第143話「象じゃ、ない」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
穴は、開かなかった。
土くれの騎兵2騎が、その速さで守備兵の列に一瞬の裂け目を作った。だが、その裂け目に雪崩れ込むはずの歩兵8体は、盾の壁にまともにぶつかり、そこで止まった。
押した。押し返された。土の足が石畳を削り、じりじりと後ろへ下がっていく。
後ろに付けていた戦車が、その背に鼻先をぶつけるようにして止まった。馬がいなないて棹立ちになり、戦車が大きく揺れた。
「止まるな!」
叫んでも、進む先が無かった。
南門の向こうで、格子が、また一段下がった。巻き上げ機の歯車が噛み合う、ぎり、ぎり、という音が、剣戟の音の隙間から、はっきりと聞こえた。
(間に合わない)
あと何段か。格子の先端は、もう門の高さの三分の一ほどまで下りてきていた。戦車の車台の高さを考えれば、残された時間は、長くはなかった。
「ゲルマー少尉!」
マイトランドは、隣で戦車の縁にしがみつく少尉の肩を掴んだ。
「戦車の指揮を任せる!戦車長、ゲルマー少尉の指示に従え!」
顔の無い戦車長が、わずかに首を傾けた。聞いているのかいないのか、分からなかった。
「少尉、剣を貸せ!」
返事を待たずに、ゲルマー少尉の腰から剣を引き抜いた。右手に自分の剣、左手に少尉の剣。
「俺が穴を開ける!開いたら、俺にかまわず突っ込め!門を出たら森に入って待て!必ず追いつく!」
「隊長は!」
「いいから行け!」
マイトランドは戦車から飛び降りた。石畳に着いた足が、衝撃で痺れた。
「マイトランド!僕もいくさ!」
背後で、レフが飛び降りる音がした。
「馬鹿!戦車に戻れ!捕虜を誰が守る!」
「一人じゃ無理さ!見れば分かるさ!」
振り返って怒鳴る暇も無かった。土くれの歩兵が2体、槍に貫かれて、目の前で土の山になって崩れた。その裂け目から、守備兵の顔がこちらを向いた。
マイトランドは剣を左手に移すと、腰のホルスターから短銃を抜いた。
弾を込める。手順は、体が覚えていた。だが、指が震えた。弾が一度、指の間から石畳へ零れ落ちた。舌打ちをして、次の一発を込め直した。
守備兵が一人、盾を構えて突っ込んでくる。
距離、十歩。八歩。
引き金を引いた。
パーン
弾は、盾の縁を削って、男の肩に食い込んだ。男はよろめいた。だが、倒れなかった。血を噴く肩を押さえもせず、剣を振り上げて、なおも向かってきた。
戦の熱に浮かされた体は、痛みすら感じていないようであった。
(止まらない……!)
マイトランドは短銃を放るようにホルスターへ押し込み、左手の剣を右手に持ち替えた。双剣。
土魔法を、叫んだ。
「象よ!」
足元の土が、盛り上がった。
思い浮かべたのは、盤の上の、あの象の駒であった。大きな体で、敵の列を踏み潰す象。
だが、土が形作ったのは、象ではなかった。
人の形であった。長い衣を垂らし、杖を手にした、土くれの魔導師が2体。
(……象じゃ、ない?)
一瞬、頭が真っ白になった。
その一瞬に、振り上げられた剣が落ちてきた。
左の剣で受けた。腕が痺れるほど重かった。受け流した勢いのまま、右の剣で男の腹を払った。男が崩れ落ちた。
「援護しろ!俺とレフのだ!」
考えるのは後だった。土くれの魔導師が、杖を掲げた。杖の先に、赤い光が灯った。
守備兵が4人、盾の列から飛び出してきた。
先頭の男が、上段から剣を振り下ろした。マイトランドは左の剣でそれを止め、流し、右の剣で胴を払った。
倒れる先頭の男の背を越えるようにして、2人目が剣を振り下ろしてきた。受ける手が、間に合わない。
その2人目の顔の横で、火球が弾けた。
土くれの魔導師の火球であった。男が悲鳴を上げて顔を覆った瞬間、マイトランドの剣が、その肩に食い込んだ。
3人目が、怯んで足を止めた。
マイトランドは、右手の剣を投げた。3人目が剣でそれを払い落とした。払った腕が上がった、その脇腹に、もう一体の魔導師の火球がまともに当たった。
4人目は、既にレフが抑えていた。へらへらと笑っていた男の剣は、驚くほど速かった。
4人が、倒れた。
マイトランドは、投げた剣を拾い上げた。息が、上がっていた。
「隊長!」
後ろから、ゲルマー少尉の声が飛んだ。
「敵の増援です!数、10から20!距離、およそ300!大通りの、建物の間から来ます!」
振り返った。
松明の列が、大通りの奥から、こちらへ押し寄せてくるのが見えた。
300。走ってくる兵なら、あっという間である。
前には、まだ16名の守備兵。後ろからは、増援。格子は、止まらずに下り続けている。
(……もう、どうにもならんか)
その時であった。
増援の松明の列の、ちょうど走る先。通りの脇に積まれていた材木の山が、音を立てて崩れ落ちた。
乾いた木がばらばらと転がり、通りを塞いだ。先頭の兵が足を取られて倒れ、後ろの兵がそれに躓いた。松明が石畳に落ち、火の粉が散った。
崩れた材木の陰にも、屋根の上にも、人の姿は見えなかった。
(……ディアナがつけた、別の者か)
顔も知らない誰かが、また、一呼吸を稼いでくれた。
戻ってきた土くれの騎兵2騎が、守備兵の列の後ろから、思念のままに斬り込んだ。前と後ろから挟まれた守備兵が、一瞬、動きを止めた。
今だ。
マイトランドは剣を足元に置き、短銃に弾を込めた。今度は、指は震えなかった。
パーン
弾は、列の中央にいた男の胸を捉えた。だが、男は胸を押さえて膝をついただけで、まだ剣を離さなかった。
剣を拾う。走る。
斬る。受ける。流す。斬る。
一人。もう一人。
だが、その度に、土くれの歩兵も一体、また一体と、槍に貫かれて土に還っていった。魔導師の火球は、確かに敵を焼いた。だが、所詮は土魔法で作った兵の火力であった。数の差を埋めるには、到底足りなかった。
斬っても、斬っても、減らない。
削っても、削っても、こちらも削られていく。
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