【幕間】ウェスタニア国入り
「うわぁ、本当に結婚って書いてある」
ラグーゼ国の国境近く。
移動も多かったので道中はウェスタニア国の文化や歴史、精霊を信仰する経緯や現状、神聖国の文字について教えてもらい有意義な時間を過ごした。
ある程度読めるようになり改めて契約書と誓約書を確認し、結婚という文字に衝撃を受け思わず唸る。
「信じていなかったのか?」
「なんていうか、ノアが嘘をついているとは思ってなかっただけで実感がなかったの。実際に読んでみて改めてノアと私が夫婦になったのだなぁって」
卒業証明書の名がクロエ・ブレイクと変わっていたので、その事実は疑いようがなかったのもある。
ビビアンや父から逃れたくてもろもろ余裕がなかったとはいえ、契約書にサインしたらこんなことになると誰が思うだろうか。
「俺はクロエがこの先一緒にいてくれて嬉しい」
「――そ、そう。なら、よかった」
特別に甘い言葉ではないし、そういった空気を出すわけでもないのに、さらりと告げられる言葉はむずむずして照れくさい。
顔が熱くなってぱたぱたと扇いでいると、事情があって途中から一緒に馬車に乗ることになったノアの侍従であるオーブリーがおっとりと口を開く。
「仲が良いですねぇ」
私たちより二つ上のオーブリーはたれ目でほんわかとした空気を放つ人物で、外見の印象通りのんびりと話す。ただ、ノアの侍従なだけあって彼もかなり手練れだ。
オーブリーがいれば道中安全だと紹介されてはいたが、先日盗賊に襲われ一瞬で制圧する姿はまさに鬼神のようだった。
今は懐っこい大型犬みたいだが戦闘時の姿は記憶に新しく、思い出すとギャップにどぎまぎする。
名門一家の使用人ともなれば、オーブリーレベルの人たちがごろごろといるらしい。正直、その事実にもびびってはいた。
「いいだろう? 俺が誰かわかっても態度は変わらない」
「はい。ノア様はこのような女性を探しておられたのですね」
きらきらした眼差しを向けられ、苦笑する。
これまでの自分たちの関係性といろいろあって変えるタイミングがなかっただけで、深く考えてのことではない。
「別に嫁探しにアカデミーに行ったわけではないがな」
「ラグーゼ国の魔法知識を得るだけでなく、生涯の伴侶まで得るとはさすがノア様です! クロエ様の記憶力は素晴らしく、神聖国の文字もあっという間に覚えてもう読めてしまうなんて驚きました」
「クロエの魅力はそれだけではないが、見つけたのは運がよかったな。あとは実際に家族、とくにアリシアがどういった反応をするかだが」
「公爵様たちはお喜びになると思いますよ。アリシア様は……、時間がかかったとしてもいずれわかってくれますよ」
アリシアとは、ノアの九つ離れた妹だ。私たちが十八歳だから九歳で、ある時から声を出せなくなり、かなりの人見知りでお兄ちゃん子だと聞いている。
私との婚姻について事前にご家族の承諾は得ているということだったが、ご両親もそうだが彼女との初対面でどのような反応が返ってくるのか不安ではあった。
「かなりの怖がりだから、最初は寄り付くこともしないかもしれないがどうか許してやってほしい。慣れれば、アリシアもクロエのことを気に入るはずだ」
「ノア様がそうおっしゃるなら間違いないですね。クロエ様、アリシア様はとってもお可愛らしい方なんです。ぜひ、仲良くしてくださると嬉しいです。公爵家の皆様はとても素晴らしい方々ですし、領地は広く飽きることのない土地なので気に入られますよ」
「ええ。馴染めるように頑張るわ!」
ブレイク一公爵家と言えば、精霊を信仰し剣と魔法国家であるウェスタニア国最強の盾。
精霊に守られた国であり、魔法一強主義のラグーゼ国とは違った国の成り立ちで外の者にはわからないことも多い。
噂では王族やそういった名家には精霊と契約している者がいるらしく、その辺については着いてから説明をしてもらえる予定だ。
もしかしたら精霊が見えるかもとの楽しみもあるが、他国にも名を馳せるほど名門一家に仲間入りすることに、彼らのことを知れば知るほど心配になってくる。
――でも、これからは自分の人生を楽しむって決めたもの。
まだ感覚的には夫というよりは相棒だが、一緒に楽しもうと言ってくれるノアもいてひとりではない。
新しい土地や環境への不安は多少あるが、私もノアと一緒なら楽しめると信じていて期待のほうが大きかった。
「ようこそ。ウェスタニア国へ」
そのような話をしていたらいつの間にか国境を越え、長年過ごしたラグーゼ国からウェスタニア国に入っていた。
ノアの声に窓の外へと目を向けると花畑が一面に広がり、爽やかなのに蜂蜜のような甘さが混ざった心地よい香りが私たちを包み込んだ。
第二部は9月末から、遅くとも10月中にはスタート予定です。
楽しさとどきどきをお届けできればと思っておりますので、再開の際はお付き合いいただけたら幸いです。




