧がウェスタの細剣を圧し始めた。
「plokijuhygtfrdes」
ウェスタの口から理解できない言葉、聞いたことのない言語が流れ出た。
すると、ウェスタを中心に渦を巻いて風が吹き荒れた。
未知の現象にロザリーは跳び下がらざるを得なかった。
神聖術ではない。神聖術に風を動かすような術はない。全く未知の術法だった。
「バルザックがやられるとは侮れんな。仕方ない、それはお前たちに預けておこう」
ロザリーはぴんときた。ウェスタは負け惜しみを始めている。
「2対1では敵わないって認めてくれてもいいんですよ」
「首がまるっと取れても動いている化け物相手に? どんな手を隠しているかわかったものではない」
ウェスタはアルトにこれ以上の隠し玉がないかも警戒しているのだ。
「じゃあ、負け犬らしく早く逃げてってくださいよ」
ロザリーは挑発した。激して攻撃してくれば隙ができるだろう。
「そうしよう。人間の娘、名は?」
ウェスタは挑発に乗らなかった。
「ロザリンド・ヴァーハイツ」
「いつかその首を落とす時まで、覚えておいてやろう」
ウェスタはロザリンドから目を離さずに数歩後ずさると、身をひるがえして駆けていった。
その姿が夜の闇の中に消えてさらにしばらくしてから、ロザリーは剣を鞘に納めた。
戦いが終わったからといって、俺たちがやるべきことは終わらなかった。
俺とロザリーはまだ家が燃えている西の丘に向かい、消火や救出活動を手伝わなければならなかったのだ。
町の人たちとも協力して一晩中救助活動に動き回り、朝になってから泥のように寝た。
町長や司教たちいわゆる町の偉い人はその多くが死亡したが、守備隊総長はじめ何人かは生き残っている。彼らの指揮の元で、町は立ち直ろうと動き始めていた。
その復興作業を俺たちは10日ほど手伝った。西の丘以外は建物の被害は少ないから、それくらいの作業で急を要する作業は終わらせることができた。あとは時間をかけて大工たちが家を作る番だ。
「ロザリンド様、アルト様、お世話になりました」
アールハイムを発つ朝、レットが町の門まで見送りに来てくれた。
「またな」
俺たちは彼に手を振って歩き出した。
「……ロザリー」
「なんです?」
ロザリーの声にはあまり元気がない。
この10日間寝る間も惜しんで動き回っていたというのもあるが、もちろんそれだけでもないことは分かり切っていた。
茶化すことではないし、俺には慰めるような言葉が思いつかない。俺にできるのは、今できることに目を向けさせることくらいだ。
「奇跡の核とか、傀儡剣とか、よくわからん荷物が増えちまったな」
アルクスが残した白い結晶、核は今俺たちの荷物袋の中にある。バルザックが持っていた傀儡剣に至っては、俺の背中だ。ロザリーはその剣を触ることさえ嫌がっていた。
この剣に斬られても傀儡化しなかった俺なら、何があっても危険はないだろう、というのが俺が持たされた理由だ。
持つとはいえ、俺はこの剣を使う気はない。だから傀儡剣は鞘から簡単には抜けないよう縛り付けておいてある。
「私にもわからないことばかりです。総本山に急ぎましょう。聖騎士団長や枢機卿、研究部門が何か知っているかもしれませんから」
「エルフについてもな。やれやれ、知らないことばっかり出てきやがる」
「世の中ってそういうものですよね」
「そういう達観したセリフは俺が言いたいんだがね?」
「ふふ、まぁいいじゃないですか」
ロザリーが微かに笑った。
「総本山に行ったら、全部きれいに分かんのかなぁ」
「どうでしょうね。ではアルト、達観したセリフを一つどうぞ」
「……どうせそう簡単には分かんねぇよ」
世の中そういうもんだろう。




