聖域の崩壊
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高級外車は滑るように夜の闇を走り、郊外にひっそりと佇むラブホテルへと吸い込まれていった。
エントランスの毒々しいネオンが、美優の強張った横顔を不気味に照らし出す。
「さぁ、入って……」
促されるままに、ドアを開ける。室内には、甘ったるい芳香剤と、どこか饐えたような独特の匂いが漂っていた。一歩踏み出すごとに、毛足の長い絨毯が、美優の逃げ道を飲み込んでいく。
「……どうした? スターになりたいんだろう? それに、彼氏さんの脚本を世に出したいんじゃなかったのか」
高田の低く、逃げ場のない声が耳元で囁かれる。
(愛してるよ、美優……)
(私もよ、タカシ……)
脳裏を過るのは、あの狭くて古びたアパートでの、慎ましくも温かな朝。
(これ、今日のお弁当。美優の好きなものばかり入れたよ。頑張れ、美優)
眠い目を擦りながら、タカシが包んでくれた不器用な包みの温もり。
美優の頬を一筋の涙が伝い、足元の絨毯に無音で吸い込まれた。
彼女は今、自分の中で何かが、決定的に「汚れて」いく音を聞いた。
「……わかりました」
室内に入ると、欧風な佇まいに豪華な調度品、そして――天蓋付きのベッドが鎮座していた。あまりの非日常感に、美優は一瞬だけ、自分が本当のスターになったような錯覚に陥る。
(そうよ、これもタカシのため……!)
自分に必死の言い訳を言い聞かせた、その時だった。
「――っ!?」
高田が乱暴に美優の腕を掴み、天蓋付きのベッドへと突き飛ばした。
ボフン、と沈み込む高反発のマット。
「えっ……あ、あの、先にシャワーを……」
「何を言っているんだ。……そのままがいいんじゃないか。タカシ君だっけ? その男の匂いがついたままの女を、俺が染め上げる……。これ以上の演出はないと思わないか?」
高田の大きな手が、美優のブラウスのボタンにかけられる。
パチン、と糸が切れる音が、静かな室内に残酷に響いた。
「いやっ……!」
美優が反射的に目を閉じた瞬間、照明のスイッチが切られた。
暗転した世界で聞こえるのは、衣擦れの嫌な音と、高田の重苦しい呼吸。
タカシが世界で一番大切に、宝物のように守りたかったはずの聖域が、今、無惨に踏み荒らされていく。
美優はただ、暗闇の中で、遠のいていく「タカシとの未来」の残像に、絶望的なさよならを告げた。
**
二時間後。
ホテルのロビーに、幽霊のような足取りで現れた美優の姿があった。
乱れた髪、微かに震える指先。
その首元には、隠しきれないほど鮮やかな、赤い痕が刻み込まれていた。
「……これを使いな。タクシー代と、役作りの『前払い』だ」
高田から投げ渡された数枚の一万円札。
美優はそれを、泥水を見るような目で見つめた後――力なく、バッグの底に押し込んだ。
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