番外編~涙の向こう側side千秋⑩~
あれから、幾つもの季節が過ぎていった。
「ダディ、マミー!日本が見えてきたよ!」
飛行機の窓に顔を寄せ、私達の一人息子――彰が声を弾ませる。
「ほら、彰。もうすぐ着陸だから、シートベルトして」
すっかり専業主夫が板についた薫が、手慣れた様子で彰のシートベルトを締めた。
私は相変わらず、新薬の研究に没頭している。
そう出来るのは、全てを捨ててアメリカに着いて来てくれた薫のお陰だ。
……とはいえ、薫の祖父母も一緒にアメリカへ連れて来た。
生活が馴染めるか心配していたが、薫の話ではアメリカの暮らしが気に入ったらしく、日本に居た頃より元気になったらしい。
彰の出産の時も、祖父母には本当に助けられた。
薫も持ち前のコミュニケーション力で、あっという間に現地の生活に溶け込んだ。
こうして、笑いの絶えない毎日を送れているのは、私の我儘を受け入れてくれた薫のお陰だと、心から思っている。
今回の帰国は、私が開発した新薬を学会で発表するためのものだが、少し前乗りして──
大好きな人達に会いに行く。
「千秋が妊娠して以来だから……四年振りか?」
「たまちゃんの家の長女、もう小学校に入学したらしいよ」
「早いなぁ……」
そんな会話を交わしながら、まさか自分が母親になる日が来るなんて、当時は想像もしていなかったな……と、しみじみ思う。
薫に抱っこされながら窓の外を眺めている彰の頭を撫でると、にこっと笑って私を見上げた。
「マミーのお友達に会える?」
「会えるよ」
「じゃあ、ダディのお友達にも?」
「もちろん」
微笑んで答えると、彰は少し照れたように言った。
「僕、仲良く出来るかな?」
「大丈夫だよ、彰なら」
そう言うと、薫によく似た笑顔を浮かべた。
着陸し、久しぶりに日本の空気を吸う。
少しだけ、胸が高鳴る。
「ち~ちゃん!」
聞き慣れた声と一緒に、変わらない笑顔が目に飛び込んで来た。
たまちゃんの手には、小さな男の子の手。
その隣で、田川が変わらない笑顔で手を上げている。
さらにその後ろから、パパによく似た女の子が、恥ずかしそうに顔を出した。
「ほら、実花。ご挨拶は?」
すっかり父親の顔になった田川に、思わず頬が緩む。
「こんにちは……」
もじもじしながら挨拶する実花ちゃん──可愛い。
「可愛い!」
思わず叫ぶと、彰が一歩前に出て、
「こんにちは。お世話になります」
と、人懐っこい笑顔でペコリとお辞儀をした。
(……こういう抜け目ない所は、薫似だな)
心の中でそう呟いていると、
「きゃ~! ち~ちゃんのミニチュア版!
絶対イケメンになるよ!!」
たまちゃんがジタバタし始めた。
「ママ、落ち着いて」
冷静にたしなめるのは、たまちゃん家の長男・春人君。
見た目はママ似、中身は完全にパパ似だ。
そんな時──
「玲奈! 走らないの!!」
聞き覚えのある声と共に、たまちゃんJrの春人君に勢いよく抱きつく少女が現れた。
「春人君、捕まえた!」
完全に恋する乙女の瞳をした、石橋家の長女。
当の春人君は、驚くほど無表情だ。
「玲奈ちゃん、走ったら危ないよ」
これまた冷静な対応に、思わず“あの人物”が脳裏をよぎる。
私は、こっそりたまちゃんの耳元で囁いた。
「たまちゃん……まさかこの子、長塚との子じゃないよね?」
途端に、たまちゃんが真っ赤になって、
「ち~ちゃん!!」
そう叫んだその背後から、
「残念だけど、俺の子供だよ!」
と、ムッとした田川が現れた。




