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一話 至高のニートになるために

「……さて」


 俺は草原に立っていた。


 青い空。


 白い雲。


 遠くに見える森。


 どこまでも続いていそうな草原。


 どう考えても、日本ではない。


「本当に異世界なのか……」


 改めて口にすると、妙な気分だった。


 異世界。


 小説や漫画では何度も見た言葉だ。


 死んだ主人公が神様に会って、チート能力をもらって、異世界で無双する。


 あるいは、気づいたら異世界に転移していて、そこで冒険者になったり、魔王を倒したりする。


 俺も、そういう作品は嫌いじゃなかった。


 むしろ好きだった。


 だからこそ――。


「……俺も異世界に来たのか」


 少しだけ胸が高鳴る。


 だが。


「……いや、待て」


 俺は自分の身体を見下ろした。


 何度見ても変わらない。


 細い腕。


 小さな手。


 そして――。


「なんで女なんだよ」


 そこだけは納得できなかった。


 俺は男だった。


 三十年間、間違いなく男として生きてきた。


 それなのに。


 今の俺は、どう見ても女。


「……夢じゃないんだよな」


 頬をつねる。


「痛い」


 もう一度。


「痛い」


 さらに強く。


「痛いって!」


 やっぱり現実だった。


「…………」


 俺は頭を抱えた。


「なんでだよ……」


 異世界に来た。


 それ自体は、まだいい。


 むしろ元の世界で三十歳無職だった俺にとって、人生をやり直すチャンスとも言える。


 問題は――。


「よりによって女になるか?」


 俺はため息をついた。


 しかも、かなり若い。


 どう見ても十代。


 元の俺より、十年以上若い身体だ。


「……まあ」


 少し考える。


「若返ったと思えば……」


 いや。


 問題はそこじゃない。


「男に戻れるのか?」


 重要なのはそれだ。


 もし一生このままだったら。


「……まあ、そのときはそのときか」


 意外にも、俺はあっさり諦めた。


 元の世界に戻れるかどうかも分からない。


 女になった理由も分からない。


 だったら今考えても仕方がない。


「それより――」


 俺は周囲を見渡す。


「腹減ったな」


 それが最優先だった。


 異世界だろうが現実だろうが、人間は腹が減る。


「……食べ物」


 周囲には草しかない。


「水……」


 川も見えない。


「家……」


 当然ない。


「…………」


 俺は空を見上げた。


「いきなりハードモードじゃねえか」


 異世界生活初日。


 俺は早くも詰みかけていた。


 ◇


 とりあえず歩くことにした。


 何か人の住んでいる場所を探す。


 それしかない。


 幸い、身体はそれなりに動いた。


 元々運動なんてほとんどしていなかった俺だが、今の身体は妙に軽い。


「……若いってすげえな」


 少し走ってみる。


 以前ならすぐに息が上がっていたはずなのに、全然疲れない。


「これなら働ける……」


 思わずそんなことを考えて。


「いや」


 首を振った。


「働かないために異世界に来たんだった」


 そもそも俺は働きたくない。


 異世界に来てまで働くなんて、何のための異世界転生なのか。


「働かない」


 俺は決意した。


「絶対に働かない」


 ただし。


「……生きるための努力はする」


 そこは仕方ない。


 食料を確保する。


 住む場所を作る。


 水を手に入れる。


 安全を確保する。


 その程度はやらなければならない。


 そして、それらを全部―


「魔法で何とかできたら最高だよな」


 プロニートの発想である。


 そう思った瞬間だった。


 俺の前に、小さな青い光が浮かんだ。


「……ん?」


 光は徐々に形を変えていく。


 そして。


《魔力を感知しました》


「…………」


 俺は固まった。


《魔法適性を確認》


《適性属性――火・水・風・土・光・闇》


《総合適性――極》


「…………は?」


 空中に文字が浮かんでいる。


 どう見てもゲームのステータス画面だった。


「え?」


 俺は恐る恐る手を伸ばした。


 触れない。


 だが、文字は確かにそこに存在している。


「ステータス……?」


 そう呟いた瞬間。


《ステータス》


 文字が変化した。


《名前:未設定》


《種族:人族》


《年齢:18歳》


《性別:女性》


《レベル:1》


《体力:38》


《魔力:999》


《筋力:12》


《耐久:10》


《敏捷:21》


《魔法適性:極》


《スキル:なし》


「…………」


 俺は無言で画面を見つめた。


「魔力……999?」


 レベル1で?


 他の数値と比べて明らかにおかしい。


「これ……強いのか?」


 ゲームなら、たぶん強い。


 だが、実際に魔法を使ったことがない以上、何とも言えない。


「魔法……」


 俺は手のひらを見る。


「使えるのか?」


 試してみるしかない。


 俺は手を前に突き出した。


「……火」


 何となくイメージする。


 炎。


 熱。


 燃える。


 そう頭の中で思い描いてみる。


「出ろ」


 ――ボッ。


「…………」


 手のひらに、小さな炎が浮かんだ。


「…………」


 俺は瞬きをした。


 炎は消えない。


 ゆらゆらと俺の手のひらで揺れている。


「…………」


 もう一度確認する。


「……火」


 炎が少し大きくなる。


「……おお」


 さらに魔力を込める。


 ――ゴウッ!


「うわっ!」


 炎が一気に大きくなった。


 俺は慌てて消す。


「……すげえ」


 心臓がバクバクしている。


 魔法。


 本物の魔法だ。


「俺、魔法使えるんだ……」


 感動した。


 元の世界では絶対にできなかったこと。


 手のひらから炎を出す。


 それだけのことなのに。


 俺は無性に嬉しかった。


「……他の魔法も試してみるか」


 まずは水。


 手のひらに水が集まるイメージ。


「水」


 ――ポンッ。


「…………」


 手のひらから水が出た。


「おお……」


 風。


「風」


 ――ヒュッ。


 周囲の草が一斉に揺れる。


「土」


 ――ゴゴッ。


 地面が盛り上がった。


「…………」


 俺は呆然とした。


「全部使えるじゃん」


 火。


 水。


 風。


 土。


 どれも簡単に使えた。


 しかも。


「これ、もっと練習したら……」


 俺は地面を見た。


 さっき土魔法で盛り上げた場所。


「家……作れるんじゃね?」


 水魔法。


 飲み水を確保できる。


 火魔法。


 料理ができる。


 土魔法。


 家を作れる。


 風魔法。


 空気を循環させられる。


 光魔法。


 明かりになる。


 闇魔法。


 ……何ができるのかは知らない。


「……」


 俺は震えた。


「これ……」


 もしかして。


「最高のニート生活、できるんじゃないか?」


 その瞬間。


 俺の中で、何かが決まった。


「魔法を極めよう」


 剣はいらない。


 冒険者にもならない。


 魔物と戦うのも、できるだけ避ける。


 必要になったら魔法で何とかする。


「俺は……」


 拳を握った。


「魔法で楽して生きる!」


 目標が決まった。


 魔王?


 知らない。


 勇者?


 興味ない。


 世界を救う?


 面倒くさい。


 俺が欲しいのは。


「平和で安全な引きこもり生活だ」


 大自然の中に家を建てる。


 魔法で水を出す。


 魔法で火を起こす。


 魔法で料理する。


 魔法で掃除する。


 そして。


「毎日好きなだけ寝る」


 最高だ。


 想像しただけで最高だ。


「よし」


 俺は歩き出した。


 まずは人里を探そう。


 そこでこの世界について調べる。


 魔法についても学ぶ。


 そして最終的には――。


「自給自足できる最強のニートになる」


 俺は歩きながら、そんな未来を想像していた。


 しかし。


 その直後だった。


 ――グルルルルル……。


「…………」


 後ろから。


 何かの唸り声が聞こえた。


 俺はゆっくり振り返る。


 そこには。


 巨大な狼がいた。


「…………」


 狼と目が合う。


「…………」


 狼が牙を剥く。


「…………」


 俺は冷や汗を流した。


「……そういえば」


 ここ、異世界だったな。


 俺はゆっくり右手を前に出した。


「……火」


 炎が灯る。


 狼が一歩後退する。


「……なるほど」


 俺は少しだけ笑った。


「魔法って……」


 思った以上に便利らしい。


 そして俺は。


 この世界で初めて、自分の魔法を戦いのために使うことになるのだった。

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