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届かぬ身振り―新しい入口
朝霧の残る村の外れ、周は肩に荷を担ぎ、ラナ婆さんとミリィの前に立っていた。
「……本当にもう、行っちゃうの?」
ミリィの瞳が揺れていた。服の端をを握りしめ、周の手を見つめている。
「ここでの時間は、多分、俺の人生でいちばん濃かったよ」
周はそう言って、膝を折り、ミリィと目線を合わせた。
「ありがとな。最初に会ったのがミリィじゃなかったら、俺はここにいられなかったかもしれない」
ミリィはぶんぶんと首を振った。
「そんなことないよ。私は、ただ案内しただけでしょ?」
その言葉に、周は微笑む。
「そうだな。でもそれができる君に俺は助けられたんだよ」
「…いや、違うな。それをしたいと思ってくれたミリィに、俺は助けられたんだ」
周の言葉にミリィは自分の言葉を思い出したのか照れくさそうに微笑む。
立ち上がると、ラナ婆さんが一歩、前に出る。
「……セルジに同行してもらう手はずは、もう整えてある。あれは言うほど頼りにはならんが、町では多少は顔が利く」
ラナ婆さんは懐から小さな包みを取り出した。古びた紙にくるまれた薬草と、小さな木札。
「あんたが、ここにいたという証じゃ。またいつでも来るといい。寝床くらいは貸してやる」
周は黙って受け取り、深く一礼する。
「行ってきます」
「……しっかり、世界を見ておいで」
その隣には、すでに出発の準備を整えた旅装束のセルジの姿があった。前夜のうちに、周とは簡単な打ち合わせを済ませていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。私ずっとばあちゃんと二人だったから、家族が2人も増えたみたいでうれしかったよ。ねえ…また会える?」そういうミリィの頬は涙で濡れていた。
「会えるよ。いや、また会おう。きっと」
「私を含めてくれてありがとうミリィ。必ず…また会いましょう」アイテルも反応する。
「お兄ちゃんこれ」
そう言ってミリィはスクロールを一つ差し出す。
「これは?」
「お祭りの日にお兄ちゃんがくれたお返し。私の気持ちを込めたから、さみしくなったら使ってね」
「そうか、分かった。ありがとう」
そこでふと周は自分が何も用意していないことに気づく。
「ごめん。ミリィ。婆さん。俺はこんなに世話になったのに。…くそ、なんかないか」
周は大したものはないと分かっていながらもポーチの中を探す。
「お兄ちゃん、このきれいな袋は?」
「ん?これは、お守りだな。家内安全だったか?」
「家内安全?」
「うーん。家の無事を神様に守ってもらうもの…なのかな?」
「ここではその認識で間違っていないと思いますよ、マスター。」
アイテルが少しだけ口をはさむ。
「じゃあこれ!」
「こんなものでいいのか?でも何年も前のものだからなぁ。多分もう神様の力も切れちゃってる」
周は苦笑いする。そもそも、この世界に届くのすら分からなかった。
「なら、お兄ちゃんがお祈りして願いを込めて。私はそのほうがいい」
ミリィは少し考えた後、優しい笑顔でそう言った。
「分かった。じゃあそうする。神様に比べたら頼りないけどちゃんと願っとく。ミリィとラナ婆さんが元気でいられますようにって、全力でな」
少しだけ考えた後、へたくそな笑顔で言った。そして、目を閉じてお守りを握る。
「はい、これでいいかな?」
「うん!ありがとう。さみしくなったら、これでお兄ちゃんを思い出すね!お兄ちゃんもそうしてくれていいからね」
ミリィは満面の笑みで言う。
「そうだな。そうするよ」
”俺は、そんな歳でもないだろう”
周はそう思いながら、小さく微笑んだ。
「婆さんにはなにも用意できてないな」
「気にするな。それに込めた思いで十分じゃよ。気になるなら今度は土産でも持って戻っておいで。さぁ、こんなのじゃ日が暮れてしまうよ。さっさとお行き」
いつもの口調でラナ婆さんは出発を促す。
周はお守りを渡してから、ミリィの頬をつたう涙を拭ってから踵を返す。
「またね!」
ミリィが手を振る。
「またな!」
周も手を振る。
アイテルは、ここで手を振れない自分を少しだけ惜しいと思っていた。




