第63話 執念
想像通りかと思いますが、簡単には終わりません。
「アレか?」
首の後ろの項あたりから青白い? 靄の糸がパルミラル王国がある方向に伸びていた。
「アレを斬ればいいんだな?」
ヤースに尋ねる。
「待った。その前に一つ」
「?」
「先程狼狽えていたが、あれってまさかルーシア(の様子)に動揺してたとか?」
いつになく真剣な表情。
「…………」
「そうなんだ。歓迎パーティの席で「犠牲は三人」と言ったのは覚えているかい?」
「ああ」
リナとシルヴィア。もう一人は聞いていない。
「冗談だと思った?」
「いや」
<二人の死>
シルヴィアに関しては「あり得ない」とあの時は思った。
彼女は主神によって生み出された我々とは根源が異なる神聖な存在。そんな存在を滅せられるのは生み出した主神だけ。
その主神は神界に迷い込んだ時にシルヴィアに引き合わせてくれたし、俺とシルヴィアの要求全てを受け入れてくれた。その後も奴との戦いにも不干渉を貫いてくれたりと常に好意的に思えた。
それなのに消される。
有り得ないと思っていたのだが……つい先ほどの奴との会話を経て、迷いが生じたところに、
<親しい者の死>
ここまで脆かったとは。
「もう一人を教えておく。それは我が愛娘」
「し、シーラが?」
「そう。実はシーラからのお願いでね、いつでも君らをフォローできるようにと僕と妻はパルミラル王国から「覗いて」いたんだ。だからやり取りの内容は知っている」
「…………」
「で「このままだと最悪の展開になりそうだから」と妻に転移魔法を掛けられた」
「……ここに着いたのはいつ?」
「君が迷っている時だね」
「ならシルヴィアはヤースが?」
「……ん?」
斬撃を放つ瞬間、脳裏にシルヴィアが現れた。それを端的に説明する。
「それは……気のせいじゃない?」
「気のせいじゃない! と思う」
幻覚の類ではないと言いたいがそうとも言い切れない。
というのも【感情】がない現状ではどうしても事務的な言動になってしまう。
なのであのような感情を露にするような行動はありえないのだ。
「だって繋がりは切れているんだし、そんなことが出来る魔法を僕は知らない。僕が知らないってことはそんなモノは存在しない」
その物言いはあの夜のシーラの行動は把握済みってことか? やはり首謀者はお前だろう?
「つまりは気のせい……………………気のせい? ……お、アレなら! ならやはり気のせいだ」
悩みだしたかと思えば納得してるし。
「あの魔法の使い手はもうこの世にはいない。だから誰も使えない、シーラでもね」
「会話だけならシーラも使えるぞ?」
「……うそ……ホントに?」
初めてみる表情をしている。
「ホント。嘘だと思うならシーラに聞いてみろ」
同種かどうかは別として会話が成立しているのは事実。未だに釈然としていないが。
「今度教えて」
「い・や・だ。因みにシーラに聞いても無駄だと思うぞ」
確かにシーラは全ての条件を満たしているが、エステリーナとは違い俺からはまだ何も教えていない。なので「気付いたから使っている」程度の認識のはず。
「「ちぇ」」
聞き耳立てていたルーシアまで舌打ちしてやがる。
そもそも俺とシーラが使っているのは俺との間でのみ成立する特殊? な能力でありヤースを混ぜるには条件が厳しすぎる。
これがルーシアならまだ良いが、俺には男を受け入れられる度量はない。
うん、想像したくもないな。
「なんか難しそうな顔をしているね。まあ話を戻そう。選択を誤った場合の人数も言ったよね?」
「確か五人と」
「そう。残りはルーシアと君の愛弟子」
サリー?
「それでか」
「そう。あの子は少々複雑な能力、いや体質のせいで行動が読めないゆえに、大使館に閉じ込めておいた。なので今は心配はしなくて良い」
「複雑な立場? もしや生い立ちを?」
「やっぱり気になるよね。勿論知っている、と言うか気付いているんでしょ?」
「何となく」
「君の考えでは?」
「ミランダの子、だろ?」
「正解」
やはりアレは転移だったか。
にしてはホイホイ使ってなかったか? 魔力が少ないにも拘らず。
それと眼鏡。
シーラから預かる際に「調整」と言っていたので渡す際に注意して見ていたが「度」があるようには見えなかった。そんな只のガラス眼鏡を掛けたアイツは「よく見える」と言った。そんな物をシーラが丁寧に扱っていたのもおかしい。
多分あれは眼鏡以外の目的があるのではないかと推測したが。
「なら何故一緒に暮らさない?」
母であるミランダと。
「暮らさない、ではなく暮らせないんだ」
「……まさかサリーにも呪いの影響が?」
「……ああ」
「あそこに居ていいのか?」
あそことは大使館を指している。
暮らせない。つまりはパルミラル王国にはいられない。だからリナが引き取った、ならスンナリ収まる。
「大使館の敷地はアラナート王国の領土としている。あそこにいる限りは影響は及ばない」
「では引き取るまでは」
「うん」
可哀想に。大使館から出れなかったのかも。
「…………聞いていいか?」
「まだ時間はある。どうぞ。」
「サリーからある依頼を受けたんだが」
「ルーナ様だよね?」
「ああ」
「それがあの子の呪いの解除の条件なんだ」
それでか。
「だが事はそう単純ではない」
「と言うと?」
「セシリア曰く、あの子が背負わされた呪いは一つだけではないらしい」
「?」
「どうやらトラップが仕掛けられているようなんだ」
「それをサリーは?」
「知らない」
「リナは」
「姫にも教えていない」
「ミランダは?」
「知っている」
「…………」
厄介だな。
「で肝心なのは五人のメンツ。因みに聞くけど五人と関わりがあるのは誰かな?」
「俺」
「その事実を知って君は何を思う?」
「意図して狙ったんだろう?」
「だと思う。三人と二人の差は君との親密、いや親愛度。深層で繋がったがために対象に選ばれた、とみている」
「シーラはその差を知ってるのか?」
「勿論」
「そんな素振りはなかったが」
「結果的に「どんな形であれ、自分だけは生き返れる」と知っているからね」
自分だけは?
「あの子は自分の頑張り次第で先が変わるのを知っている。だからこそ積極的に、前向きでいられるんだ」
なるほど。
「そういえば世界の滅びを回避する方法は?」
その辺りは詳しく聞いていない。
「そこは『 』次第」
「え? なに次第だって?」
「君は姫とシーラが相反することを言った場合、どちらを信じる?」
「それは」
また答え難い問答を。
「ではどうしてエルアノーム陛下を受け入れたんだ?」
「…………」
「損得勘定からではないだろう?」
「……ああ」
「結局のところ、受け入れるも受け入れないも、信じるも信じないも、君の気の持ちよう次第」
「俺次第」
「そう。大体君は「ニホンジン」なんだから最後まで信じて欲しいな」
「……そうだな。アンタの言う通りだ」
「よしよし。今のその気持ちを忘れずに。で先程の質問だけど、どちらの思惑に乗るかで変わる」
「思惑?」
「おっと残念、そろそろ修復が終わる。覚悟を決めてくれ」
「……分かった」
黒い塊であったザームの身体は(服が無いことを除けば)ほぼ元に戻っている。
ただまだ覚醒には至っていないようでモゾモゾとしており、その動きとエルフ特有の白い肌のせいで暗い中でも目立っていた。
そして気配を読むため瞼を閉じる。すると見慣れた白と黒の世界に切り替わった。
……アレか。
自己修復に大量の魔力が必要なのだろう、スキルのお陰で今なら流水のようにザームに流れ込む魔力がハッキリと見える。
【天命ノ断】
頭に浮かんだ覚えたてのスキル。それを念じながら靄の一点に向け「突き」を放つ。
斬撃とは根本的に異なる「何か」が靄の糸に当たると粒子となって消え失せると、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。そして遠巻きにやり取りを眺めていた数万の敵兵も一斉に気を失ってゆく。
「ルーシア」
「はい」
二人がザームの所へ走る。それに遅れて二人の所へ。
「え?」
地面に寝かされた状態のザーム。
「死んでは……いないよな?」
死んだように見えたが、胸のあたりが僅かに上下している。
「まだね」
「まだ?」
「このままでは長くは持たない」
話をしている間にルーシアはアイテムボックスから「パルミラル王国の国旗」を取り出しザームの身体を包んでいく。
「どういうことだ? 斬れば助かると」
「ルーシアから聞いていない?」
「一蓮托生?」
ザームが死ねばシーラも。
「ほう、その言葉は……君はやはりそうなんだね?」
「?」
「おっとそんな場合じゃない。先ずはこの子を【収納】に入れてくれ」
「へ?」
「急いで!」
「承知」
と手を翳して収納する。
「ふう、取り敢えずこれで時間が稼げる」
「はい」
「どこで「生きた生物を収納できる」って知ったんだってルーナか」
「その通り」
この世界のアイテムボックスは人を含めた動物を「生きた状態」では入れられない。つまり入れるには生命活動を停止させる必要がある。
ただ俺の【収納】は特別製で「意識が無い状態」ならば可能となっている。
「では山水君。このまま送るね」
「送る? 何処へ?」
「ダンジョン」
ダンジョン? パルミラル王国の?
「そう。まだ魔族が残っている」
魔族討伐? それは一向に構わないが、信仰心の無い者は入れないんじゃなかったっけ?
「そちらはもうじき片が付く。ダンジョンの入口で待機し「恩恵の消滅」と同時に突撃するんだ」
成程。
「シーラと合流したらザームを保護したと伝えてくれ。首尾よくいっていれば救ってくれる」
「分かった。ルーシアは?」
「わたくしはまだやる事があるのでここに残ります」
「そうか」
「旦那様、どうか姫様方をお守りください」
「任せろ」
「では送ろう」
とヤームが詠唱を開始。
「…………い、いやちょっと待て!」
「どうしたんだい?」
俺の慌てぶりに気付き詠唱を中断し声を掛けてくる。
「何故何も起こらない!!」
「?」
「雷明を討ったんだぞ!!」
呆気ない幕切れ? だったかもしれないが勝ちは勝ち。
勝利が確定した場合、自動で【虚無の間】に戻されるはず。
「不測の事態? でも時間が無いので続けるよ?」
「ま、待ってくれ!!」
もう一度、ザームの身体を調べさせてくれ!
「ごめん、本当に時間が無いんだ」
人生二度目となる転移でパルミラル王国へ飛んだ。
そしてその場に残された二人だが……
「ではルーシア、悪いけど将軍の下に行ってくれるかい?」
「勿論。わたくしは既にアラナート国民ですから」
アラナート王国に入り込んだ敵兵は紛れている第三階位の魔族により操られており、常軌を逸した突撃を切り返している。
アラナート軍は当初は全方位を囲んでから殲滅する作戦としていたので広く均等に兵を配置していたのだが敵兵は包囲されるのを気にせず全軍が「死兵」のごときにアラナート本陣に向け、一つの塊となって突撃してゆく。この圧に本陣五千は程なく前線が崩壊。本陣前で敵味方が入り混じる乱戦に突入してしまった。
程なく再編した部隊が追いつき後方や側面から敵兵を削るが、敵が密集していたため思うように前に進めず。また魔法兵や遠距離攻撃用兵器も攻撃を加えるが、誤爆を恐れ味方がいない後方にしか撃てない。
最前線は敵も味方も体を成しておらず総力戦の様相。
アラナート本陣と敵軍ともに1分ごとに1割ずつ減っている。このままでは本陣が突破されるのは時間の問題。
「すまないね。今回は僕が魔族を引き受ける」
敵軍を操っているのは第三階位の魔族。それを討てれば洗脳が解ける。
「そうですね。第三階位ならヤーム陛下でも倒せるでしょう」
「う、辛辣な」
もっと早くに動けていたら持ち場は変わったかもしれない。
「アイツの目的は分かっているよね?」
アイツの目的。
山水君の宿敵が隣国を使ってアラナート王国に攻め込んだ目的。それは……
「はい。エンリケ将軍の御身」
「その通り。絶対に渡さないように」
「お任せを」
「はい任せた」
ルーシアをアラナート軍本陣へ転移させた。
「さて」
これで残りの魔力は残り二割強。この二割で五十体近くいる魔族全てを討たなければならない。
「討ち取るのが先か、魔力が尽きるのが先か、さらに明日の朝日を拝めるか、神のみぞ知るってところかね、はは」
最後に力なく笑ってから詠唱を開始。空に浮かぶと関所に向け勢いよく飛んで行った。
戦場はここまで。
そろそろ締め括りの「結」に入ります。




