7-2:// SlaughterHouse.prototype = Trigger
「処理場の戦い ― so it goes」
冬を前に、村では収穫祭の余韻がまだ残っていた。
その一方で、食肉処理場では、祭りの供物として捧げられた家畜が、干し肉や塩漬けへと変えられていた。
村の風習では、冬に備えての保存食の配給は“贈りもの”として扱われ、
多くの村人にとって、それは祭りの延長でもあった。
ある日──
冷たい風が、その豊饒の香りであり、ドロリとした死の香りを森の奥へ運んだ、その日の夕方。
村の警鐘が、空を切り裂くように鳴り響いた。
「カロスだ!! 食肉場にカロスが現れた!!」
騒然とする村。
叫び声と混乱の中、周ははっと顔を上げた。
──ミリィが、あの場所に行くと言っていた。
周は声も出せないまま、走り出していた。
手足がかつての恐怖を覚えていた。しかし、あの頃の自分とは違った。少しはこの世界を知ろうと足搔きもした。
何より今は自分のことを気にしている場合ではなかった。
現場に着いた時には、村人たちが遠巻きに様子を見ていた。
人が集まってはいるが、誰も近づこうとはしない。農具などを手に遠巻きで見つめる村人の顔には確かな恐怖が浮かんでいた。
「中には三人、逃げ込んだまま……ラナ婆の所のミリィも居たぞ。でも、扉が、持つかどうか──」
“まだ無事か。よかった”
周は安堵のため息を漏らした。
カロスが三匹、処理場の倉庫の扉の前をぐるぐると歩き回る。それは攻撃のタイミングを見計らっているようでもあった。
あの時と同じぎょろりとした目で、周りを見渡しながら、何かに備えているかのようにのどを鳴らしている。
凶暴な仕草とは裏腹にその体躯は痩せ細っているように見えた。
自分たちにとっても危険な人里に下るくらいには切羽詰まっている様子が感じられた。
恐怖と興奮で早鐘を打つ体を鎮めるために深く呼吸をしながら、周は目の前の光景を分析しようとしていた。
周は集団に遮られない位置で、構えを取る。
再度、呼吸を整える。
そして、練習の時の経験を思い起こす。
しかし、今度は外せない。
かつての逃げることしかできなかった自分と対峙する。
以前何度か実験した際の失敗を再度分析する。
「アイテル、魔法の最適化、発動、いけるか」
「即時構築します。発動可能です」
周は左手を軽く握り、右肩口へ添える。人差し指と中指の節をリアサイトに、リングを付けた右手の中指をフロントサイトに見立てた。二つを重ねるように照準を合わせ、明確な意識を標的へ向ける。狙うのは、二匹まとまっている標的の中央。
「──《イグ・ヴェク・ラス》!」
リングに一瞬、幾何学的な光が走り、魔法が発動する。
火球が迸り、ある一点で炸裂する。小さいが、確かに物理的な衝撃を持つそれは、二匹の獣の胴体をかすめて抉り取る。
だが、まだ終わらない。
残る個体が、咆哮とともに突進してくる。
周は、震える体を必死にこらえながら、横に飛びのく。ローリングなどという、格好の良いそれではなく、転げるという表現の方が近いだろう。
砂にまみれ、かすり傷にまみれながらも、周はアイテルに指示を飛ばす。
「今ので再装填だ、もう一度できるか?アイテル、もう一度だ!」
「応答、構築…発動可──撃てます」
周は一瞬だけ目を閉じ、恐怖を闇で食らいつくそうとした。
“必ず当てる。これは、最初の火とは違う。感情のままじゃない。明確な意思だ”
照準のために周は目を開ける。
「──イグ・ヴェク・ラス!当たれぇーーーー」
爆音と共に火炎が爆ぜる。
その衝撃は、獣の頭部を吹き飛ばし、残った体を激しく燃焼させた。
辺りは静まり返った。そこには、獣の血肉と焦げるような匂いが立ち込めていた。
「すごいな、にいちゃん。あんた何者だ?」
そういった村人の顔には、安堵と感謝、そして少しの猜疑心が込められているように聞こえた。
ミリィと、立てこもっていた村人が救出され、安堵の声が上がる。
その隅で、周は静かにアイテルに話しかけた。
「……お前は焦らないな。ミリィが襲われてても」
「はい。私は最適な結果の導出に集中していました。
ですが、今のマスターの状態──それを“焦り”と呼ぶのなら──」
少しの間を置いて、アイテルは続けた。
「──私が現状で持ちうる、今回の状況への感覚は、
…そうですね、マスターの趣向に合わせて言うのであれば“そういうものだ”……という感覚かもしれません」
周は、笑っていいのか分からずに、空を見上げた。
空には、まだ微かに煙が上がっていた。




