番外編~涙の向こう側side千秋③~
「小野です、よろしく」
それが、彼との最初の会話だった。
第一印象は――正直に言えば、チャラい奴、だった。
人当たりの良いイケメンの石橋と、どこかぼんやりしていそうで、実は気が利く田川。
その二人と一緒に居て、
(なんで、こいつがこの二人と仲良しなんだろう)
というのが、率直な感想だった。
茶髪に染めた髪と、スポーツマンらしからぬ軽そうな雰囲気。
どうせ女の子をはべらかして、泣かせているタイプで、
その辺りが石橋と気が合って一緒に居るんだろう――
最初は、完全にそう決めつけていた。
けれど、実際の小野は違った。
ヘラヘラしている割に、驚くほどガードが硬い。
密かに告白されているのを見掛けた時も、
「俺なんかと付き合っても、幸せになれないよ~」
なんて言って、あっさり断っていた。
それが意外過ぎて、正直、驚いた。
しかも私に対しても、
「安心して。俺、彼氏持ちに興味ないから」
そう言った通り、最後まで
“新井の彼女”
という一線を、きっちり守っていた。
抜群の距離感。
そして、どこか遠くを見ているような瞳。
気が付けば私は、小野のことを無意識に目で追うようになっていた。
そんなある日。
たまちゃんが田川と一緒に行動予定表を出しに行き、
小野がトイレに席を外したタイミングで、ふと思っていた疑問を口にした。
「ねぇ、前から不思議だったんだけど……
何で小野っちだけ、下の名前で呼ばれないの?」
すると、石塚さんと旅行ガイドを見ていた石橋の手が止まった。
そして、大きく溜め息をつく。
「ほらな。絶対、不自然に思う奴が居るって言ったんだよ」
そう呟いてから、石橋は私を見る。
「言っとくけど、別にアイツ一人をハブってる訳じゃないからな。
小野が、名前で呼ばれるのを嫌がったんだよ」
そう言ってから、少し間を置いて問い掛けてきた。
「アイツの下の名前、知ってるか?」
私が首を横に振ると、
「アイツの前では、絶対に言うなよ」
と念を押されてから、
「薫だよ」
と、小さく呟いた。
「……かおるって、“風薫る”の薫?」
私がそう言うと、石橋が
「おぉ!それそれ!」
と手を叩いた、その瞬間だった。
「け~ん~た~!」
背後から、怒った声が響く。
振り向くと、石橋の頭を抱え込んでヘッドロックしている小野が居た。
私は緊張しながら、思い切って聞いた。
「ねぇ、小野っち。誕生日って……もしかして七月?」
すると小野は、いつものように笑って、
「何? 祝ってくれんの?
俺、七夕生まれだよ」
と答えた。
その瞬間、目の前がぐらりと揺れた。
――『ち~!』
眩しい笑顔のあいつ。
小野瀬薫の笑顔が、鮮明に脳裏に蘇る。
まさか。
名前は一文字違いで、誕生日まで同じ存在が、
こんなにも近くに居たなんて。
小野が、私の幼馴染みの“かおちゃん”じゃないことは分かっている。
それでも私は、無意識に小野に、
大好きだった“かおちゃん”の面影を重ねるようになってしまった。




