30 かつて戦友
他力本願だが、俺の方は防戦でしのぎ、ロザリーがウェスタに勝つのを待つのが本命だろう。
もっとも、できる限りは試みてみよう。大きなリスクを負わない範囲でだが。
俺は小声でティーナにそう伝えた。剣先がかすかに上下し、了解の意を返してきた。
バルザックが地面を蹴って距離を詰めてくる。初手はシンプルな振り下ろし。
ティーナはバルザックの攻撃を剣で受けて防いでいく。
斬鉄のバルザック。その名の印象から剛剣の使い手と思われることが多いが、剣同士の戦いではきちんと小技を使うこともできる剣士だ。そのうえで一たび好機とみれば、鉄を斬るほどの剛剣でもって仕留める。
剣での攻防は、常に2手3手先を意識しなければならない。力で相手の剣を弾き飛ばすのか、防がれた反動を利用して逆角度から斬るのか、あるいは軽く当てたうえで突き入れてくるのか。蹴りや投げを組み込んでくることだってある。バルザックはあらゆる手を仕掛けてくる可能性がある剣士だ。まぁ、一流の剣士という奴は皆そんなものである。
バルザックの剣はさすがだ。ティーナに反撃の暇を全く与えない。
こうなってくるとバルザックはのびのびと剣を振ることができてしまう。
(仕掛けよう)
俺は決意した。首だけの俺でもできることはあるのである。
「……?」
俺は剣戟の最中に首を横に向けた。
本来ならありえないことである。現在斬り結んでいる相手から目を逸らすということは、致命的な隙をさらすことにつながる。
しかし、ティーナは俺の目に頼って剣を振っているわけではない。だからこそ俺にノーリスクで成立する、小技とさえ呼べない小賢しい手だった。
だがバルザックは今多少の余裕を持っていたから、その目が一瞬、俺が顔を向けた方へと流れた。
その隙にティーナが攻撃を仕掛けた。
「うおっと!」
バルザックの余裕を多少は崩せたが、うまくバックステップされてしまい、傷を負わせるには至らなかった。
「すげぇこと仕掛けてくるじゃないか」
「惜しかったなぁ」
「ぬかせ!」
再びバルザックが仕掛けてくる。
俺は剣戟のタイミングを見計らい、もう一度よそ見をした。
今度はバルザックも引っかかることはない。俺がよそ見した向きを見極めてその死角から剣を振り払ってきた。
それは本来であればバルザックがするはずのない雑な斬撃であった。俺の死角を突けたという思いが生んだ雑さである。
ティーナの剣がその雑な攻撃を叩き落とし、その反動も使って剣を上へ回し、斬った。
バルザックが体をのけぞらせて剣をよけようとする。剣先がバルザックの鎧の肩あたりに当たって弾かれた。
「っと、とと!」
バルザックは数歩跳び退いて剣を構え直した。
「お前、頭の後ろに目があんのかよ」
「まぁね。実は隠してたんだ」
「ほかに隠してることないだろうな?」
「あるかもしれないぜ」
俺はにやりと笑って見せた。
できれば今の一撃で手傷を負わせたかった。よそ見につられれば隙ができ、つられず死角を取ったと思い切った攻撃をしてくれば返し技で斬る。そういう2段構えの手だったのだが、もうバルザックが引っかかることはないだろう。
「そうか。だが残念だぞ。お前、かなり腕をなまらせてるな」
「そう思うか?」
「あぁ。飛剣の名が泣いちまうぜ、それじゃあよ」
「余計なお世話だよ」
「そうかい!」
再びバルザックが仕掛けてきた。
ティーナが剣で防ぐ。
(あ、違―――)
俺がその防御のまずさを認識したところで、ティーナの動きを変えられるものではない。剣が打ち合う手前でバルザックは剣を止めてみせ、ティーナの剣を回り込むようにして突きを放ってきた。
ティーナがよけそこない、剣が腕をかすめた。
致命傷になるような傷ではない。ティーナがそれでも剣を振るってバルザックの追撃を防いだ。
再びバルザックが距離を取る。
バルザックの剣は例の黒い傀儡剣だ。その剣で傷つけられた者は傀儡へと落とされることになる。
「しまった」
俺はあえて口にした。意図しない負傷だったがこれはチャンスだ。この言葉でティーナに伝わるだろうか。
ティーナはかくん、と両手を下げた。俺の狙いは伝わったはずだ。
傀儡種の汚染さえ弾いたこの体だ。その魔核で作られたという傀儡剣の汚染も弾けるだろう。
「討伐軍のころのお前なら今の攻撃はかすりもしねえよ。やれやれ」
バルザックは勝利を確信して無造作に歩み寄ってきた。
「さっき拾って懐に入れた白い結晶を渡しな」
そう言って左手を伸ばしてきた。
(今だ)
俺の思考が伝わったのか、ティーナがその手をめがけて剣を振った。
「!?」
バルザックはその攻撃を全く予想できていなかった。剣が動いたのを見てから手を引っ込めようとしたが遅い。ティーナの剣がバルザックの左手を大きく切り裂いた。
「くそ、バカな!!」
好機到来だ。ティーナは畳みかけるべくバルザックに襲い掛かった。
「なんで傀儡化が効かねぇ!? 生きてる者には逃れられない呪いだぞ!?」
バルザックは動揺している。
「実はアンデッドでねぇ!」
俺は大ウソを言った。
「そんなわけあるかこの野郎!」
だが動揺し、かつほぼ片手で剣を振らざるをえない状況になっても、バルザックの防御は固かった。ティーナの剣は全くバルザックの体に届かない。
「……さてはお前、奇跡の力で蘇ったな?」
バルザックが早くも真相にたどり着いてしまった。
「本当は一度死んで、ティーナあたりが奇跡を願って蘇った。そうだな?」
確信している様子だ。勘のいい奴だ。嫌いだね。
「そういや死病の根源の方で魔核を回収した際に人間2人がいたって話だったな。聖騎士2人組だと思ったが、お前らだったか。死病の呪いも弾けるんなら、この魔剣が通じないのも納得ってもんだ」
「……人の秘密を暴くやつは嫌われるって、ママに教わんなかったか?」
「1を聞いて100を知れ、が俺のママの口癖でね。まったく、くせ者ぶりは相変わらずか。騙されちまったぜ」
バルザックの放つ圧が一段強まった。
本気だ。
これまでも手を抜いていたわけではないが、俺を斬るという意思を固めたゆえだ。
「奇跡で蘇ったというなら、俺はお前を斬らなきゃならん。役目でな、恨むなよ」
「は、化けて出てやるよ」
手負いの獣が本気になった。ここからまた厄介な戦いになるだろう。
だがそれでも、バルザックが片手ならこちらも簡単にやられることはないだろう。
そう考えた俺を裏切るように、バルザックの体の周囲に燐光が舞った。
「神聖術……だと……」
「奥の手さ。お互い様だろ」
治癒、そして強化。この二つだけでも神聖術は絶大な効果を発揮する。
やばい。ロザリー、早く助けに来てくれないかな。




