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72/88

72:綺麗にしたい。




 目が覚めたら、王城の私室にいました。

 ぼんやりと外を眺めて、暫くして、船での事を、段々と思い出して来ました。


「っ、いやぁぁぁぁ! いや、やめて! きゃぁぁぁぁ!」

「ミラベル⁉」

「お嬢様⁉」


 真っ青な顔のテオ様と、目の下に濃いクマを作ったザラが、部屋に駆け込んで来ました。

 テオ様が抱きしめようとしてくださったのに、私は何故かテオ様を押し返していました。


「……ミラベル?」

「っ、ごめん、なさい。私…………汚い。ザラ、お風呂、入り、たい」


 少し痛む喉を押さえながら、ザラにお願いしました。

 テオ様のお顔は……見れません。

 怖くて。

 大好きなテオ様が、何故か怖いです。


「体はちゃんと清めてますわ」

「……やだ、汚いの。洗いたい」

「っ、そう、ですわね。お風呂に、入りましょうね?」

「うん」

「ミラベル……?」


 テオ様の寂しそうな声は聞こえていましたが、私はどうしてもお風呂に入りたいので、そちらを優先しました。




 お風呂に入って何度も何度も、体を洗いました。

 何故かザラが止めるけど、汚いからちゃんと洗いたいのです。

 こんな姿でテオ様の前に出たくないんです。


 タオルで擦っても満足できず、一度脱衣所の隅に隠されている清掃用具入れの箱を開け、中からブラシをとりだしました。


「お嬢様、それはお止め下さい!」

「いやよ! もっと洗わないと汚いわ!」

「お嬢様っ!」


 ザラが止めるけれど、無視してゴシゴシと腕や足を擦りました。

 痛さなんてわからなくて。

 ただ、汚いから綺麗にしたくて。


 ――――背中も洗わなきゃ。


「ザラ、背中洗って?」

「お嬢様! もう、綺麗ですから! それ以上はおやめください! お嬢様っ!」


 ザラが泣いてしまって、背中を洗ってもらえなくて、イライライライラ。


「いや! 汚いって言ってるでしょ⁉ 私、穢れているんだもん! 早くしてよ!」

「…………ミラ、ベル?」


 力の限り叫んで、ザラを責めていたら、テオ様の声が後ろから聞こえて来ました。

 振り返ると、顔面蒼白のテオ様が立っていて、痛ましいモノを見るような目で私を見ていました。


「っ、いやぁぁぁぁぁ、見ないで! 来ないで!」

 

 嫌だと言ったのに、テオ様は駆け寄って来て、柔らかく抱きしめて、触れるだけの優しいキスをくれました。


 嬉しい。

 怖い。

 温かい。

 汚い。

 もっと。

 嫌。

 気持ちいい。

 気持ち悪い。

 抱きしめて。

 近づかないで。


 頭の中で色んな感情が溢れて、どれが本当の気持ちなのかわからなくなりました。

 テオ様の腕の中で暴れて、その拍子に唇を噛んでしまいました。

 テオ様に怪我をさせるつもりなんてなかったのに。


「っ……」


 テオ様が、私の右頬をそっと包むように撫でてくれました。


「ごめんね。ビックリしたね。もう、お風呂は上がろう? ね?」


 優しく言い聞かせるように、ゆっくりと諭すように、テオ様が言われました。

 でも私の心は頑なで。


「まだ汚いの」

「ミラベルは汚れていないよ。綺麗だよ」

「汚い……。テオ様の側に、いられなくなっちゃった。…………ごめんなさい」

「駄目だ。私の側にいると、約束しただろう?」


 テオ様の、側。

 いられるものなら、ずっと側にいたかった。

 ぶんぶんと首を横に振り、テオ様の腕の中から抜け出して、お風呂場の隅に逃げました。

 怖いのか、悲しいのか、寒いのか、体が震えます。カチカチと歯が鳴ります。

 自分で自分が制御出来ません。


 「っ、ごめんね」


 テオ様が囁くようにそう言うと、リジーを呼び、私を手当てするようにと命令して、走るように立ち去られました。


 ――――ほら、汚いから。触りたくないんだわ。




 次話も明日21時頃に更新します。

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