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六畳一間の夢

売れない脚本家の俺と、女優を夢見る恋人の美優。

二人の生活は貧しかったけれど、愛だけはあった。

これは、俺たちが世界の頂点ハッピーエンドに辿り着くまでの、長い物語。


 狭い六畳一間のアパートには、似つかわしくないほど華やかな香水の香りと、生活感の漂う出汁の匂いが混じり合っていた。

「……よし、これで完璧」

 俺は、少しだけ奮発して買った高級な梅干しを、真っ白な白米の真ん中に添えた。

 脚本家の端くれである俺にとって、この二段重ねの弁当箱は、俺たちが明日を生きるための、そして彼女が夢を掴むための「軍資金」のようなものだ。

 鏡の前で、何度も何度も口角を上げる練習をしている背中がある。

 美優。高校時代から俺の隣にいて、俺が書く稚拙な物語を世界で一番最初に読んでくれた女の子。

「美優、これ弁当だよ。……今日のオーディション、頑張れ。監督、君のこういう……真っ直ぐなところ、絶対見てくれるから」

 差し出された弁当箱に、美優がゆっくりと振り返る。

 薄いメイクを施した彼女の顔は、高校の頃より少し大人びて、どこか儚げな美しさを湛えていた。

「ありがとう、アナタ……てへっ」

 少しいたずらっぽく、照れくさそうに笑う彼女。その仕草一つで、俺の徹夜の疲れなんて、安い煙草の煙みたいに消えてしまう。

「『アナタ』はまだ早いよ。……脚本家としてもっと売れて、お前をちゃんと養えるようになってからだろ」

「もう、真面目なんだから。私は、今のままでも十分幸せだよ。」

 美優はそう言って、俺の胸にぽすんと頭を預けた。

 細い肩。抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢な彼女を、俺はこの手で支えている――その事実が、当時の俺にとっては唯一の誇りだった。

「行ってくるね。……私、絶対受かってくる。そうしたら、今度は私が美味しいものご馳走するからね!」

 元気よく手を振ってドアを開ける美優。

 その背中を見送りながら、俺は机に向かった。彼女が主役を張るための、世界で一番切なくて、世界で一番美しい物語を書くために。

***

 カリカリ、とペン先が紙を走る音だけが室内に響く。

 俺が書いているのは、売れない女優を支える脚本家の物語。

 そう、今の俺たちの姿そのままだ。

「この台詞……美優なら、きっと最高の笑顔で言ってくれるはずだ」

 ペンが進む。美優の笑顔、瑞々しい肌、女優として直向きに頑張る姿、そして――夜、狭いベッドで確かめ合う互いの体温。

 愛が深ければ深いほど、言葉は輝きを増していく。

 いいものが書けそうだ。俺はこの時、本気でそう信じていた。

***

その頃――。

「45番、城山美優さん。始めてください」

 冷機が漂うスタジオ。パイプ椅子に並ぶ審査員たちの中央に、その男はいた。

 高田正親。

 180センチの長身をブランドスーツに包み、薄い色付きメガネの奥から獲物を定めるような視線を送っている。

 ヒット作を連発し、彼に目をかけられれば「石ころでも宝石に変わる」と囁かれる業界の帝王。けれど、その背後には常に女性タレントにまつわる黒い噂が付きまとっていた。

(緊張する……でも、頑張れ美優。……あっ、タカシ……)

 胸元に隠した、タカシ手作りのお守りに触れる。

 俺は、今出せる力のすべてを出し切った。喉が張り裂けるような渾身の演技。

 パチパチ、と乾いた拍手が響く。

「なかなか良かったよ、美優さんだっけ? 君は見込みがあるね。後で少し話がある」

 高田の唇が、歪な笑みの形に吊り上がる。

 けれど、その直後に行われた合格発表。女性脚本家、本庄亜紀が読み上げた名前に、私のものはなかった。

「……はぁ、やっぱりダメだったよ、タカシ……」

 重い足取りでビルを出る。

 夕闇に包まれ始めた路上。そこには、不自然なほど存在感を放つ高級外車が停まっていた。

 スーと窓が開き、色付きメガネの奥で高田がアイコンタクトを送ってくる。

 手招きする指。その指先には、今まで見たこともないような高価な指輪が光っていた。

「さっきのは、あくまで『おおやけ』の結果だ。……君が本当に、テレビの向こう側に行きたいのなら、別の道もあるんだよ?」

 冷たい夜風が、美優の頬を撫でる。

 アパートで待っているタカシの顔と、目の前の眩すぎるライト。

 美優は、一瞬だけ立ち止まり――。

……車へと向かって歩きだした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

夢を追う二人、タカシと美優。

どん底の生活の中でも、互いを思いやる純粋な愛……。

そんな「綺麗で愛に溢れた物語」を、これからじっくりと描いていきたいと思っています。

果たして二人は、約束した最高のハッピーエンドを掴み取ることができるのか。


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