「映写」(『晩歌 -BANKA-』)①
危ないと思った時には、手遅れになっている事が多い──。
どんなリスクについても、これは徹底して言える事です。
私自身も半分は馬鹿にしていたこの忠告を、本気で受け止めざるを得なくなったのは、七月下旬、梅雨の明けて間もない、蒸し暑い日に始まった一連の出来事がきっかけでした。
* * *
夜宵、と声を掛けられたのは、帰りのホームルームが終わり、私がまさに廊下へと出ようとしたタイミングの事でした。
帰りの挨拶を済ませると、クラスメイトたちはいつものように、蜘蛛の子を散らすように教室から駆け去って行きました。大半の生徒は部活動やその他の放課後の活動に向かったようでしたが、私は日直だったので、戸締まりと消灯を済ませ、職員室に教室の鍵と学級日誌を返却しに行く必要がある為、先輩には「少し遅れます」とあらかじめLINEを送っていました。
私の所属している部は、二年生のその先輩との二人だけのもので、成立条件を満たしていない為実質的には同好会のようなものです。活動内容といっても、いつも各種実習室の集まった西校舎の空き教室を占拠し、雑談に花を咲かせたり、スマートフォンで対戦ゲームをしたりといった事が大半の為、遅れたところでそこまで大きな問題はないのですが。
「美嘉?」
廊下で待っていた──というより、待ち伏せをしていたらしい隣のクラスの女子生徒は、セーラーの夏服の胸の下で腕を組み、やや不満そうに頰を膨らませながら言ってきました。
「例の件、有耶無耶にしたまま楽しい夏休みになんて入らせないわよ。もう、最初に頼んでから一週間になるじゃない」
彼女はスマホのアルバムを開き、先週私に見せてくれたものと同じ写真を表示しました。
「今更、なかった事に、なんて言わないでしょうね?」
彼女は辻井美嘉といい、連絡先を交換したのはごく最近になってからです。とはいえ、まだ雑談などをするような仲ではなく、先日まではお互い敬語に名字呼び、さん付けで話していました。
その写真は、山道から道路脇の森を撮影したものでした。画像の右側の、ブナの木の半ば程の辺りに白い「○」が写っています。そこだけ汚れている、というより、これが紙の写真なら、そこだけ現像が上手く行かなかったのかな、と思うような欠落感を感じさせる白さでした。
「けどさあ、冷静に考えてみたら」
「冷静に考えないっ! これは、絶対に心霊写真なのよ」
焦れったそうに言う美嘉を見ながら、私は小さく溜め息を吐きました。
彼女の言う「心霊写真」の検証を依頼されたのは、今日から丁度一週間前の放課後の事でした。
彼女の事は同級生の一人として、顔と名前を一致させて覚えてはいましたが、事務的な事以外で口を利き、LINEも交換したのはその時です。彼女は、私の所属している部活動の事を友達経由で知ったらしく、私に正式な”依頼”を持って来たのでした。
私こと一之瀬夜宵が所属している部活というのは「心霊研究会」なのですが、その事を知っている人は、クラスメイトたちの中でも特に親しくしている一部の女子たちだけです。
というより、公認の部活動ではないので、それ自体の存在を知っている人そのものが少ないのです。高校に入って最初の頃に友達になった皆からは、青春時代を棒に振るよ、なんて若干大袈裟に脅かされもしましたが、私自身は結構楽しいと思っています。
先述した通り普段の活動内容は専ら雑談ばかりですが、時には県内の心霊スポットに足を運んでみたり、降霊を試してみたりもします。勿論、まだ本物に会えた事はなく、先輩はその事に少々不満を抱いてはいるようです。
だから、そんな私たちに──先輩曰く「設立以来初めて」の──正式な依頼が来た時、私はちょっとわくわくしました。
けれど、実際に検証を頼まれた「心霊写真」を見た時、些か拍子抜けした感は否めませんでした。
「やっぱり、これだけじゃ何とも言えないよ」
私は、先輩は残念がるかもしれませんが、そろそろ「やっぱり断ろうかな」などと思い始めていました。
「元々、デジカメで撮った写真なんでしょ? レンズに、埃とかくっついてた可能性だってあるんじゃない?」
「私もそう思ったよ、最初は。スマホにデータ移して初めて、何か写ってるって気付いたの。しかも、その時はこんなに真っ白じゃなかった。ここ最近じゃ、見る度に濃くなってるような気がするし」
美嘉は、写真部に所属していました。この「心霊写真」も、彼女がその活動で撮影を行っている時、たまたま撮れてしまったものなのだそうです。
しかし、その撮影自体にちょっとした──いいえ、私にとっては結構重大な問題がありました。
美嘉が撮影を行ったのは、「禁域」だったのです。
* * *
私の実家である一之瀬家は、代々宮司の家系でした。
市で唯一の神社である明松神社、その当代の宮司が私のお父さんなのです。お寺の墓地のように正式にセットという訳ではありませんが、氏子の方々のお墓が集まる宗派不問の霊園の管理も行っており、それが神社の裏手にある山の、麓の辺りに位置していました。
その山の、霊園よりも上が「禁域」でした。
昔は山の裏手に工場の跡地や貯水池があったという話ですが、それらは私が生まれるよりも前に取り壊されたり埋め立てられたりし、今では誰も入る必要のない場所となっています。……入る必要のない場所のはずなのですが、やはりそう言われると入りたくなるのが人情というものらしく、今でも神社のある方とは反対側の麓から小学生が冒険や昆虫採集に入る事があります。勿論そちらにも立ち入り禁止のフェンスはあるのですが、如何せん傾いている為、隙間から入ろうとすれば入れてしまうのが現状です。
私も小さい頃は分別がついていなかったので、霊園の方からこっそりと「禁域」に入って遊ぶ事もありました。が、ある日お父さんに見つかり、大目玉を喰らって以来は自粛を続けています。
だから美嘉も、「心霊写真」の件を心霊研究会に依頼しようとして友達の伝手を辿る中、私が「禁域」のある山を管理している神社の娘だという事が分かった時は、本当にそれを相談すべきか否かという事について、かなり躊躇いがあった、と言っていました。
「相手が私だったから良かったけど、一応不法侵入だからね?」
私が美嘉からの”依頼”について未だに調査を渋っているのにも、その事が理由にありました。
「まあ、それは……そうなんだけど」
「それに、この写真でしょ? 何だか、私の思う『心霊写真』っていうのとはかけ離れすぎてて……もし、美嘉の個人的な興味なら」
「リスクと釣り合わない、かな?」
美嘉は言ってから、不意にぴんと来たような顔になり、それから俄かにニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「もしかして、夜宵、怖いの?」
何処か揶うような調子で言われ、私は思わずぎくりとしました。
「お家の裏山に、オバケが居るかもしれないって?」
「美嘉も怖がってるでしょ!」
私は、少々自棄気味に言いました。
「それに、私が怖いのはまた怒られるかもしれない事の方。あんまり、決まり事を破るのって好きじゃないんだ」
私が言うと、途端に美嘉はじっとりとした目になりました。
「な、何……?」
「この前、先輩と一緒に廃病院に行ったって言ってたのに?」
私は、思わずぎくりとします。
「あそこ、取り壊しが始まるからもう立ち入り禁止だよ」
「あー、それは……」
曖昧に言葉を濁しました。
何処の誰かも分からないような人が決めたルールであれば、そこまで罪悪感を感じる事もないのです。ただ、身近な誰かとの間で交わした約束を破るとなると、それがたとえバレたとしても、バレなかったとしても、後ろめたさ──というより気まずさを感じる事は否めません。
「……もう」
根負けして、私は言いました。
「仕方ないなあ。調べてみるから、来週の月曜日まで待ってて」
「やったあ!」
美嘉は途端にぱっと顔を輝かせ、私の両手を取りました。
「お願い、絶対に真相を突き止めてね!」
──何だか、凄く切実だな、と感じました。仮に「オバケ」というのが本物だったとしても、そんなに嬉しい事かなあ、とは思います。
お読み下さりありがとうございます。本日より短編集『晩歌 -BANKA-』を不定期に投稿していきます。全五編を予定していますが、一編ずつ書き上がり次第の投稿という形です。久しぶりの……というより、「小説家になろう」に引っ越して来てからは初めての怪談です。とはいえ、元々私の守備範囲は怪談だったので、こちらが本来の藍原センシなのです。
本作「映写」を含む『晩歌 -BANKA-』は、元々は大学二年次のゼミで出された夏期休業中の課題で個人制作したゲームでした。Visual Basicを使用したプログラミングで、何でも良かったのですが私はテキストノベルRPGを制作しました(死ぬ程大変でした)。内容は五つの「Tale」で、いずれも怪奇幻想ものです。マルチエンドの物語をテキストを読んで先の展開を予想しながらトゥルーエンドに導く、というのがこのテキストノベルRPGですが、そう言うと何故か皆ギャルゲーをイメージするので困ります。私のイメージとしては、有名どころだと『かまいたちの夜』や、こちらは綾辻行人さんがシナリオ制作に関わっていたので知っていた『黒ノ十三』などで、やはりホラーが多いような気がします。が、言わずもがな私はゲームをしないのでいずれもプレイした事はありません。プログラミングも苦手で、その際にVBで書いたコードもかなり汚いので(恥ずかしいので)公開はしません。
今回これらをノベライズするに当たっては、都合上あちこち改変しているとはいえおおむねトゥルーエンドのルートに準拠して書いていきます。とはいえ、必ずしも「トゥルーエンド=ハッピーエンド」とは限らないのであらかじめご了承下さい。
明日以降も宜しくお願いすると共に、『リ・バース』も是非お読み下さいませ。




