1 こいつ、投げやがった
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目が覚めると、木々の間から青い空が見えた。
俺はどうやら寝転がっているらしい。らしい、としか言えないのは、体の感覚が全くないからだった。
後頭部は地面に接している感覚がある。出っ張った小石が当たっていてちょっと痛い。
呼吸は問題なくできる。
「あー、あー」
声を出してみた。どうやらこれもいける。
首を左右に、は無理そうだ。ピクリとも動かない。
「誰かいないかー?」
希望を込めて聞いてみた。
返事はない。何かが動く気配もなく、遠くで鳥たちが鳴いていた。
「……」
詰んだ。
「目覚めて数分で詰みとは、我ながら傑作だな」
自嘲してみたところで事態は動かない。
こういう時は自分にできることをするのだ。
「誰でもいいから助けてくれぇ―」
声に出して助けを呼ぶ。以上。これだけ。
何度か声を上げていると、がさ、と何かが動いて草が擦れた音がした。
(獣じゃないことを祈るぞ)
人でありますように。人間でありますように。できれば悪い人間じゃなくて善良な人間でありますように。
顔に影がさしかかって、そいつが俺のことを覗き込んできた。
「……」
首がない。傷だらけの鎧を着た男のようだが、人間なら必ずあるべき首が、なかった。
「ぎゃー!」
とりあえず俺は叫んだ。
化け物の類だ。首なし騎士とかいうやつだ。
(首狩られる!)
そう思ったところで、俺の体は動かない。動く動かない以前に、体の感覚も全くないのだ。
抵抗のしようがないのである。
(文字通り手も足も出ないな)
早々と覚悟を決めるしかなかった俺だが、首なし騎士は俺を覗き込んだまま剣を抜くようなそぶりもなかった。
首がないのに『覗き込んだ』とはこれいかにという感じだが、実際にそう感じているのだ。首なし騎士の存在しない目が俺を見ている、と。
「おはようございます、首なし騎士殿。ご機嫌いかがかな?」
攻撃される様子がないとなると、俺にも余裕が出てくる。
首なし騎士から返答はなく、俺の頭の上に膝をつくと、そっと鎧に包まれた手を俺の頭に伸ばしてきた。両手で俺の首を挟むように持った。
ガントレットの固くなった革が頬に触れた。柔らかい持ち方だ。
俺は首なし騎士に持ち上げられた。
(え?)
人間の頭をもって持ち上げるというのは至難の業だ。頭というのは横たわった状態では重心から遠く、持ち上げにくいのだ。
だが、首なし騎士の持ち上げる動作には全く重さを感じなかった。
ひょいと、まるで生首を持ち上げるかのように俺は持ち上げられたのだ。
「……えー、恐れ入りますがちょっと地面見せてもらえないですかね」
俺はある疑念にたどり着き、首なし騎士に頼んだ。
首なし騎士は、ひょいと俺の頭をボールのように回した。視界がくるりと回って、わずかに草の生えたむき出しの地面が見えた。
(あ、俺、首だけだわ)
理解した。
理解してしまった。
俺は『首から下の感覚が、ない』のではなく、『首から下が、ない』のだ。
「ふふ、まさかのびっくり人間じゃねぇか。なんで生きてるんだろうな」
こんな現象は聞いたことがない。首だけでしゃべることができる奇怪な存在は魔物にさえ存在しない。
首から下がなければ死ぬ。神もうなずく絶対の真理のはずなのに。
そう思って叫ぶと、俺の首が斜めに傾けさせられた。
「さぁ? ってことね。親切だね君は」
一方の首なし騎士は喋れないようだった。
「あぁ、あと地面はもういいよありがとう」
俺がそう言うと、また首が回されて、首なし騎士に正対させられた。
俺は首なし騎士を観察した。
騎士と呼んだが、そこまで重装備ではないようだ。ブレストプレートこそ着ているが、それ以外はガントレットをつけているくらいだ。下は見えないからわからない。
そのブレストプレートも、左肩が大きく裂けている。かなり深い傷になったんじゃないかと思われた。
(ん?)
そこまで考えて、俺は思った。
(これ、俺の体じゃねぇか?)
すべて見覚えがある。肩の傷こそわからないが、ブレストプレートのあちこちについた傷にすべて見覚えがある。というか知っている。
そうだ、この首なし騎士は俺の体だ。
「お前、俺の体なのか?」
問いかけると、首なし騎士の上体が前後に揺れた。
首がないから胴体で頷いたのだろう。我が体ながら器用な奴だ。
だが目の前の体は確かに俺の体のようだが、俺が動かそうとしてもうんともすんとも動かない。何がどうなっているのか、体は体で俺の意志ではなく動いているようだった。別の俺の意識があるのだろうか。
「俺たちって、生きてるんだよな?」
との問いかけには肩をすくめてきた。体も疑問に思っているようだ。
「首乗っけたらくっつかないかな?」
俺の提案に、我が体はすっと頭を本来の位置に持って行って乗せようとしてみた。前後逆だが。
手が離れる。
ぐら。
(あ、やば)
固定されることなく落ちた首は体がちゃんとキャッチしてくれた。
「ありがとう」
落ちたらきっと痛い。俺は自分の体にお礼を言った。さすが俺の体、できる子である。
それはさておき、これからどうしようか。
俺が考え始めると、何かを見つけたのか体が向きを変えて歩き出した。
「待ってくれ。俺にも前見せて」
お願いすると、体は俺の首が正面を向くように持ち直してくれた。これで進行方向の様子を見ることができる。
その先には、魔物がいた。
大きな蛇だ。俺の記憶が確かなら、それはキングスネーク、人間を丸呑みすることができる魔物である。武器を持ち戦う訓練を受けた者なら苦戦する相手ではないが、そうでないものには間違いなく脅威となる。
その魔物の正面には、少女がしりもちをついていた。
明らかに蛇に睨まれた蛙の状況である。
「まずいぞ、助けよう!」
俺はとっさに叫んだ。きっと体もそのつもりでこっちに向かっていたのだ。もとは一つの首と体だ、心は一つなはずだ。
体が走り始めた。
視界が、ちゃんと首がついていたころには感じたことがないほど上下に揺れる。
(あれ、でもこれ俺どうやって戦うの?)
疑問に思ったのもつかの間、俺は俺の体に大きく振りかぶられ、キングスネークに向かって投げつけられた。
こいつ、自分の頭を放り投げやがったぞ。




