第14話「止まれなかった」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
夜の森林北西部出口、ジェラルト率いる部隊は息を潜めていた。
「ジェル、動きはあるか?」
アダムスが小声で尋ねると、ジェラルトは首を振った。
「今のところはな。だが——」
その瞬間だった。
森林出口付近を偵察していた弓騎兵の1騎が、パイクに気づかず突っ込んだ。
ドスリ。
鈍い音が夜の静寂を破った。
——おい!なんでパイクが上がってるんだ!!新入りに任せるんじゃあなかったぜ。
それが引き金だった。
「敵だ!罠がある!散れ!」
偵察騎兵の叫びが後続の部隊に伝わった。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。
後続の弓騎兵達が一斉に矢を放った。パイクの位置を把握した彼らは、突撃ではなく遠距離からの射撃に切り替えていた。
「弓だ!伏せろ!」
ジェラルトが叫んだ時にはすでに遅かった。
「ぐっ……!」
アルベルトが声を漏らしながら膝をついた。背中と肩に2本の矢が刺さっていた。
「アルベルト!」
新貴族の1人がアルベルトに駆け寄った瞬間、さらに矢の雨が降り注いだ。
「くそっ、散れ!木の影に隠れろ!」
ジェラルトの指示で全員が散ったが、新貴族の1名が木の影に逃げ込む前に矢を受け、その場に崩れ落ちた。脱落だ。
イブラヒムがジェラルトに駆け寄り、耳打ちした。
「アダムスからだ。北西から5騎接近中だと。」
「わかった。全員、陣地方向へ引くぞ!アルベルトを頼む!」
その頃、森林北東部では——
エルンスト達が松明の先に見たものは、鋭く削られた木の列だった。
止まれなかった。
防御魔法を展開する間もなく、
ドスリ、ドスリ、グサリ、グサリ
先行していたエルンストを含め、7名の馬がパイクに突き刺さった。
運よく馬から降りた者も、後続の11騎に巻き込まれパイクに突き刺さった。
2騎は異変に気づき、かろうじて立ち止まり、難を逃れたものの、さらに後ろからマイトランドが、予め異能で創造しておいた、土くれの騎兵が2騎やってきて押し込まれた。
その場にいた誰もが、言葉も発することができないほどの、一瞬の出来事であった。
敵騎兵20騎、全員が動かなくなったのを確認すると、マイトランドは指示を飛ばした。
「シュウ、ジョディー、クリス、こいつらから装備を奪ってくれ。」
「あいよ!貴族様がこんな簡単そうな手に引っかかるものだねぇ。」
ジョディーは小声で呟きながらパイクの頭を引っ張っていた縄から手を放すと、クリス、シュウと共にエルンスト達からまだ使えそうな武器や盾をはぎ取った。
当のマイトランドはと言うと、
「フレデリカ、エルンストの顔を確認してくれ。頼めるか?」
マイトランドはフレデリカに白目を剥いたエルンストの顔を確認させた。
「あ、ああ、間違いない。3班のエルンストだ。」
新貴族は、貴族と面識がある。しかし平民であるマイトランドは当然貴族たちの顔を知らない。顔を確認させることは、今この模擬戦場にどの部隊が残っていて、どの部隊がもう退場したのか、マイトランド達が唯一知る事のできる術である。
フレデリカと共に、エルンストの顔の確認が終わるとイブラヒムに口頭でジェラルト組の確認をした。
「イブ、ジェラルト組はどんな感じだ?」
この戦闘終了の少し前、アダムスからの念話を受け取り、ジェラルト組も森林北西部出口で戦闘に陥っていたことを確認していた。エルンストの顔の確認前に、それを聞いたマイトランドがやはり結果が気になっていたようで、イブラヒムに確認した。
「アルベルトが新入りを庇って背中と肩に矢を受けたらしい。それと新貴族が1名脱落したそうだ。早く手当てが必要だと言っている。」
「矢ってことは弓騎兵か?新貴族4班とあたったか。新貴族の脱落は……仕方ない。アルベルトの容態は?」
「脱落はしていないが、急いでほしいと言っている。」
「警戒を残して撤退しろと言ってくれ!」
マイトランド組は装備品の回収が終わると、イブラヒムとポエルを残し、パイクと罠を張り直すと撤退した。当然撤退しながら、通り道に罠を張り巡らせていった。
先に陣地に到着したマイトランド組はイブラヒムとポエルの為にフランを派遣した。フレデリカ達から分けてもらった食料と、毛布を届けるためだ。
この模擬戦において、日中以外は音で敵襲を知らせることのできるポエルの蟇目鏑矢による情報伝達は絶対条件で、念話でアダムスと連携できるイブラヒムもまた、この戦闘での警戒要員としては外せないのである。
フランに行かせたのには理由もある。火魔法が使えるため、戦闘糧食を温めるという理由からだ。もちろん、夜間の火の利用は敵に位置を悟らせる要因にもなる。最近ヴェルタの貴族達の間で流行している、タバコ。タバコの火は、夜間であれば2km先からも肉眼で目視できる。葉巻のように光源の大きなものはさらに遠くからでも確認できるだろう。
光源の問題についてはマイトランドもしっかり考えてある。原始的な方法ではあるが、穴を掘ってあるので、毛布をかぶってその中で加熱調理をする。初級魔法の火力であれば、干し肉を温めるのにほんの僅かな時間で十分だろう。
フランを送り出したマイトランドは、羊皮紙を広げ戦況を整理しながら、ジェラルト組の到着を待った。
しばらくしてジェラルトが帰ってくると、開口一番謝罪をした。
「マイト、すまん、しくじった。損害が出ちまった。弓騎兵とは思わなくてな。19騎逃げられた。装備の回収は、弓騎兵に邪魔されてできなかったぜ。こちらがやったのは偵察斥候の1騎だけだ、最初から指揮を執っていた人間が最後まで撤退の指揮もとっていたからな。大将のゲシュハルトはその中にいると思うぜ。」
「気にするな。良くやってくれた。それよりアルベルトをジョディーに治療させたか?」
「とっくだぜ。もう終わってる。」
「そうか。よかった。」
「ところでそっちの戦果は?」
「ああ、こっちは貴族3班を脱落させた。たまたま貴族根性丸出しの騎兵だったからな。運が良かったよ。装備もあるぞ。使えそうなものがあれば使ってくれ。それとしばらく指揮を頼む。」
「それにしても、なんで撤退したんだろうな。こちらは少数、あっちは19騎もいたのに。」
マイトランドは少し考えてから答えた。
「夜間の森林内では弓の優位性が失われる。それにジェル、あちらさんが仕留めたこちらの人員は鎧を着ていただろう?矢の当たる音も金属音だったはずだ。」
「ああ、そういえばそうだったな。」
「平民は鎧を持たない。つまり森の中に潜んでいるのは貴族班のどこかだとゲシュハルトは判断したんだろう。深追いは危険だと。」
「なるほどな。頭のいいヤツがいるってことか。」
「ああ。厄介な相手かもしれないな。」
マイトランドは、そう言い終えると、皆の顔を見て回った。
大丈夫だ。疲れの色は見えていない。
まだ一日目で勝利が続いたという事もあり、皆の士気は上々だ。
そう確信しながらも、マイトランドの頭の片隅には新貴族の脱落者のことが引っかかっていた。
——仕方ない。そう思いながらも、完全には割り切れなかった。
自ら冷たい肉を懐に入れると、マイトランドはゆっくりと立ち上がった。
リザードマンは温めた肉を好むのか、冷えたままが好みであるのか。そんなことを考えながら、アツネイサの警戒場所へ赴いた。
考えることで、頭の片隅の引っかかりを追い払うように。
刻はおおよそ深夜を回っていた。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




