夜叉 4.
少女達の上半身には椿やら桜やらの花々、或いは市松や千鳥といった文様が咲き乱れ、それらの高い彩度は何処か落ち着かない彼女らの所作と共振を起こして眩暈を伴う様だった。
“ほんの二、三年前まで、私もあの眩暈の一部だったのだ。”
そんな感慨を覚えつつ、副島はまだ新しげに見える石畳を歩きながら辺りを見渡した。
どうやらここは欧化政策の頃に作られた女学校らしく、建物の外観や校庭の佇まいは副島の通っていた女学校と比べて異国情緒が色濃く滲んでいる。そんな景観にまだ物珍しい副島の洋装は映え、彼女の姿を見た少女達は色めき、何やら楽しげに囁き合い始めるのだった。
少女達の反応に誇らしげな気分だった副島だが、今回ここに来た目的を思い出して景色を改めて眺める。そうしてベンチに座って談笑している二人の女学生を見つけ、手始めに彼女達から話を聞こうと考えた。片方は小花柄、もう片方は兎柄の着物を着ていた。
「もし、お嬢さん方」
突然見知らぬ洋装の女性に話しかけられた二人の女学生は笑顔を向けながらも警戒心を隠しきれていない様子だったが、副島は気にする事なく続ける。
「佐伯ハルさんを探しているのだけれど、何処に居るかご存知ない?」
それを聞いた小花柄の着物の女学生は少しはにかみながら「ああそれでしたら、きっと理科準備室にいらっしゃると思います。先程井上先生と二人でいるのを見掛けたばかりですから」と言った。兎柄の女学生はそれを聞くと露骨に顔をしかめた。
「また井上先生?」
「“また”というのは、その井上先生とハルさんは一緒にいる事が多いの?良い仲、みたいな?」
この時副島には“井上先生”の性別すら分かっていなかったが、彼女はかなり強引な形で話題に恋愛を絡めた。
女学生の口を開かせるなら恋愛話が早い。そう踏んだのだが、佐伯ハルが三島信一の愛人だという仮説を打ち消したい気持ちも、どこかにあったのかもしれない。
しかし小花柄の女学生は少し困ったように笑うだけである。
「どちらかと言えば、井上先生の片想いのような感じです。ハルさん、美人ですから」
兎柄の女学生が続く。
「井上先生、千代さんが亡くなってからずっとハルさんに付き纏っているんですよ。不謹慎だし、厭らしいわ」
想像していた雰囲気とは少し違うが、ともあれ二人の表情から警戒が薄れたのを見て、副島はさらに尋ねた。
「千代さんが亡くなった事と井上先生がハルさんに付き纏うことはあまり関係ないような気がするわね。こんな事を聞く事こそ不謹慎かも知れないけれど」
副島の言葉に小花柄の女学生は何処か試すような表情で「ええと、お姉さんは女学校に通ってらしたのですか?」と聞いた。
「ええ。もう二年と少し前の話だけれど」
「それだったら理解出来ると思うのですが——」
小花柄の女学生はそう言って隣をちらりと見た。視線を受けた兎柄の女学生は先程までとは打って変わって赤面し、周囲の様子を窺ってから小声で「ハルさんと千代さん、“エス”だったんです」と言った。
副島は少し驚いた顔をした後「ああ、なるほど」と短く答え、無意識に周囲の女学生へ視線を巡らせた。
女学校は、露悪的に言えば良妻賢母の養成所だ。異性との交遊を禁じられた少女たちは、互いを姉妹に見立てて同性愛的な関係を結ぶ。それをシスターの頭文字から“エス”と呼んだ。多くは卒業と結婚によって思い出に変わるが、稀に心中へ至る者もいた。
「それは確かに、井上先生に良い気はしないわね」
副島はエスそれ自体を嫌っていた訳ではなかったが、それを“微笑ましい”などと宣いながら眺める男たちの目に、隠しきれない欲が滲むのを嫌悪していた。とは言え彼女も女学校に通っていた身ではあったのでエスという文化について、と言うよりはそれに対する女学生達の熱量について多少の理解があった。
彼女が次の言葉を探していると、小花柄の女学生が遠くを見て「あっ」と声を出した。
「噂をすればハルさんですよ、あそこ」
小花柄の女学生は目を輝かせて校舎の方を指した。




