番外編~涙の向こう側side千秋④~
私の想いは、修学旅行で一緒に過ごせば過ごすほど、大きくなっていった。
けれど、それとは裏腹に──小野と私の距離は、少しも縮まらなかった。
それも当然だ。
私は“新井の彼女”で居る限り、小野の目に女の子として映ることはない。
その事実に、ようやく気付いてしまったのだ。
「ごめん、別れてほしい」
修学旅行から戻ってすぐ、私は篤にそう告げた。
「……なんで?」
驚いた顔をする篤に、俯いたまま答える。
「他に、好きな人ができたの」
「誰?」
そう聞かれて、言葉に詰まった。
小野を困らせたくなくて、答えずにいると、
「もしかして……小野か?」
そう言われ、思わず顔を上げてしまった。
「やっぱりな……。修学旅行で一緒にいる姿を見て、そんな気がしてた」
その言葉に、私は再び俯いた。
罵倒されても仕方ない。
そう覚悟していたのに──
「マジで、アイツあり得ない」
篤は、私ではなく小野を責めた。
「え……?」
戸惑う私に、篤は吐き捨てるように言う。
「どうせアイツに口説かれたんだろ?
千秋は男慣れしてないから、絆されたんだよな」
「違う!違うよ!」
私は慌てて首を振った。
「私が勝手に好きになっただけ。
小野っちは、私の気持ちなんて──」
「聞きたくない!」
篤が、初めて私の言葉を遮った。
「別れるつもりはないから」
怒りに満ちた視線で睨みつけられ、背筋が冷たくなる。
その顔には、裏切られた悲しみと、
自分を選ばなかった私への憎しみが、はっきりと浮かんでいた。
「どうしても別れるって言うなら……部活、辞めるから」
「……え?」
「そうだろ?
“変な虫がつかないように見張る”とか言ってさ。
ミイラ取りがミイラになってるんだぜ?」
その言葉に、目の前が真っ暗になった。
「小野っちは悪くない……。悪いのは私なの。だから、そんな言い方――」
「聞きたくないって言ってるだろ!」
再び、篤が怒鳴る。
「別れるって言うなら、今までデートで使った金、全部返せよ!
プレゼントも、全部全部返せ!」
さっきまで優しかった人とは思えない声だった。
そして、肩を掴まれ、壁に押し付けられる。
「こんなことになるなら、全部奪ってやればよかった!」
その言葉に、私は静かに答えた。
「……それで気が済むなら、好きにすればいい」
次の瞬間、頬に鈍い痛みが走った。
叩かれたのだと気付いたのは、少し経ってからだった。
泣けばよかったのかもしれない。
「ごめんなさい」と泣いて謝れば、
ここまで大事にはならなかったのかもしれない。
けれど、私の涙は──
かおちゃんが死んだあの日から、枯れてしまっていた。
「絶対に別れない。
お前と小野が付き合うのも、許さない」
吐き捨てるように言われて、篤は背を向けた。
この日から、篤は変わってしまった。
私の気持ちなどお構いなしに、自分の感情をぶつけるようになった。
それでも私は、思っていた。
優しかった彼を変えたのは、私なのだと。
これが罰なら、受けるしかない。
あんなに優しかった篤を、ここまで豹変させるほど傷付けたのは、私なのだから。
──そう思っていた時。
私を救ってくれたのは、小野だった。




