51.迫り来る過去
暴力的な魔力量に押され気を失いそうになるなか、溢れ出る魔力に正気を保てず声も出ないのに口を大きく開き、何かを叫び続けるアリシアのもとへと這っていく。
「―――ッ! ――――! ――っ……」
視界が黒く染まり、闇に包まれ何も見えない。
押し寄せる魔力に圧倒されながら、身体を引きずるようにアリシアがいるであろう場所へと少しずつ身体を動かした。
目の前でかすかに呼吸が聞こえ、ぼんやりとした光でアリシアの姿が見える。
制御できず意識も保てず、ただ上を向いて錯乱状態のアリシアをぎゅっと抱きしめた。
「アリシア。しっかりして」
このまま魔力を放出しつづければ、魔力切れとなってしまう。
魔法具の力で魔力を抑えていたアリシアが制御できるはずもなく、内にある器を壊してしまうかもしれない。
そうなれば二度と魔法を使えない。魔法具さえ発動できない身体に、下手を擦れば廃人になることだってある。
それはなんとしてでも避けたい。
「――っ、ぅ――!」
声なき声とともに暴れ、華奢な身体のどこにそんな力があるのかどすっと強い力で胸を叩かれる。
「くぅっ」
痛みに力が緩みかけたその時、身体が弾かれた。
それと同時にアリシアが喉をかきむしるように爪を立てる。
「アリシア、ダメ!」
アリシアのもとへと駆け寄ろうにも、さらに魔力が暴走し身体が動かない。
「どうすれば……」
視界の先では、光の玉がふわふわとアリシアの周囲を飛び回っている。
先ほどは必死で気づかなかったが、視界が見えないのにアリシアの場所や状態がわかったのは光の玉のおかげだったようだ。
光の玉には、改善じゃなくて悪化させてどうしてくれるのかなど言いたいことはたくさんある。
だが、光の玉のせいで魔法具が壊れたと思ったが、よくよく考えればその前には兆候があったのだから光の玉のせいだけとは言えない。
「やっぱりまずは匂いの発生源ね」
この状況の発端であろう薬草の匂い。おそらく、アリシアにとってトラウマを刺激するに匂いのはずだ。
そして、そうだと仮定して考えを進めるとその匂いがどこに隠されているのかは想像がついた。
記憶力のいい私は見た物を忘れない。
部屋に何がどこにあるのかわかっている。ましてや自分が持ち込んだ物がどこにあるのかは絶対だ。
だから、その匂いは自分の物ではないと断言できるし、それが持ち込まれたタイミングはお茶をしていた時以外に考えられない。
ものすごく重たい身体を引きずりながらソファへと移動し、アリシアが座っていた横の隙間に手を入れた。
ごそごそと手を動かし、何かが当たった感触に指で手繰り寄せてそれを掴む。大きめの花の種くらいの大きさだ。
「あった」
鼻の近くに持ってきて匂いを嗅ぐ。
部屋に充満している薬草の匂いが直に入ってきた。間違いなくこれが匂いのもとだ。
発生源を突き止めたと同時に、喜びよりも気が重くなる。
「最悪……」
できれば間違った推測であってほしいけれど、そこはチェルシーが座っていた場所だ。
そして、それらを仕込んだと思われるのは席を立ってスカートを整えた時しかない。つまり、チェルシーが部屋を出る前に仕込んだことがこれで確定した。
「彼女がアリシアを傷つけるようなことをするなんて」
公爵夫妻もノアも信頼しているからこそ、チェルシーをアリシア専属にしたのだ。
アリシアもチェルシーに懐いており、トラウマを抱え臆病になったアリシアの心を開けるには、時間とともに心を砕き真摯に寄り添ってきたはずだ。
偽りの心でアリシアに接していたらアリシアもノアたちも気づくはずだが、まだ付き合いの浅い私には判断できない。
だが、実際にチェルシーが仕掛けたこの匂いのせいでアリシアが苦しんでいる。
いまだに信じられない気持ちもあるが、目の前に元凶があった。
掴んだ匂いのもとが徐々に小さくなっていく。
時間とともに気化しながら匂いを発し、証拠となる物を何も残さないように考えたのだろう。
慌ててそれに状態維持をかけ、匂いが漏れないケースに入れ、少し迷って鍵のある引き出しにしまった。
その引き出し自体にも保存魔法をかけているので、万が一の確立は下がるはずだし、こんなものを持ってアリシアの近くに行くのも憚られる。
「何が役に立つかわからないものね」
ケースは教授から餞別にもらった物だ。
一応使えそうなので置いておいたが、こんな形で使うことになるとは思いもしなかった。
「さてと、匂いのもとは封じたし証拠隠滅も阻止した。あとはアリシアね」
ここまでくると、プララたちメイドの多くが駆り出される騒動を作った騎士の暴走も、洗濯に関する魔法具の故障も無関係ではないのではないかと疑ってしまう。
――もしかして、アリシアの不調もチェルシーが関わっている?
ノアといる時とチェルシーといる時のアリシアの態度の微妙な違い。
最初はただ私に慣れず、人が怖いため、日によるものや家族とメイドの違いくらいにしか思っていなかったが、こうなると話は変わってくる。
これまでの言動も受け取り方が違ってくるし、何よりアリシアのトラウマとなる匂いを知っていること事態おかしい。
どのような意図があるにせよ匂いのもとを仕込み、それによってアリシアの様子がおかしくなったのは事実だ。
アリシアに視線をやる。
窓を少し開けていたため匂いのもとを封じ込めたことで薄くなり、アリシアの魔力暴走が少しだけましになったようだ。
それでも苦しさは変わらないようで、喉をかきむしっている。
「アリシア! もう大丈夫だから。落ち着いて」
誰か気づいてくれと手当たり次第に窓から物を投げ、アリシアを抱きしめる。
密着したところから、魔力が無遠慮に侵入してくる。
「アリシア!? 誰か来て!」
まるで怨念が肌を這い、内側から身を滅ぼそうと攻撃してくるような不快感に吐き気がした。それでも抱きしめた腕は緩めない。
緩めてしまったらもう二度とアリシアが戻ってこられない気がして、私はさらに力を込めた。




