16:花を待つ墓標
Flower / Deferred
街の外壁が見えたとき、周は無意識に息を吐いていた。
出張から帰った時のような、安心感を周は感じていた。
行商人の声。工房から聞こえてくる音。誰かの笑い声。
世界は、何事もなかったように動いている。
「……帰ってきたな」
リクが肩を回す。
アイテルは門の石材にそっと触れた。
「どうしてでしょうか?同じ視覚情報でもこんなにも違うなんて。街の息づかいを初めて感じられている気がします」
「怖い?それとも楽しいか?」
周は何気なく問いかける。
「怖い…とは違いますね。楽しい?胸が弾むような。そうですね、ワクワクしているとはこういうことなのかも知れません」
「ワクワクしてる…か」
”でも今日は……その心拍を、からかうのはやめておくかな”
周は少し嬉しそうにアイテルを眺めていた。
ギルドの扉を開けると、いつもの喧騒があった。
依頼を持ってきた受付の職員が顔を上げる。
「…報告ですか?」
「アタラクシアの影窟の件、ひとまずは済んだ。まぁ、調査じゃすまなかったんだが」
周は影窟で起きたことと、その後の対応について簡潔に伝える。
報告書は以前と同じく、アイテルがまとめていた。
「レイスがいたということですか!?」
職員は黙って聞いていたが、レイスのくだりで身を乗り出した。
「ああ、居たよ。それも特別にやばい奴が」
「レイスなんて新人で相手にできるようなものではありません。…そのまま上に報告しても、信じてもらえるかどうか」
少し小声で忠告される。
「言いたいことは…分かる。でも報告せざるを得ないだろうが。…こっちも死にかけたんだ」
「何か持ち帰れたものはあるのですか?…上に通すためにも何かは必要ですよ」
「レイスの依り代が灰になったものだ。…一部だがな」
「研究室に鑑定を頼んでおきます」
職員は一度下がると、奥で何やら指示を出してから、戻ってくる。
「……危険は?」
「完全に消えたとは言えない。ギルド側には経過の観察をお願いしたい」
受付は少し戸惑いながらも頷いた。
「後日、調査員を派遣しておきます」
――数週間後
ギルド調査員が現地を訪れる。
影窟は入口まで水に満たされていた。
洞窟全体の半分以上は水に飲みこまれ、奥は完全に立ち入れなくなっていた。
「……マナは安定しているな。墓地の方も異常はないように見える。これが本当に伝え聞くアタラクシアなのか?」
調査員たちはあたりを見回す。
霧は晴れ、谷には風が通り、うっすらと日が差していた。
墓地の片隅。
崩れかけた墓石のすぐそばに、小さな芽が出ている。
その小さな芽に誰も気づかないまま。
調査員たちの報告書は提出された。
──世界はまだAIを知らない




